へなちょこセリオものがたり

その115「そりゃないよ」








「おはようございます、浩之さん」

 つんつんっ。

 ん……朝か?
 今日もセリオのほっぺつんつんこーげきで目覚めてしまったか……。

 って、少し痛いのは何故だろうか。
 何か尖った固いもので突付かれてるような感じが。

「おは……」

 眠い目をこすりながら、セリオの朝一番の笑顔でも見ようとすると。

「……セリオ、お前キモチワルイ」

「そんな、開口一番何てコトをっ」

 のさっ。

 朝起きるなり、部屋中が大変なことになっていた。
 そして恐らくその原因であろうセリオは、部屋の真ん中に陣取っていて。

 部屋の真ん中にいたのに、何故俺の頬を突付くことが出来たのか?
 その答えは、彼女の着ている着ぐるみにあった。

「狙った獲物は逃しません」

 ぱしゅう。

 アメコミの某ヒーローよろしく、手首の辺りに付いた変な装置から白い網を
発射するセリオ。
 俺がその網に見事包まれると、彼女は部屋中に多角形状に張り巡らされた糸
の上を、素晴らしい速度で移動して来て。

「おいおいっ! 何の真似なんだよっ!」

「だって私、蜘蛛女ですから」

 ……そう。
 脇腹の部分に付けられた、片側2本ずつの異形の足。
 お尻の部分は、蜘蛛と同じくぽってりとしていて。
 頭に被った帽子には、やけにリアルに蜘蛛の頭部が再現されていて……。

 黄色と黒の、だんだら悪夢。
 妙にサイケな世界だった。

「止めてくれよぉ……蜘蛛って生理的に嫌いなもんだって、普通はさ」

 ましてやこれ程に大きければ尚更。
 つーかやたら太い蜘蛛の糸も嫌だな。

「そんな……浩之さんの私に対する愛は、姿形だけに向けられたものだったの
ですかっ!?」

 そんなことはないけどさ。
 自分だってわかってるくせに。

「俺の気持ちを、いいように利用しようとするなよ」

「ならば、無理にでも私のものにいたしマス」

 しゅるしゅるしゅるっ。

「うわ、まだ糸巻くのかよ」

「ええ、蜘蛛の捕食動作ですから」

 妙に落ち着いてるし。

「えーと、そんじゃ次は……やっぱりアレか?」

 身体中セリオの放った蜘蛛糸で真っ白、身動き全く取れず。

「ええ……美味しくいただきマス♪」

 がばっ。

「ひぃぃぃ、せめて着ぐるみは脱いでくれぇぇぇ」

 俺の胸の辺りに顔を埋めたセリオ。
 そうすると丁度、彼女の帽子の複眼が……。

 ……ぎょろん。

「っひぃ!?」

 めめめ、目が合ったぞ絶対。
 複眼だから何がどうなってるのか知らないが、絶対俺を見た気がする。

「うふふ……抵抗の出来ない相手を、ゆっくりじっくりいじくり舐り……何て
素敵なんでしょう」

 何に喜びを見出してるんだよ、お前は。
 とか言いつつも、俺は唯一自由な頭を振り振りささやかな抵抗を試みたり。

「あらあらら、元気な獲物さんですネ……まずは毒液を注入しないといけない
みたいデス、蜘蛛のように」

 ちゅっ、注入っ!?
 ままま待てっ! 洒落にならんっ!

「痛くはしませんから、大人しくしてくださいネ……♪」

 ちゅ……。

「んっ……ふむおっ……んー……」

 ぴちゃっ、ちゅぱ……。

「っふぅ、飲み干してくださったんですネ……♪」

 たっぷり唾液を注ぎ終え、恍惚とした表情で顔を上げるセリオ。

「……こりゃ、確かに毒液だぜ」

 抵抗する気がまるで失せちまった。
 それどころか、もうこの身をセリオに全て任せてしまいたい気持ちに……。

「ふにゅぅぅぅ、浩之さぁん」

 ころりん。

 その時、少し離れていたマルチが寝返りを打った。
 いつもなら『ぽふっ』とかするはずなのに、今の俺はぐるぐる糸巻きで……
間違っても、そんな感触はしないわけで。

「……うにゅ?」

 不思議そうに目を開いたマルチ。
 そして……。

「……ひろ、ゆ、き、さぁん……」

「……そういやマルチ、蜘蛛が嫌いって……」

「……はい?」

 知らなかったのかよ、セリオ。

「……くもくもくもくもくも」

 お、おいおいマルチ。

「……くもくもくもくも大きいのです大きいのですぅ」

 あまりのショックに扉を開けてしまったのだろうか。

「あ、あの……私、これにて失礼をば……」

 のさのさっ。

「何だよセリオ、途中で止めるなら俺を開放してからにしてくれ」

 このままで放っておかれても困る。
 っていうかマルチが心配だ、早く俺を自由にしてくれ。

「くもぉ……く――――も――――っっ!!」

 ぎんっ!

「うを」

 真っ赤な瞳もぎらぎらと。
 ゆらりと身を起こしたマルチの全身は、少し光って見えた。

「うふっ……うふふふふっ……でぃめんじょん・どらいばぁ」

 ごっ!

 部屋の壁を突き抜けて、でっかいマイナス・ドライバーがマルチの頭上まで
飛来して来て。
 くるるんと1回転すると、上に伸ばしたマルチの腕にすっぽりと装着された。

「あ、あの……マルチさん?」

「てい」

 ぺしっ。

 周囲の蜘蛛の巣に、いかにも適当にドライバーを叩き付けただけに見えたの
だけど。

 ばんばんばんばんばんっ!

 ドライバーの根元から、火薬が炸裂するような音が聞こえて。
 瞬で周囲は何もない空間……色すらない、空虚な空間と化していた。

「うふふぅ……」

 ゆらぁ……り。

「がががっ、ががががーおがいが――――っ♪」

 テーマ歌ってるし。
 実は余裕あるんじゃねぇのか、マルチ?

「あ……あああ……」

「脱げっ! セリオ、早くそれ脱げっ!」

 っていうかもう手遅れだったりして。

「だっ、大丈夫デス……今のマルチさんはパジャマ、スカート下の『女の子の
ひ・み・つ♪ 空間』は使えません」

 何だよそりゃ。
 つーか、マルチには素手でもアレがある……俺も1回食らったし。

「それに引き替え、私はいつでも使えますからネ」

 じゃらん。

 鈍い光を放つ凶器、鎖鎌。
 髪の中から、事もなげに引っ張り出し。

「あー……セリオ、お前の負けだわ。素直に脱げって」

 黄金金鎚ならまだしも、鎖鎌じゃなぁ……。

「何を言われます?」

「がががっ、がががががおがいが――――」

 あっ、前奏終わった。
 そろそろ来るってば、マジで。

「悪いこと言わないから、逃げるかどっちかしろって」

「蜘蛛女の誇りにかけて、何もせずに逃げるというようなことは……」

 何にプライド持ってるんだよ。
 どうせその着ぐるみ脱いだら、そんなもの残りもしないくせに。

「へる・あーんど・へう゛んっ!」

 ぶぅん……。

 マルチの片手には炎、もう一方の手には謎の揺らめきが生まれる。
 ……うわ、そういや俺もこの空間にいるんだった……巻き込まれたら嫌だよ
なぁ。

「おい、マル……」

 出来るだけ離れるから、ちょっと待ってくれ。
 そう言おうとしたが、そう言えば自分がイモ虫状態だったのを思い出して。

 ……ぱひゅんっ!

「はぅっ!?」

 マルチ、高速でホバー移動開始。
 足場の蜘蛛の糸なんか、浮いてるから全く障害にもならない。
 つーかマルチ、どこをどうやって浮いてるんだろ(爆)。

 一方セリオは迎撃姿勢を取ることも出来ず、ただ呆然とマルチを見つめて。
 恐らくマルチが『た――――っ☆』とかぽてぽて走りながら突っ込んで来て、
蜘蛛の糸に足がくっ付いてコケるのなんかを期待してたんだろうが……それは
お汁粉3杯な考えだぞ、セリオ。

「あーあ」

 俺は後ろ向きに転がって。
 これが精一杯の対閃光防御。
 出来れば耳も塞ぎたかったけどな。






 ちゅどぉん。






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