へなちょこセリオものがたり

その6「それは、趣味」








 ぴんぽーん。

「ちわっす、お届けものでーす」

「はい〜」

 ぱたぱたぱた……。

 がちゃっ。

「ここに、ハンコお願いします」

 どすん。

「はい〜」

 ぽむっ。

「では、ありがとうございました」

「はいー、お疲れ様ですぅ」

 ばたむ。

「……マルチさん、一体何が?」

「何でしょうか……んー、大きい箱ですぅ……」

「これは……テレビですね。居間のテレビが映らなくなったので、新しいもの
を購入されたのでしょう」

「あうう、前のテレビさんは……」

「ものには、寿命というものがあります。このまま頻繁に修理を続けるよりは、
新しいものを購入した方が色々な面で正解ですね」

「あうう、私達にも寿命が……?」

「ええ……しかし、私達は大丈夫かと」

「ほへ?」

「一般家電製品の寿命とは、長さが違いますから。それこそ、浩之さんと一生
を共に出来るくらいに」

「ううっ、よかったですぅ」

「……浩之さんに捨てられなければ、ですが……」

「あっ、あっ……あうう、そんなの嫌ですぅ〜」

「……にやり」






 ……おう、そういえば今日はテレビが届く日だったっけ。
 マルチかセリオが先に帰ってると思うけど、とりあえず確認取っておくか。

 とぅるるるる……とぅるるるる……。

 がちゃっ……。

「おう、帰ってたん……」

「浩之さん〜、私達を捨てないでください〜!」

 な、何だ!?

「ま、マルチか? どうしたんだ、一体?」

「あうう、浩之さんがいなければ生きて行けませんですぅ〜」

 時折ずるずると、鼻をすすり上げる音が聞こえてくる。
 きっと電話口で、だばだばと涙を流していることだろう。

 ……一体、何があったんだろう。

「ちょ、ちょっと待て! 今すぐ帰るからっ!」

「ううっ、それがお別れの時なんですね……」

 ……電話じゃ、話にならん。
 くそう、急いで帰らないと。

「いいから、そのまま待ってろ!」

 がちゃん。

 むぅ、馬車馬のように慌てて帰るとするか。






「ただいま〜」

 俺が玄関のドアを開けると。
 制服の袖口をびしょ濡れにしたマルチと、心配そうにその背中を叩いている
セリオがいた。

「ど……どうしたんだ?」

「あ……浩之さん」

「ううっ……いよいよ、荷馬車に乗せられてしまうんですね……」

 牛や馬じゃないんだから、そんな真似するかよ。
 それ以前に、違うって。

「なぁ、マルチ? 一体何で泣いてるんだ?」

「ううっ、実は……」

「あ……私、洗濯物を取り込んで来ます」

 そそくさっ。

 ……怪しいなぁ。






「……と言うわけなんですけど」

「はぁ……お前なぁ、そんなのセリオの出任せじゃないかよ」

 全く、セリオの奴め。
 毎回素直に騙される、マルチもマルチだが。

「で、でもぉ……」

「俺は、捨てたりしない」

「え……?」

「2人とも、俺の大事な家族だからな。離れるなんて、出来ない」

 ぎゅっ。

「ひ、浩之さん……」

「……さぁ、新しいテレビを据え付けようか」

「は……はいっ!」






「じゃあ俺は古いのを表に出してくるから、その間に配線しといてくれ」

 そんな複雑なものでもないし、セリオもいるし。
 さぁて、ワイドでフラットな大画面が楽しめるぞう。

「はいー! お任せあれですぅ!」

「よっこらせ、と」

 よっと……さすがに、ちょっと重いかもな。






 さて、明日電器屋に取りに来てもらおうっと。
 ここに出しておけば、面倒なこともないだろう。

 玄関の脇にテレビを置いた俺は、浮いた足取りで居間に向かう。

 きっと、もう終わってるよなぁ〜♪

 とん、とん、とん……。

「おーい、もう……」

「はいっ、『東京タワー』ですっ!」

「……何の、『天橋立』です」

「むむっ、さすがですぅ」

「……をい」

 何をしている、何を。

「あ、浩之さん。見てください、『東京タワー』ですぅ」

「……こちらは、『天橋立』です……浩之さんの分もありますよ、ほら」

 一度輪っかから指を抜き、別のあや取り用の輪っかを俺に差し出すセリオ。

「ほう……上手だな、2人とも……だけど、何を使ってやってるんだ?」

 テレビ←→ビデオの配線用AVケーブルは、変わり果てた姿に。
 端子部分は切り落とされ、一体にくっついていたはずのV/L/Rの3本線
がそれぞれバラバラにされ、輪っかにしてあった。

「あうっ」

「…………」

 ……マルチは純粋に忘れていただけだろうが、セリオは途端に俺から視線を
外した。
 ……犯人は、お前だ。

「す、すみません〜」

「いいって、マルチ……セリオが『あや取りしよう』って言い出したんだろ?」

「ううっ、私ってそんなに信用されていないんですね……」

「泣き真似したって駄目だ」

「……すみません」

 ……くそっ、うちには半田ゴテなんかないしなぁ……これじゃあもう、使え
ないな……。

「新しいの買ってくる」

 俺は財布の中身を確認すると、玄関へ向かう。

「……そうやって、何でも次々と新しいものに換えていくんですね」

「ううっ、そんな……浩之さぁん、私達を捨てないでください〜」

 泣くな、マルチ。

「誰のせいだ、誰の」

 おのれ、今日はセリオの『マルチいぢめの日』なのか?
 ううむ、セリオめ……今晩は、俺がいぢめてやるぜ。






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