へなちょこセリオものがたり

その3「ボーイ・ミーツ・ガールズ」








「今日は、ミートスパゲティを作ってみようと思います」

 ……それは、ある意味禁句だった。
 あの日、マルチがそれを作ってからというもの……俺もマルチも、一切その
ことには触れないようにして来た。
 だが、何がマルチを変えたのか……当のマルチから、アレを作ると言い出し
てきたのだ。

「……自信はあるのか?」

「はいっ!」

 ……うむ、いい返事だ。
 ここまで自信があるからには、何か勝算があるに違いない。

「よし、期待してるぞっ!」

「はいっ! 今度こそ浩之さんに、美味しいミートスパゲティを食べてもらう
んですぅ!」

 うむ……その意気やよし、だな。
 期待しているぞ、マルチ!






 ……で。
 マルチは勢い込んで、エプロン姿でキッチンへと向かったが。

 何とはなしに、心配なのは仕方がないところだろう。
 ちょっと、物陰から流しを覗き込んだりして。

「…………」

「…………」

 ……ん? 何だ、セリオが傍に付いてるのか。
 まぁ、あいつがいるなら大丈夫か? 何てったってサテライト・システムが
あるんだからな、わからないことなどそうそうないだろう。

「……ですから、麺というものは茹でれば柔らかくなり膨らむのです」

「なるほど……」

 ……ふむ。

「顕著な例では、素麺やパスタの類が挙げられます」

「……ああっ、そういえばそうですよね」

 どっちも、マルチは成功した経験がないやん。
 素麺は作ったことがないし……特に、パスタ。

「茹ですぎると『麺が延びる』と言って、麺がふやけた状態になってしまうの
です」

「はいっ」

「ですから、それを利用して」

 ざぱぁ……。

 ガスコンロにかかった鍋から、麺茹で用の網を取り出すセリオ。
 その中には、茹でに茹でられてぷくぷく膨れた素麺らしきものが……。

「このように、目的とする太さまで」

 ちゃっ、ちゃっ……ぼすっ。

 セリオはそのまま湯を切り、隣のフライパンに素麺を移す。
 バターを少しまぶしてからミートソースの缶を開けて、中身の一部をフライ
パンに入れていく。

「麺を太くして、それをこのように」

 ぐりぐりと麺をかき混ぜ、ミートソースな色を素麺に付けるセリオ。
 そして皿に素麺を盛り、缶の中身の残りを麺の中央に。

「盛り付ければ、完成です」

「わぁ〜、この本の写真と同じですー」

 ……ちょっと待った。
 それ、俺が食うのか?

「麺類の調理の基本は、全て同じです。これを覚えれば、どんな麺料理も作る
ことが出来ます」

 をい。

「は……はいっ、もう覚えました! 頑張って自分のモノにしますぅ!」

 そんなの、モノにされてもなぁ……。

 さて……そろそろ止めないと、今後の食生活がえらいことになる。

「なぁ、セリオ」

「……はっ!?」

 ……何故に驚く。

「浩之さん、見てください〜! さすがはセリオさんですぅ、こんなに美味し
そうなスパゲティが出来たんですぅ」

「マルチが作るんじゃなかったのか?」

「……はっ!?」

 ……この辺、やっぱり姉妹って感じがするなぁ。

「で、ソレが俺の飯なのかな?」

「……はい。浩之さんの為に、一生懸命作りました」

 ……作るとこ見てなきゃ、すっげぇ嬉しい言葉なんだがな……。

 あ、マルチが見てる……ここで適当なこと言ったセリオを怒っては、セリオ
に対するマルチの信頼が……いやいや、言うべき時には言わなくては……でも、
また後にした方が……。






 で、俺はセリオを尊敬の眼差しで見つめるマルチの瞳に勝てなかったわけで。

「そ……そうか、美味そうだな。早速食わせてもらうぜ」

「食わせて……もらう?」

 きらん☆

 む……セリオの目付きが鋭いものになった……言い方がマズかったかな?

「いや、ありがたく食べさせてもらうぜ」

「食べさせてもらうんですね?」

 その時、セリオがにやりと笑った気がした。






「はい、どうぞ」

「あ……あーん……」

 ぱくっ。

 ……もそもそっていうか、ぐしぐしって言うか。
 何とも不思議な食感、ミート素麺をもくもくと食べている俺。
 いや、食べさせられていると言った方がいいのか。

「浩之さん、次は私ですー」

「むぐむぐ……はいよ、あーん……」

 ぱくっ。

 セリオとマルチ、片手にフォークを握って。
 2人して、交互に俺にアレを食べさせてくれていた。

「これで『浩之さんに、美味しいミートスパゲティを食べてもらう』のは達成
出来たんですぅ☆」

「う、うむ……言葉の上では間違いない……」

 実際には、『セリオの作ったミート素麺』なんだってばよ。
 しかしマルチの嬉しそうな顔と、何を考えているのか……テーブルに頬杖を
付いて俺を見つめる、セリオの柔らかな微笑み。
 ……俺にはもう、何も言えない。

 2人の押しを断りきれなかった、自分の弱さを呪うと共に。
 1つの叫びが、俺の心に木霊するのであった。






「……これじゃ、詐欺じゃん」






<……続きません>
<戻る>