へなちょこセリオものがたり

その116「赤い彗星」








「……隣町かぁ」

「はい? どうかされましたか?」

 俺がチラシを片手に頭を抱えていると、洗濯かごを持ったセリオが覗き込む。

「ああ、隣町のスーパーが特売日なんだけどな……遠いから行くのも面倒だし」

「よろしければ、私が行って参りましょうか?」

 ……何か悪いなぁ。

「いいのか? 1人で寂しくないか?」

「ふふふっ……そう思ってくださるのなら、帰ってからたっぷりサービスして
くださいネ」

 にこっ。

「お、おう。任せろ」

 ぬぅ、不覚にも照れちまったぜ。
 今日も可愛いじゃん、セリオ。

「それでは行って参りマス」

「おう、道中気を付けるんだぞ」

 ううむ、俺が不精なせいで。
 ま、戻ったら約束通りにサービスしまくってやろう。












 ぴんぽ〜ん。

「あ、お客様ですぅ」

 がちゃがちゃちゃっ。

「ん? 誰だ、気の早い奴だなぁ」

 家の者が出て来る前にドアノブがちゃ付かせるなっての。

「急いで行って来るですー」

 幸せそうに俺に抱っこされていたマルチ、チャイムの音に気だるそうに身を
起こし。

「どなたでしょ……」

 ばきっっ、ばたばたばたっ!

「こぉらぁ〜! 浩之ぃ〜っ!!」

「あっ、綾香っ!?」

「はややややっ!?」

 どうやら音から察するに、鍵がかかっていたので蹴り破って来たらしいな。

「何だよはしたないお年頃の娘が一体何を大体挨拶もしないで勝手に人の家に
上がり込んでまー何かしらその短いスカートあららパンツが見えてるわ嬉しい
やら恥ずかしいやら」

「変わった挨拶は置いといて……浩之、一体セリオに何を命令したのよっ!?」

「……命令? いや、そんな覚えはないが」

「たった今、当局から連絡が来てね……あんたのところのメイドロボ、何とか
してくれってさ」

 はぁ?
 俺はただ、隣町のスーパーに買い物に行ってくれって頼んだだけで。
 当局に何とかされるような覚えはないぞ。

「セリオが何かやらかしたのか?」

 マルチは再び俺の腕の中で幸せそうにしてるから、もうセリオしかいないし。

「暴走よ」

 胸元からぴらっと1枚の写真を取り出す綾香。
 ……ほっかほかだぜ、この写真。頬ずりしてやれ、すりすり(←馬鹿)。

「あのねぇ……まぁ、ちょっと見てよ。ここんところ……」

「ほうほう」

 たった今写真が取り出されたばかりの綾香の胸元に、まじまじと顔を近付け。
 あっけなくデコピンで返されながら、写真に目をやると。

「痛てて……って、何だ? ぼやーっと人影のようなものが……って、セリオ
なのか?」

 何となく見慣れた耳カバー形状。
 っていうか緋色の髪をなびかせながら走っているような姿……真っ白に近い
状態の写真ではあったが、こりゃ間違いないやん。

「うんうん。それとね、ここ」

「ほうほう」

 再度綾香の胸元へ……と、途中で1回止めて戻るフリをして。
 綾香が気を抜いたところへ、また動き出す俺。

 ぽふ。

「おお、柔らかい」

 ごす。

「あんたねぇ! 殴るわよぐーでっ!」

 もう殴ってる殴ってる。
 瞬間的に手が動いてたろ。

「もう……」

 綾香は胸を押さえて、ほっぺを真っ赤にして。
 ……可愛いじゃねぇか(爆)。

「いやいや、悪かった。で、この140って数字は一体?」

「時速」

「え?」

「だから、時速140キロなのよ」

 ひゃくよんぢゅっきろめーとるぱーえいち?

「……速いなぁ」

「あんたねぇ……そんな呑気な声出してる場合じゃないの。あの子ね、自分の
進路の信号を無理矢理全部青にして走ってるもんだから……交通は大混乱」

 ほほう、なかなかやるなぁ。

「バイクみたいに車の脇をすり抜けて行ける上に、時々民家の塀の上を走って
たりするから、赤灯回した奴らも追い付けないとか何とか」

 そりゃ、追跡は不可能だろうなぁ。

「ふーん……ま、そんじゃそろそろ戻って来るのかな」

 予定より随分早いけど、速いんだしそろそろかと。

「たっ、ただいま戻りました〜……」

 買い物袋を下げたセリオが、玄関のドアをばきばき言わせながら家の中へと
入って来た。

「あの……玄関が破壊されていましたが……?」

「ああ、それ綾香。勿論直させるから、後でハンマーと釘と当て板の用意して
おいてくれ」

「了解しました」

「……もしかして、私?」

 うむ、その通りだ。
 俺は答える代わりに、深々と頷いて見せる。

「ああっ、そんなぁ〜……ノブだけにしておけばよかったわぁ……」

 そーいう問題じゃねぇ。
 





「で、何でまたオービスなんかに写ってたんだよ」

 っていうか写るなよ。

「あら、写っていましたか」

 余裕しゃくしゃくだなぁ。

「国道を疾走中に赤外線の照射を感知しましたので、こちらもお返しに赤外線
を照射し返したのですが……やはり一瞬遅れてしまったようですネ」

 なるほど、それで全体が白いわけか。

「……測定電波を変な方に跳ね返すとか、撮影位置を丸々飛び越すとかすりゃ
いいのに」

 つーか電波ならお手のものだろ、お前。

「なるほど、今度からはそのようにいたしマス」

 ぽむっ。

「浩之、ちゃんと叱りなさいよっ」

「ん? おお……セリオ、今度からは撮られるなよ」

「はい、わかりました」

 ばきっ。

「何を注意しとるかぁっ!!」

 痛いってば。

「軽いジョークだ、気にするな……まぁセリオ、急ぐ気持ちもわかるけど昼間
から限界バトルしちゃいけないぞ」

 夜ならいいわけでもないが。
 っていうか普通に電車か何か使えっての。

「別に限界でもありませんでしたが……申し訳ありませんでした」

 うむ、妙に素直で怪しいがまぁよし。

「というわけで、ご注文の『メコピス』でございマス」

「おお、ご苦労であった」

 いかにもパチもん臭い包装の瓶を受け取り、俺ご満悦。
 そこへセリオがぴとっと寄って、何やら催促を始めて。

「さっ……さぁ、早くお約束のっ」

 愛い奴めぇ……早く可愛がられたいが為に、公道激走白熱限界バトルを展開
したのだろう。

「ふっふっふ、それでは約束を果たすとするかのう」

「……約束? 浩之、一体セリオと何を……」

 何だ、まだいたのか綾香。

「ん? お前も飲みたいのか、コレ?」

 知る人ぞ知る『○ッコール』と『○ルピス』とがブレンドされているという、
好事家垂涎の逸品。
 鼻に抜ける麦臭がどうクリアされているのか、非常に気になるところだ。
 ……クリアされてなかったりして(爆)。

「いらないわよ、そんなゲテモノっ!」

 酷いことを言う奴だなぁ。

「……まぁいいや。ほいセリオ、来い来い〜」

「はい……♪」

 ぽふっ☆

「へ……セリオ……?」

 あんぐり大きな口を開け、やけに驚いてる綾香。
 その目は、幸せそうに俺の胸に顔を埋めるセリオを見つめていて。

「マルチ、とりあえず1杯作って来てくれ」

 傍で指をくわえていたマルチに、件の瓶を手渡す。

「はぁい♪」

 ぱたぱたぱた……。

「ね、ねぇ……そういえば最近はあまり来なかったから気付かなかったけど、
セリオって……」

「はい? 私が、どうかしましたか?」

 ぽやーっとした瞳で綾香を見るセリオ。
 綾香は何か言いかけていたけど、そのセリオの瞳に途中で言葉を失って。

「……何でもないわ」

 ぱたたたた……。

「浩之さんっ、出来ましたーっ♪」

「おっ、希釈は3倍だろうな」

「はいっ、もちのろんですーっ☆」

 うんうん、5倍じゃ薄くて飲めたもんじゃないからな(爆)。
 かといって初めての品を原液一気する勇気もないから、ここは3倍辺りだと
密かに思っていたのだ。
 やるな、マルチ。

「うむ、それでは」

 マルチからコップを受け取り、よく冷えたその中身を1口。

 ごくっ。

「む……」

「浩之さんっ、いかがですかぁ?」

「一言で言うなら……危険な味だな」

 結構ヤバいって、コレ。
 麦と炭酸の奏でるハーモニーに、カルピ○が加わって収拾が付かなくなって
やがるし。
 やっぱり何でも適当に混ぜりゃいいってもんじゃないな。

「あの、私にもくださいませ……♪」

「ん? おお」

 くいーっと一口含み。
 視界の端で綾香がめちゃらこ驚いてたような気がしたけど、気にせずセリオ
の唇に俺の口内の液体を注ぎ込む。

「んっ……」

 こく、こくっ……。

「はぁ……不思議な味ですネ……♪」

「はうはう、私も飲みたいのですう」

 わたわたわたっ、だきっ。

「おうおう、慌てるな。ちゃーんと……」

 くいーっ。

「ん」

「んーっ♪」

 半ば吸われるように、マルチにも同じ液体を注ぎ。
 違う意味で満足気に離れるマルチの頭をなでつつ、ぼーっと突っ立っていた
綾香に意識を移す。

「…………」

「綾香、お前もやっぱり飲むか?」

「え……?」

 びくっ。

 何で震えるねん。

「えっと、んー……その、ちょ……ちょっと飲みたいかなー、なんて……」

「よし」

 俺はもう1口コップに口を付け、丹念に口の中で転がして風味を味わう。
 ……うむ、これは慣れれば癖になりそうだ(爆)。

 ごくん。

「マルチ、綾香にコレの3割薄い濃度で1杯作ってやってくれ」

 初心者(笑)にはその位が丁度いいと見た。

「はぁい」

 ぱたたたた。

「え……? どうして作りに行くの……?」

 立ち上がったマルチの背を、怪訝な表情で眺める綾香。

「ん? どうした、お前も飲みたいんだろ? コレ」

 どうしたんだろ、変な奴ぅ。

「え? あ、えっと……そ、そうよね……あははははははははは」

 何だよ、今度は笑い出すし。
 何か家で辛いことでもあったのだろうか。

「……私、急用が出来たから帰るわねっ! 悪いけど、それはまた今度にっ」

 急に立ち上がると、そのまま逃げるように玄関に向かう綾香。

「あ、おい? 顔が赤いぞ、調子悪いんなら少し休んで行ってもいいんだぞ?」

「大丈夫、そんなんじゃないからっ」

 じゃあ、どんなんやねん。
 とか口に出すとまた蹴られそうだから、控えることにしよう。

「そそそそそっ、それじゃまたねっ」

「おう、気ぃ付けてな」

 ばたばたばた……。






「……何だったんだろうなぁ」

「何だったのでしょうネ」

 くいーっ。

「ん」

「はい♪」

 ちゅぅ……ごく、こくん。

「ぷは……あっ」

「はい?」

「ドア直してもらうの忘れてた……そのせいで慌てて帰ったのか、綾香の奴め」

「違うと思いますぅ」

「わかってるよ」

 マルチの分も、くいーっとな。

「ん」

「あ、んーっ♪」

 ちゅう……。

 ううむ……しっかしコレ、思ったよりハマるのな。
 また明日セリオに買いに行ってもらおうっと(爆)。






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