へなちょこセリオものがたり

その104「何を願うの 2」








「ふぅ……あの炒飯、美味かったなぁ」

 ご飯が全て解れていたのは当然として、卵が均一にご飯をコーティングして
いた辺りも料理人の腕のよさを感じさせるぜ。

「ただいまぁ」

 うーむ、美味いもの食うと気分もよくなるってもんだぜ。
 さてさて、食後のなでなででもしてやろう……か……。

 ……思い出した。
 まさかあいつら、まだ抱き合ってるんじゃ?






「……いないし」

 居間で熱烈な口付けを交わしていたハズの2人の姿は、果たして既に消えて
いて。

「……2階かな」

 俺のいない間に、もっと先までススんでるんじゃ……。

「……ま、いいや。風呂にでも入っちゃおう」

 覗き見するという手もあったけど。
 何だかすっげぇ寂しい気分になってしまったので、却下。

「お湯は……張ってなさそうだから、シャワーでいいか」

 もう適当に済ませちまえ、ふん。






 ごっごっごっごっごっ……。

「ぷはぁっ!」

 手は腰、目線は上方斜め45度だ。
 コレ基本ナリ。

「あら、浩之さん。どちらへ行かれてたのですか?」

「…………」

 白々しい奴め。
 お前達なんか、もう知らん。

「飯食って風呂入ったからもう寝る」

「あら……少し遅くなりましたけど、浩之さんの為にご馳走を用意したのです
けれど……」

 少しって、もう8時やん。
 よい子ちびっ子はもう寝る時間だぞ。

「ふん。マルチと2人でよろしくやってやがれっ」

 だだっ!

「あ……」






 こんこん。

「あの、浩之さん」

「寝てる」

「まさか、それ程までに傷付くとは思いませんでしたので……」

 がちゃっ……。

 静かに開けられたドア。
 足音を立てずに、ベッドで布団を被っている俺の傍まで近寄って来て。

「浩之さん、いじけないでくださいな」

 もぞもぞ……。

「入ってくるなよう」

「そのご命令は、聞けませんネ」

 もぞもぞっ。

「……えいっ」

 ばさっ。

 俺にぴったり寄り添うように布団に潜り込み。
 そして、2人の頭が出るように布団をずらして。

「浩之さんは、いじけ虫さんですネ」

「うるせぇ。勝手に言ってろ」

「あらあら……理由くらいは聞いてくださいません?」

 理由?

「何だよ、俺に対する嫌がらせ以外に何かあるってのか?」

「もう……ひねくれ者なんですから……」

 誰のせいだ、誰の。

「あのですね……実は先程までのアレは、下拵えデス」

「しっ、下拵えっ!?」

 一体何のっ?
 つーか、マルチ『を』下拵えしてたのかっ!?

「ええ……ですから、今申しました『ご馳走』の準備だったのデス」

「…………」

「一生懸命に準備したのですから……食べられないなら、どうか見るだけでも
……」

 うーむ。
 これを断っても、セリオを泣かせるだけだし。
 そんなのは、俺の望むところではないし。

 何より、マルチをあれからどうしたのかが気になる。

「……あのさ」

「はい?」

「すっげぇ寂しかったんだからさ……今度からは、勘弁してくれよ?」

「……はい。ごめんなさい」

 ぎゅ……。

 ……セリオの温もり。
 何だか、とても暖かく感じた。






「『ご馳走』って、コレかよぉぉぉ!!」

「お気に召しませんでしたか?」

 気に召すも何も……。

「ひっ、浩之さぁん……早く、私を食べちゃってくださぁい……♪」

 何故か切なそうに、テーブルの上のマルチが言う。
 なるほど、『下拵え』かよ……。

「おおおおお、おうっ! セリオ、箸よこせ!」

「どうぞ」

 ……すちゃっ。

「ふふふ……よかったですネ、マルチさん。食べていただけるみたいデス」

「こっ、コレが噂の『デルタ醤油皿』……わさび入れてもいいかな、なぁ!?」

「ええ、どうぞどうぞ」

 にっこり。

 俺は醤油入れと練りわさびを受け取り、マルチのぴったり閉じられた両足の
付け根にどちらもたっぷりと……。

「ひゃぁぁん、冷たいですぅぅ」

「ええい、聞こえん! 早速いただきま――――すっ!!」

 マルチの儚げな胸を隠すように盛られた刺身。
 いや、その全身をくまなく覆っている刺身……。

 俺は意気揚揚と、そのうちの1切れを取り。

 ぽちゃ……。

「あああああっ、変にかき混ぜないでくださいぃぃぃっ♪」

 ……ぱくっ!

「…………」

「い、いかがですか?」

「美味い、美味すぎるっ!」

 こ、こんな刺身は生まれて初めてだっっ!(←そりゃそうだ)
 恥ずかしそうなマルチの視線、もじもじ動くその仕草も……たまらんっ!

 ばくばくばくばくっ!

「あら……なかなか好評ですネ」

 あっと言う間になくなっていく刺身の山を、満足気に眺めるセリオ。

「明晩は、私が……楽しみにしててくださいネ、浩之さん」

「おおっ! 刺身だけだと思ってたら、胸のところに豆粒がっっ!」

 つまみっ。

「ああっ、それは違うんですぅぅぅぅぅ♪」

「おおお、箸じゃ上手くつまめないぞ……うりゃっ!」

 ぱくっ!

「ひぁっ♪」

「……あの、明日の晩は私が……」

「おりょりょ? 何かいい歯応えだぞっ!?」

「ああっ……しょ、醤油が零れちゃいますぅぅぅ〜」

 おっと。
 マルチの脚の間から、小皿に移して……と。
 ついでだし、残りの数切れの刺身も全部食っちまうか。

 ぺとっ。

「ひゃんっ、お刺身が冷たくてぷにぷにしてるですぅぅぅ」

「へへへ……中に少し醤油が残ってそうだなぁ……?」

「あ、ああっ……そんなの入れちゃ駄目ですぅぅぅ♪」

「あ、あのー……」






「しくしくしく……」

「刺身が美味い、皿も美味い! 2度美味しいとはこのことだぜっ!」

「でっ……ですぅ……っ♪」

「しくしくしくしくしく」

 さっきからずーっと泣き続けているセリオ。
 今日のこと、そろそろ許してやろうかな。

「悪い、冗談だって。ほらセリオ、お前も来いよ」

「あっ……♪」

 とたたたた……。

 ……ったく、可愛い奴め。
 だから本気で怒ったり嫌ったり出来ないんだよ、俺は。

「明日の晩は、私がお皿になりますからっ」

 たたたっ、だきっ☆

「はいはい、聞いてたって。楽しみにしてるからな?」

 ちゅっ☆

「はいっ♪」






 で。
 ……お腹一杯、胸一杯。
 色んな意味で、俺はもう立てなかった(爆)。






<……続きません>
<戻る>