へなちょこセリオものがたり

その5「気持ち伝えて」








「セリオ、どうだった?」

 コトが済んだ後。
 聞くのも野暮といえばそうなのだが、やはり聞きたくなるのが男心。

「どう、とは……?」

 俺と同じく、全身うっすらと汗ばんでいて。
 紅潮した頬が、愛おしく思える。

「よかったか、って聞いてるんだよ」

「よかった……何がですか?」

 ……へっ?

「何がって……お前なぁ、あんなに声出したりしてたくせに……何とも思わな
かったのか?」

「……マルチさんから、こういう時には声を出すものだと聞いておりましたが」

 つ……つまり……何か?
 今までのは、俺の一人相撲だったってことか?
 セリオは、単に俺に合わせていただけだったのか……?

「では、浩之さんはいかがだったのですか?」

 俺か……俺は……。

「……もう、いい」

「え?」

「風呂にでも入って来るぜ」

 俺は物入れから着替えとタオルを取り出し、風呂場へ向かう。

「あ、あの……」

 セリオが何か言いかけていたが、何か聞く気になれなかった。












「……と、いう訳なのですが」

「セリオさぁん……私がこんなに浩之さんとするを我慢してるのに、何て酷い
ことをぉ……」

 我慢と言えども、1日のうち2時間それぞれ2人きりになれるということで
確か話が付いていたはずですが……。
 ですが……酷い、こと?

「酷い、とは?」

「あうあう……こういうことは、私が説明することではないんです。浩之さん
の『気持ち』を考えてみれば、自然と答えは出るはずですぅ」

 浩之さんの、気持ち……?

「ですが」

「人に教えられただけでは身に付きません。自分で考え、行動して……それで
成長していくんですよ。私も浩之さんから色んなことを教えていただきました
けど……その度に怒られたり、笑ったり、泣いたり。……ただ聞いているだけ
ではなく、自分でも壁を乗り越えなければいけませんでした」

「なるほど……勉強になります」

「たまには私も、『お姉さん』なんですよっ」

 えっへん。

「ところで浩之さんは今、何を?」

「はい、お風呂へ行かれました」

「なっ、何てことですぅ! 急いで私もご一緒するんですぅっ!」

 ぱたぱたぱた……。

「あ……」

 まだ、聞きたいことが……。

「あう、最後に1つだけですぅ」

 マルチさんは、スリッパから煙が出るほど急停止し。

「セリオさんの『気持ち』、表に出してみたらどうでしょう?」

 ぱたぱたぱた……。

 そして、無音の時。
 居間に1人取り残された、私。






 浩之さんの『気持ち』……そして、私の『気持ち』……。

 わかりません。
 そんなこと、何を調べてもわかりません。

 でも、浩之さんの……先程の寂しそうな目が、気にかかります。

 悲しませることを、したのでしょう。
 酷いことを、したのでしょう。

 だから……嫌われたのでしょうか……。

 ……もう一度、考えを整理してみましょう。
 浩之さんに、謝る為に。
 この胸のもやもやを、消す為に。 

 そして、私の『気持ち』を……。






「ふぅ、さっぱりしたぜ」

「はいー、茹で上がりぴっかぴかですぅ☆」

「茹でるって言うな」

「あうう」

 ちょっと気分は沈んでいたが。
 それでも、明るいマルチのおかげで何とか。

「って、セリオはどうした?」

「セリオさんは、今居間にいますー」

「…………」

「……そんな忌々しげな視線は、のーさんきゅーですぅ」

「ひつこい」

 ぺちっ。

「あうっ……すいませんですぅ」

 まだやるか、こいつは。
 謝らなかったら、偶然だと見逃してやったものを。






「セリオ?」

 俺は、居間を覗いて。

 さっき、ちょっと冷たかったかもな。
 セリオ、あの後どうしたのかな……。

「おーい、セリ……オっ!?」

 セリオはソファーにもたれるようにして、そこにいた。
 だが、どうもその姿勢が不自然だった。

「おい、セリオ? どうしたっ!?」

 俺はセリオに駆け寄り、抱き起こした。
 その拍子に、首がかくんと折れ。

 ううっ、死んでるんじゃないだろうな……。

「あう、セリオさん〜」

 マルチは自分のセンサーに手を当て、何やらして。

「あうう……反応はありますけど、とっても処理速度が落ちていますぅ」

 しょ……処理落ち?

「あ……CPU負荷率、下がります」

 マルチが言うや否や、だらんとしていた頭に力が込められて。

「んっ……マルチさん、私を呼びましたか? 考え事をしていたら、ついつい
集中してしまって……熱暴走しそうだったので、冷却を」

 自分の姿勢を維持出来ないほど、かよ。
 ……知恵熱みたいなもんかなぁ?

「お前なぁ、その前に何か言うことはないのか?」






「……ひっ、浩之さん!?」

「何がそんなに驚くんだよ」

「い、いえ……何故抱かれているのかと……」

 俺の腕の中で、ひたすら小さく縮こまるセリオ。
 こんなところを見せられたら、感情がないなんてことは決してないと思うの
だが。

「お前が変な格好してたからな……心配して、つい」

「心配……? 私のこと、嫌いになったのでは?」

「いつ俺が、そんなことを言った?」

 そんな、悲しそうな眼をして。
 そんな、寂しそうな表情をして。

 お前は、まだ自分に心がないとでも思っているのか?

「いえ、しかし……状況的に考えると、嫌われてしまったのではないかと……」

 ぽふっ。

「……お前も案外、その辺が馬鹿なんだよなぁ」

「あ……」

 なでなで……。

「あの、私……そういう経験がなかったものですから、マルチさんに教わった
通りに……」

「それはわかったよ。だけど、お前はずっとそのままでいいのか?」

「ずっと……?」

 そう。
 ずっと、人に教えられるだけで生きて行くのか。
 自分の感情を発露させることのないまま、生きて行くのか。

「お前も俺やマルチと一緒に、『成長』してみないか?」

「成長……」

 セリオは、その言葉の意味を掴みあぐねていたようだったが。
 やがて、しっかりと頷いた。

「はい……これからも、よろしくお願いします」

「おう。こっちこそ、よろしくだ」

「む〜っ……」

 あ、マルチ。

「……マルチも、今まで以上によろしくな」

「…………」

 むぅ、へそ曲げてやがる。

 俺は片手で『来い来い』をして、それからなでなでする真似をした。
 目線で『なっ?』と語りかけると、やっとマルチは俺の元に寄って来た。

 ぽてぽてぽて……。

「よろしくな、マルチ」

 なでなで……。

「はいー! いつまでも、一緒にいるんですぅ!」

 ……さらりと凄いこと言うのな。
 しっかし、結構現金な奴なのな。

 ちょっと顔が赤くなったのを自覚しつつ、そのままマルチも抱き寄せて。

「おう……ずっと、一緒にな」

 セリオとマルチを一緒に抱きしめながら。
 俺の気持ちが、2人に伝わるように……。






 さて。
 そんなわけで、セリオと仕切り直しだ。
 この後には、マルチとの対戦も控えてたりするが。

 っていうか、すでにもう最中だ。

「そっ、そんなぁ……そこは、ちがっ……ああっ……」

「ほぅ……随分と反応が変わったじゃないか、セリオ?」

「はっ……い……あっ、ああっ!」

 な、何か……前よりもイカす声になったような……。

「もう私、駄目です……」

「おう、俺もそろそろ……」

「あっ……もう、我慢出来ません……っ……ああっ!」

「せっ、セリオ……行くぞっ!」






 2人の指が、シンクロしているかのように同じ動きをして。
 そして同時に、連鎖発動。

 ふぁいやー、あいすすとーむ、だいあきゅーと、ばよえーん、ばよえーん、
ばよえーん、ばよえーん……。

「おおっ……それは『赤光潰斬破雷精地獄』の発展型……やるなっ、セリオ!」

「浩之さんこそ……挟み込みと折り返しの妙技、堪能させていただきました」

 師匠がマルチだとは思えない上達ぶりだな……このままでは、俺も越される
かもしれん。

 とか言う間にも、すっかり空になったフィールドで落下してくる2つ組の球
を必死で回転させている俺達。

 どごごごごっ!

 ふっ……このシリーズの1作目は、相殺がないから好きだぜ……。

 ばたんきゅ〜……。

「やはり、まだ敵いませんでしたか……」

「いや、なかなかの成長ぶりだ」

「ありがとうございます、浩之さん」

 ふぅ……熱く燃えたぜ……。






 ベッドの上に、2人で横になって。
 疲弊した身体を、休めている俺達。

「……今日は、どうだった?」

「……素敵でした」

 まだ、無表情なんだよな……。
 でもコトの最中には、本気でセリオが声を上げていたように思えた。

「……それも、マルチに教わったのか?」

「今の気持ち、言葉にしてみたのですが」

「じゃあ、今までのは……どんなだった?」

「今までも、とても素敵でしたよ」

「……そうか」

 ……ちょっと、安心。

「ごめんなさい……私、今まで浩之さんに酷いことを……」

「いいって。本当はちゃんと、喜んでくれてたみたいだからな」

「はい……これからは、自分の言葉で……自分の気持ちを出すように気を付け
ます」

 そうか……。

 お互いに、まだ息が荒かったりするが。
 傍らのセリオを抱きしめ、その額にキスをする。

「あ……」

「今日はごめんな。寂しい思い、させちゃったな」

「いえ、それは私が……」

「セリオにはもう、謝ってもらった。今度は、俺の番」

 ぎゅっ。

「マルチもそうだったけど……俺がお前達を嫌いになるなんて、絶対にないぞ。
だから安心して……俺の傍にいてくれよ」

「……はい」

 俺の腕の中で、小さく頷くセリオ。
 
「ありがとう、セリオ」






 ……浩之さんを、裏切っていた。
 本当のところは違うとはいえ、悲しい思いをさせたことは事実。

 まるで、人形を相手にしていたような気持ちになってしまったのでしょう。
 こんなに、愛情を注がれているというのに。

 ……人形?
 そう……私達は、確かに人形かもしれない。

 でも、浩之さんはそうは思っていない。
 『女の子』として、私達を想ってくれている。

 だから、私も変わらなくては。
 浩之さんの『気持ち』に、応える為にも。
 私の『気持ち』を、伝える為にも。

 ……何だか、胸がもやもやしています。
 マルチさんも、このもやもやを抱えているのでしょうか?
 このもやもやが、晴れる時は来るのでしょうか?

 その答えを見つける為にも。
 私、頑張ってみようと思います……。






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