へなちょこセリオものがたり

その143「男の威厳」








「白銀の騎士様、かぁっこいいのですぅ〜♪」

「駄目ですよマルチさん、この方は私のものデス」

 テレビにへばり付き、わきゃわきゃと騒いでいるマルチにセリオ。
 俺は飯を食いながら、呆れつつもそれを眺めていた。

「おいおい、アニメの登場キャラにそこまで惚れ込むなよ……」

「何を言うのですか、こんなに格好いいですのにぃ〜」

「マルチさん、浩之さんは白銀の騎士様に妬いているのですよ」

 うっ、何気に鋭いぜセリオ。

「はっはっは、俺がそんなケチな男かよ」

 食い終わった茶碗をテーブルに置き、俺は席を立つ。

「風呂入って来るわ」

「はい」

「どうぞ〜」

 うう、いつもなら2人とも喜んで付いて来るのに。
 レンタルビデオ屋で、物珍しさから変なビデオを借りて来たばかりに……。






 かっぽーん。

「ふー……」

 こうして1人で入ると、うちの風呂も結構広いもんだ。
 いつもはすこぶる狭く感じるのになぁ。

「おーい、マルチ〜! セリオ〜!」

 声を張り上げてみるが、応答はない。
 やっぱりビデオに見入っているのだろう。
 くそう、休日の暇潰しならもっと別の手を考えりゃよかった。

「うぬう……俺の威厳回復を図らねば」

 頭をざっぽんと湯船に突っ込み、気合いを入れる。

 そうして、ふと気付く。
 いつもは2人と一緒でわたわたしてるから、気にも留めないことだったけど。
 今日の入浴剤は、柚子の香りがした。






「上がったぞー」

 タオルで身体を拭きながら、冷蔵庫へ向かう俺。
 勿論のこと、この風呂上がりの為にカ○ピス(原液)がきんきんに冷やして
あるのだ。

「はぁ……乙女の夢ですねぇ……」

「全くもってその通りですネ」

 2人は頬を染めて、相変わらずテレビにへばり付いていた。
 いい加減夜も遅くなって来たので、そろそろお終いにさせなければ。

「おいお前ら、続きは明日観ろ」

 俺はリモコンを手に取り、テレビとビデオの電源を消す。
 そしてその瞬間俺に向けられた、2つの殺気。

「がうー!」

「……浩之さん、何のおつもりで?」

 思わず、手にしていたリモコンを床に落としてしまう俺。

「い、いや……そろそろ寝ないといけないぞー、ってな……」

 セリオはゆっくりとリモコンを拾い、にっこり微笑む。

「私達はビデオを観たいのですが……浩之さんは、地獄でもご覧になりたいの
ですか?」

 ぢゃらん。

「ま、待て……鎖鎌はしまえ……」

 風呂上がりで汗ばんだ身体に、明らかに温度の違う汗が伝う。
 ……いかん、ここでセリオの脅しに屈服してはいけないのだ!

「では、夜更かししてもいいですよネ?」

 にっこり。

 煌く白刃をちら付かせながら、天使の微笑みを見せるセリオ。

「……駄目だ」

 俺は、今年1番の勇気を振り絞って言った。
 下手をすれば、明日の朝日は病院で拝むことになるかもしれない。
 しかし、ここで退いたが最後だ。

「は? 聞こえませんでした、もう1回お願いしマス」

 ぢゃららん。

「それ以上俺を脅すなら、こっちにも考えがあるぞ」

「ふふふ……どうせ『なでなで禁止』とか『だきだき禁止』でしょう? 今の
私達には、その程度の禁止令は意味を為しません」

 くそう、奥の手も通じないのか。
 ビデオの登場キャラ如きに、この俺のなでなでやだきだきが負けるとは思い
もしなかったぜ。
 ……ならば、封印していた禁じ手を使うしか!
 とか思った矢先。

「あのぅ」

「ん?」

「私はなでだきごろふにしてもらいたいですぅ」

 たたた、と俺の傍に走り寄るマルチ。

「はぅぁ!? マルチさん、それは裏切り行為ですよっ!」

 さすがはマルチ、目の前の欲望に負ける奴。
 セリオもこれは予想外だったのか、目が点になっている。

「よし、これで戦力的には互角になった……まさかマルチと全力で戦うつもり
はあるまい?」

 いや、接近戦ではむしろマルチの方に分がある。
 セリオが衛星砲やその他の衛星技を使う前に、ゴールデン・ハンマーが直撃
することだろう。

「くっ、誤算でしたっ……」

 じりじりと間合いを取る俺とセリオ。
 そんな中、マルチがのん気な声を上げた。

「あのぅ」

「ん?」

「いい考えが浮かんだんですけど……」

 今度はセリオの方に、マルチがとたたっと駆けて行く。
 そして、ごにょごにょと何かを伝えて。

「……そうですネ、それはいいアイデアです」

「ですー♪」

「……はぁ?」

 構えを解き、鎖鎌を収納するセリオ。
 2人の間で休戦協定でも結ばれたのだろうか。

「浩之さん、言われるように今晩はもう寝ることにしました」

「お、おお。わかってくれればいいんだ」

 俺はほっと胸をなで下ろす。
 そして、完全に気を抜いた直後。

「マルチさん、フォーメーションZ!」

「はいなっ!」

 いつになく俊敏に、マルチが俺の背後を取る。
 と同時に俺の両腕をねじり上げ、両足を完全にロックした。

「ぱ……パロ・スペシャル!?」

 極まれば抜け出せない関節技だ。
 まさかマルチがこの技をマスターしていたとは俺様もびっくりだぜ。

「ふふふ……油断しましたネ、浩之さん」

 そう言いながら、セリオは髪の中から『とあるモノ』を取り出した。

「お、おい……ソレはまさか……」

「浩之さん、これで万事解決ですぅ☆」

 動けないように、かつ痛くないように絶妙に俺の身体を拘束しているマルチ。
 そして、嬉しそうに俺の傍へ歩み寄って来るセリオ。

「何でそんなモノ持ってる!? って言うか使うのぉ!?」

「「はいっ♪」」

 声にならない俺の叫び声が、きっとご町内に木霊した。






「ううっ、もう日の当たる場所を歩けない……」

 しくしく。

 あの後、無理矢理連れて来られた俺の部屋。
 ベッドの上には、件の『白銀の騎士』のコスプレをさせられた俺が転がって
いた。
 その両脇には、全裸でにこにこ笑うマルチとセリオが寄り添っていた。

「浩之さんと白銀の騎士様とで、だぶるはっぴーですぅ」

「いつも私達がコスプレしていますが、たまには逆もいいですネ」

 よくねぇ。

「さて……休憩も済んだことですし、まだまだ楽しませていただきマス」

「わーい、白銀の騎士様ぁ〜♪」

 だきっ。

「……ま、まだまだするの?」

 脱力しきった身体から、何とかそれだけの声を絞り出したのだが。

「「はいっ♪」」

 そして今度こそ、俺の叫び声は声にならなかった。






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