へなちょこセリオものがたり

その147「しんとーめっきゃく」








「あー、あぢぃ〜」

 あかりの話では、今日はここ数年で1番の猛暑らしい。
 その話に偽りはなく、滝のように流れる汗を拭く気力もなく俺は家に帰った。

「ただいまぁ〜」

 べたん、と鞄を投げ捨てる。
 今日ならマルチが抱き着いて来てもそのままバックドロップに持って行ける。
 今日なら俺は鬼になれる、そんな気がしていたのだが。

「……あり?」

 マルチどころか、セリオすら姿を見せる気配がない。
 あいつらもこの暑さでばたんきゅ〜なのだろうか。






 とりあえず冷凍庫に入っていた氷を舐めながら、居間でエアコンに当たる。
 こんな時って科学の勝利だと思うよな。

「うー、でもまだ暑い〜」

 エアコンは冷房、勿論温度も最低に設定してあった。
 だが、それでもこの異常とまで言える暑さは如何ともし難いらしい。

 そういやマルチやセリオはどこだろうか。
 玄関に2人の靴はあったから、この家の中にいるのだろうとは思うが。

「おーい、マルチにセリオ〜」

 呼べども返事はなし。
 むぅ、話し相手もいないのではますます暑く感じるぜ。
 しょうがない、探してみるか……。






 風呂場に来てみた。
 とりあえず暑い時は水風呂だろう。
 そんな短絡思考で来てみたのだったが。

「だう〜……」

 見事にマルチが水風呂に浸かっていた。
 しかも制服のまま。

「……おいマルチ、マルチってばよ」

「あ、浩之さん……お帰りなさい〜」

 何か体力も気力も使い果たしたって感じだな。
 試しに水に手を入れてみると、ちょっと温めの風呂って感じになっていた。

「おいおい、これじゃ逆に温まっちまうじゃねぇか」

 慌てて水道の蛇口をひねり、冷……いや温い水を入れる。
 あんまり効果はなさそうだが、現状よりはマシだろう。

「今氷持って来てやるからな、頑張れよ」

「だう〜……」

 ……駄目だこりゃ。






 はい、キッチン。
 風呂場から持って来た洗面器に、冷凍庫からありったけの氷を突っ込む。

 が、そこで俺は妙なことに気が付いた。
 冷蔵庫の中に入っていたハズのものが、全て外に放り出されているのだ。

「ま、まさか……」

 俺は恐る恐る冷蔵庫の扉を開ける。
 すると……。

「セーリーオー」

「は……はい?」

 快適そうに冷蔵スペースの中で体育座りしながら、俺の視線を笑顔で返す。

「お前、マルチがあんなんなってるのに何やってんだよ……」

「あ、はい。アシモフのロボット3原則に従いました次第デス」

 ぺちっ。

「はうっ」

「お前はそこで朽ちて行け」

 ばむっ。

 ぐるぐるぐる、ぎゅぅ。

 ふう、冷蔵庫封印完了。
 さて、マルチに氷を届けてやるとするか。






「マルチ、氷持って来たぞ」

 じゃばじゃばじゃば。

「はうぅ、いつも済まないのですぅ〜」

 マルチは湯船に入れられた氷に頬ずりし、幸せそうに微笑む。

「それは言わない約束だぜ」

 妙なことを口走る辺り、暑さですっかり駄目になってるらしいな。
 頑張れマルチ、今製氷室で新しい氷作ってるからな。

「浩之さん、水出しっ放しでいいんですかぁ?」

「ああ、今日は特別だ。涼しくなるまでな」

 いつもなら水道代が気になるけれど。
 こんな日ばかりは、そんなこと気にしていられない。

「はぁい……」

 安心したのか、マルチは口元まで水の中に沈めながらぼーっと宙を見る。
 俺もその視線の先を追ってみたが、ただ浴室のタイルがあるだけだった。

 マルチ……一体お前は何を見ているんだろうな。






 そして夕方。
 何とかエアコンでしのげる程度まで気温が下がり。
 マルチも水風呂から上がり、制服を新しいものに着替えて。

「ふぅ、一時はどうなることかと」

「まぁよかったな、水風呂でしのげて」

「はい、これも浩之さんが氷を入れてくださったお陰ですぅ☆」

 だきっ。

「はっはっは、マルチの為なら例え火の中水の中」

「にゃう〜、今日にぴったりな例えですねっ」

 それはいいがマルチ、まだ暑いから抱き着くなよな。

「ありゃ? そう言えばセリオさんがいませんねぇ〜」

「ああ、あいつか……」

 そういや今頃どうしているだろうか。
 『暗いです狭いです怖いです……』とか言ってたら可哀想だなぁ。






「おーい、セリオ〜」

 自分でも何でこんなに厳重にしたのかと思う程の冷蔵庫の封印を解く。
 そして、扉を開けると。

「…………」

 がちがちがち。

「……セリオ?」

「……寒かったデス」

 そりゃ気温が下がれば、快適だった冷蔵庫の中だって寒くなるわなぁ。

「ひ、浩之さん……暖めてください」

 よろっとセリオが冷蔵庫の中から出て来たが。
 俺がそれをひょいと避けると、セリオは床に突っ伏した。

 べふっ。

「はうっ」

 足毛布だか何だか知らんが、マルチを見捨てて自分だけ涼んでいた罪は許し
難し。

「放っときゃ平温に戻るだろ」

「そ、そんなぁ」

 とは言え、可愛いセリオを見捨てるのも忍びない俺。

「ったく……今度からはマルチもちゃんと冷やしてやれよ?」

 ちべたく冷え切ったセリオの身体を抱き起こし、マルチと一緒に抱きしめる
俺。

「まうー、セリオさんが冷たくて気持ちいいのですー」

 マルチはセリオに頬ずりまでして。

「なぁ、セリオ……マルチが暖かいだろ? お前が冷えてる分と足して割れば
丁度よかったと思うんだよ」

「は、はい……」

「自分のことだけ考えないこと。いいか?」

「はい……ですが、浩之さんが冷蔵庫を封印しなければこんな事態には……」

「いいか?」

「は、はいっ」

 よしよし。

 んじゃどうしようか……とりあえず、マルチとセリオの体温が同じくらいに
なるまでこうやってだきだきしていよう。

「まぁ、2人とも無事でよかったぜ」

「「はい……♪」」

 そんな感じで。
 更に涼しくなって、虫の音が聞こえる頃まで。
 俺達は、3人一緒に抱き合っていたのであった。






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