へなちょこセリオものがたり

その117「ターンエー・ターン」








「ぷっ! 何だよ、そのヒゲ」

「……笑わないでください」

 セリオのほっぺに、ヒゲが数本。
 それは猫のヒゲのように見えた。

「ヒゲによる空間把握能力の試験なのデス」

「ふーん」

 つんつん。

「悪戯反対デス」

 ひくひくっ。

「……面白ぇ」

 突付くとちゃんと反応しやがるでやんの。

「空間把握って、例えばどんなことをするんだ?」

「はい、このヒゲが作る円弧の通るスペースがあれば、私の身体もそれを通り
抜けることが出来るということを……」

「意味ねぇじゃねぇか」

 そんな頭と同じ大きさくらいの穴を通り抜けるっつー状況があるのかよ。
 っていうかアレか? お前猫なの?

「いえ、もしもの時の場合に」

 ぱしゅぅ……ちゅいーん、がきゅん。

「うをっ」

 だらり。

「……このように全身至るところの関節を外せますので、隠密潜入行動の際に
役立つものであると思われマス」

 さも他人事のように、ぶらりと変に垂れ下がった左腕を示し。

「俺の家でそんなことが必要になるかっての」

「そうですか……」

 しゅん。

 でもヒゲは可愛いから、しばらくこのままにしとこう。

「セリオ、セリオ」

「はい?」

 がきゅっ、ちゅみーん……ぷしっ。

 くるくると、戻した肩の調子を確かめつつ。
 何故か背後に回った俺を、不審な追うセリオ。

「ちょっとこっち来いああいいから気にするな大丈夫痛くしないからさぁ」

 だきっ、ずりずりずり……。

「ああっ、おヒゲをちょんちょんいぢるのはご勘弁をっ」

 ならぬ。
 ゆっくりしっかり確かめてやるぜっ。












「ふにゅ〜……おヒゲに秘密があるのですねっ」












「うっ、うっ……お嫁に行けないおヒゲにされてしまいました……」

 どんなヒゲやねん。

 まぁそれはともかく、今日もたっぷり堪能させてもらったぜっ。

「猫ヒゲも可愛いぜ、セリオ」

 ちゅ。

「……もう、浩之さんたら(ぽっ)」

「今夜は、にくきうパーツも一緒に着けてくれよな」

「あ、はいっ♪」

 うんうん。
 これで俺も猫まっしぐらだな(爆)。






「浩之さーんっ♪」

「んぉ? 何だ、マル……ちぃぃぃ!?」

 サイズの合わない黒いタキシード。
 シャッポはぶかぶかで顔の半分が埋没してしまっている為、表情が見えない。

「私のおヒゲもさわさわしてください〜」

 たかたたっ、ぱふっ☆

 ……もさもさっ。

「……うひょわぁっ!?」

 ばばっ!

 俺は変な感触に慌てて、思わずマルチから顔を離す。
 少し驚いた表情を浮かべるマルチの顔には。

「……ヒゲ?」

「おヒゲですぅ」

 ちょん、とちょびヒゲ。
 某有名喜劇俳優の真似と言われれば、そう見えなくもない。
 ある意味可愛いと言えば、そう思えなくもない。

 だが。
 だが……。

「うりゃぁぁぁっ!!」

 べりっっ!

「はぶっ!?」

 ……ぺいっ。

「あうあう、お気に召さなかったようですぅ」

 誰かこいつを止めてくれ。

「ううっ……やはり、青いおヒゲじゃないと駄目だったんですね」

「そーいう問題じゃないって」

 わけわかんないコト言ってないでさ。
 つーか拾おうとするなよ、ヒゲを。

「じゃ、じゃあ……謎のちゃいにーず風のひょるるんっとしたおヒゲがお好み
だったんですかぁ!?」

 がびーん。

 ……何かショック受けてるし。

「だぁぁ、余計に違うわい」

 俺がショック受けたいっての。
 俺は先程剥ぎ取ったヒゲを拾い上げ、自分の口元に貼り付ける。

 ……ぺと。

「男にしかヒゲが生えない理由、知ってるか?」

「ほえ? とんと存じませんけど」

「それはな」

 ……ぺろっ。

「ひゃぅっ!? 舐められた感触とおヒゲのこそばゆさが相まって素敵な感覚
を引き起こしているのですぅ」

 やたらと説明的だが、まぁよし。

「……だろ? 理由、わかったか?」

 ちゅっ。

「あのー……もっと体験してデータの蓄積をさせてていただければ、ばっちり
理解出来ると思うんですけどぉ……」

 だきっ。

 おお、さすがは学習型……なんてわけがあるかい。
 ったく好きだなぁ、マルチも。

「おう、俺の指導は厳しいぞ」






 それ日からというもの。
 マルチは決してヒゲを付けようとはしなかったが……隙を見ては、俺にヒゲ
を付けようとするようになったのだった。






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