へなちょこあかりものがたり

その17 「青空の下で」








 今日は日曜日、朝からずっといいお天気。
 もうすぐ9時になって、屋根の上もいい感じに熱くなってきたみたい。

 よし! 今がチャンスだよ。

 とんとんとんっ、と、階段を登って。
 とんとんとんっ、と、ドアをノックして。

「浩之ちゃん、朝だよぉ〜。起きようよ〜」

 ……しーん。

「浩之ちゃ〜ん、いい天気だよぉ〜〜」

 …………しーん。

 もう、仕方ないなぁ……。
 ノブに手をかけて、音を立てないようにそっと回して。

 ……失礼しまーす……。

 うふふ。
 浩之ちゃんったら、ぐーぐーいびきかいて寝ちゃってるよ。
 ……疲れてたのかな……?

「……浩之ちゃ〜ん」

 ささやくような小さな声で名前を呼んでみる。
 ぴくっ、と、浩之ちゃんの肩が小さく震える。

 ……起こしちゃったかな?

 ……ううん、起こしに来てるんだから、起こさなきゃダメなんだよね。

「浩之ちゃん、朝だよ、いい天気だよ、起きようよ」

 浩之ちゃんのふとんに手をかけて、揺すってみる。
 ゆっさ、ゆっさ。
 薄目を開けた浩之ちゃんの口から、いつもの悪態が飛んできた。

「……うるせえ……」
「ごはんもできてるし、おふとんも干したいし」
「んー……」

 むくり。
 機嫌悪そうに身体を起こして、ぼりぼりと頭を掻く浩之ちゃん。

「ったく……たまの日曜ぐらい、ゆっくり寝させてくれよ……」
「ダメだよぉ、せっかくいいお天気なんだから」
「……しょうがねえなぁ……」

 浩之ちゃんがベッドから起き上がり、部屋を出て行こうとする。
 あ、えっと。

「おふとん干しておくからね」
「おう」

 まだ目が覚めていないのか、浩之ちゃんはぼそっとそう答えただけで部屋を
出て行った。
 ……ちょっと、寂しいかな。

 さて、それじゃ、おふとんを干しちゃおう。
 今日はお日さまいい天気。
 やっぱり、浩之ちゃんにもお日さまの匂いの中で気持ちよく寝てほしいから。

「……んしょっ、と……」

 ベッドの上にだらしなく広がっているふとんに手をかける。
 ……なんだか、ちょっといい匂い……浩之ちゃんの匂いかな。

 ……ううん、だめだめ。
 ぼおっとしてる時間なんてないんだから。
 浩之ちゃんと、ちょっと遅めの朝ごはんを食べなきゃ。

 ……おふとんを、ベランダの手すりにかけて……。
 手に持ったふとん叩きでぱんぱんっ。
 一度叩くたびに、白い埃がふわっと広がって風に消えていく。

 ぱふっ、ぱふっ……。



「遅いぞ、あかり」

 いつの間にか浩之ちゃんが背後に来てて。
 びっくりして目を見開く私を後ろから抱えあげて、ベランダに持っていく。

 えっ、えっ、えっ?

 驚いている間に、私の身体をおふとんの上に載せて。
 落ちないように必死で掴まる私の背後から、容赦ない声が降ってくるの。

「怠け者のあかりには、オシオキが必要だな」

 ひどいよ、浩之ちゃん。なまけものだなんて。
 そう言おうと思った時には、浩之ちゃんの手に持ったふとん叩きが。
 びゅん、ばしっ。

 私のお尻に叩きつけられる。

 ひぃっ!

 痛すぎて、悲鳴も出ない。
 ただ身体がビクンと震えて、パクパクと口が動くだけ。

「もう一発!」

 ばしっ、と、お尻に衝撃が走る。

「あああっ!」

 思わず絶叫。
 ご近所中に聞こえるほどの大声で、はしたない悲鳴を上げてしまって。

「……ったく……尻叩かれて感じてるのか、あかり?」
「ち、違う……よぉ……」

 ウソ。私、ウソついてる。
 自分でも判るぐらい、脚の間……ショーツが、じっとりと濡れてきてる。

「じゃあこれは何だ? オモラシか、おい?」
「ひっ……ああっ……」
「言ってみろ、これは何だ?」
「……い、言えないよぉ……」

 身体の震えが止まらない。
 浩之ちゃんの持っているふとん叩きが、私の木綿のショーツの上を、何度も
何度も往復してくる。

「ひぁっ……あっ……んんっ……」
「甘い声漏らしやがって……それっ」

 ひゅん、ばしっ。
 鋭い音に一瞬遅れて、焼けつくような痛みが私のお尻を襲ってくる。

「ああっ!」

 さらに一瞬遅れて、私の悲鳴。

「もうほとんど貼りついてるな……ショーツの意味ないじゃないか」
「違う……ちがうのぉ……ぐすっ……」

 あまりにも恥ずかしい事実を指摘されて、もう、私もこらえられなかった。
でも、私が啜り泣きはじめたのを見ても、浩之ちゃんは手を休めてくれないの。

「何が何と違うんだ? 言ってみろ、あかり」
「……ちがうの……ちがうのぉ……」
「言えって言ってるんだ。優しく聞いてるうちに答えたほうがいいぞ」

 あくまでも穏やかな、でも、どこか威圧的な。
 浩之ちゃんのその問いかけに、私はためらいながら口を開くの。

「……わ、私の……ショーツが、濡れてるのは……オシッコじゃないの……」
「ほう。じゃ、何だ?」
「……ぐすっ……わ、私の……いやらしい、お汁……」
「つまり、あかりは、尻を叩かれて感じたってことだな?」
「……」

 そんなこと……言えないよぉ。
 口ごもった私に聞かせるように、浩之ちゃんは手に持ったふとん叩きを振る。

 ひゅん、と、風を切る音が聞こえてきて、私は思わず身をすくめるの。

「どうなんだ、あかり?」
「う、うん……感じて、ます……」
「よし、よく答えたな……それじゃ、ご褒美だ」

 えっ、と思うひまもなく、ふとん叩きが私のお尻に思い切り叩きつけられて。

「あ、ああっ!」

 ビクン。
 その、あまりにも強烈な衝撃に──。



「おい、あかり! まだ終わらないのか?」

 びくっ!

 あ、いけない……また、変なこと想像してた……。

「おーい、あかりー!」

 下から聞こえてくる浩之ちゃんの声。
 それはいつも通り、ぶっきらぼうで、それでいて優しくて。

「うん、今いくよぉ」

 元気に答えて、私は階段に向かうのでした。




<つづく>
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