へなちょこセリオものがたり

その7「裏もないんです」








 放課後。
 かったるい掃除当番、それでも一生懸命にモップを動かして床を拭いている
俺だったりする。

 えいやっ、ふきふきふきっと。

「藤田様」

「ん? ……のわっ!」

 せ、セバスチャン! 何故こんなところにっ!?

「お前、校内に入って来てもいいのか? 先生にでも見つかったら……」

「その点は、ご心配なく。芹香お嬢様の執事であるだけではなく、この学校の
『特別名誉雑務処理要員』の職も兼任しておりますので」

 ……つまり、非常勤の用務員の爺さんか。

「まぁ、それはどうでもいいとして……何の用だ?」

 ふきふきふきっと。

「はい、実は綾香お嬢様が……」

 床をふきふきしながら、爺さんの話を聞く。

 今日綾香が俺の家に行っていて、既に待っているとのこと。
 で、いつまでも待たせる訳にもいかないから俺に早く帰れと。

「一体また、何の用があるっていうんだ?」

「詳しくは存じませんが……セリオ殿をお預かりしていただいているお礼だと、
私は伺っております」

 ふきふきふきっ。

 ふむ。
 礼を言いたいのはこっちの方だが、まぁそれは会ってから話すとするか。

「わかったよ。掃除が終わったらすぐに……」

「掃除は私がいたしますでな、お嬢様のところへ一刻も早く」

 ばしっと、俺の手からモップを奪い。
 爺さんは、熟練を感じさせる手付きでモップをバケツに突っ込む。

「ささっ、お急ぎを」

 ……まぁ、やってくれるってんならいいか。

「そんじゃ……頼むぜ、セバスチャン」






 ……お礼っていっても、やっぱり俺から言うのが筋だろうなぁ。
 マルチのことだけでも、いくら礼を言っても足りないくらいなのに。

 セリオが来てからは、マルチも毎日が更に楽しくなったみたいだし。
 嘘とも本当とも付かない知識をマルチに教え込まれるのは少し問題ではある
が……俺だってセリオが来てからは色々と……。

 ……でも綾香、よくセリオが俺のところに来るのを許したよなぁ。
 それだけ、セリオがマルチを慕っていたのかな?
 それとも、それだけ綾香がセリオを可愛がっていたのかもな。






 がちゃっ……。

「ただい……」

「「「おっかえっりなさ〜いっ☆」」」

 ぱぱん! ぱん、ぱんっ!

「をををっ!?」

「浩之さんっ、お帰りなさいですぅ☆」

「……お帰りなさい」

「お、お前ら……一体何を……?」

 突然浴びせられたクラッカーの飾り紙を払いのけながら。
 黒光りするレオタード、見えそで見えない胸元。

 ゆらゆらと、みんなが動く度に揺れる6本のうさ耳。

「何って……みんなでいつものお礼をするに、決まってるじゃないのぉ☆」

 ずびしっ☆

 ワイングラス片手に、綾香が元気にポーズを取って。
 ……奴は既に、出来上がっていた。

「お礼って……つまり、俺を肴に楽しもうと……?」

「ご名答――――っ! 当たったご褒美に、セリオの裸踊りぃっ!」

「な、何っ!?」

 ごっくん。

 そ、それは非常に美味しい……いや、いかんいかん。

「せ、セリオ……?」

「……嫌です」

 赤面しつつ、首を左右に振るセリオ。
 そりゃそうだよな……ちっ、ぬか喜びさせやがって。

「何よう。そんじゃ、マルチの……」

「あうあう、私も嫌ですぅ」

「あんた達、愛する浩之に喜んで欲しくないのぉ?」

「ううっ……2人きりの時、浩之さんが望むなら」

「…………」

 こくり。

 ううっ、2人とも……俺は今、猛烈に感動しているっ!






「仕方ないわねぇ……そんじゃ、私が」

 お……おおっ!?

「私が、裸踊りを」

 おおっ!

「浩之にさせてあげる」

 ……へっ?

「だりゃぁっ!」

 ぶんっ!

「おぅぉわぁぁっ!」

 突然襲ってきた右上段蹴り。
 慌てて避けたところで安心していると。

「ふっふっふ……さぁ、ど・う・す・る?」

「あ……あの、おムコに行けなくなるんですけど」

「大丈夫、マルチとセリオがいるから♪ 全く問題なしね☆」

 まぁ、それはそうなんですけど……。
 でも、でもぉ。

「なぁ、お前達……何とかこいつを止めてくれよぉ」

 こいつらが、俺の希望。
 きっと2人なら、俺を助けてくれる!

 信じてるぞっ、2人とも!

「ふぅん……あなた達、私とやり合う気……?」

 綾香の眼が、すっと細められ。
 酔っているとはいえ、その闘気たるや……。

「あ……あうあう、将来浩之さんと一緒に暮らせるんなら、私は何も問題なし
ですぅ」

「……48種あるサテライト・アタッキングを対人に使うのは、気が引けます
ので。それと、今のお話を約束していただけるのなら」

 おいおい……こいつら、魂を売り渡しやがった。

 くそう、しょうがねぇ……どこまで食い下がれるかわからないが、俺の貞操
を守る為に闘うぜ!!

「よぉし、それじゃあ……って、何? やる気なの、浩之?」

「おう……言っとくけどな、簡単にはやられないぜ?」

「へぇ……面白いじゃない、後で後悔しても知らないわよ?」

 すっ……。

 腰を低く落とし。
 いつでも攻撃に移れる体勢で……。

「ふん……甘く見てると、その代わりに痛い目見るかもな……」

 俺が付け入る隙は、はっきり言ってない。
 ただ綾香が俺を甘く見ていることと……酔っ払っていること。

 そこに、勝利の鍵があるっ!

「さぁ、来いっ!」

「よく言った! 覚悟ぉ!」

 目にも止まらぬ速度で右足が後ろに引かれ。
 膝をたたんだまま、その足が蹴り出され。

 くっ……防御出来るかっ!?

「ひぬか……」

 軸足が爪先を軸に回転し。
 折りたたまれた蹴り足が、その回転力を付加して勢いよく蹴り放たれる!
 しまった、『火神』か……! 何で構えでわからなかったんだ……。

 下手をすれば、あばらの数本は持って行かれるか。
 いや、それだけで済めばマシな方だぜ……。 

 以前目の前で、綾香がこの技で古いタイヤに穴を穿ったのを見ていただけに。
 あ……もしかして、昔の記憶が甦るという……これが、記憶の走馬灯?

 ううっ……親父にお袋……悪いが、先にご先祖様に会うかもしれないぜ。

「……スタン・バインド」

 ばちばちばちっ☆

「……はにゃぁ☆」

 ふら〜っ……ばたん。

 ……んっ?

「……ご無事ですか、浩之さん」

「あ……ああ、まだ何もしてないからな……」

 それはそうと、綾香は一体……?
 未だにぱちぱちと、小さな電気火花が綾香を覆っているが……。

「はりゃ〜ん……しびしびなのぉ……」

「セリオ、これは?」

「ああ……それは『スタン・バインド』です。私が噴出したチャフ……小さな
金属片に、衛星から電磁波をピンポイントで照射し、発生した電磁場によって
対象を拘束……或いは行動不能に至らしめる技です」

 むぅ……そんな、さっきは衛星技は使わないって……。

「お前、言ってることとやってることが……」

「はい。先程の発言は、あくまでも浩之さんに肉体的被害が加えられない場合
の話ですから」

 そ……それって、俺の精神的被害はどうでもいいという……?

「……浩之さんっ! 心配してましたーっ!」

 飛び付くように、俺に抱き着いたマルチ。

「嘘を言うな、嘘を」

 くそう、調子のいいこと言いやがって。

「……さて、綾香さんはどうしましょうか?」

「……毛布でもかけといてやれ」

「了解」

 ……俺も冷たいかもしれないが。
 躊躇しないセリオも、なかなかのもんだな。

「それでは……浩之さんの感謝会、続行ですぅ☆」

「え? そんな話だったのか?」

「……まぁ、細かいことは気にせずに」

 ……まぁ、いいか。






 ……と、言うわけで。
 うさぎなマルチやセリオに囲まれて。
 途中から復活してきた綾香にも、吐くほどお酌されたりしたが。

 今日は、色々な意味で楽しませていただきました。
 ……うさぎって、いいよな。






 ソファーに並んで座り、『葡萄ジュース』を飲み交わしている俺達。
 俺はふと、セリオのことを聞いてみたくなった。

「なぁ、綾香」

「ん? なぁに?」

 うおっ、しなを作るな。
 どきっとしちまうじゃないか。

「セリオのことなんだけどな……何で、俺のところに?」

「……あんた、気付いてなかったの?」

「何が?」

 俺がそう言うと、綾香は溜め息を吐き。

「セリオには、好きな男の傍にいて欲しかったのよ」

「……え?」

「私……姉さんもだけど、立場上そんなことって出来ないから。だからせめて、
セリオだけでも……ってね」

「へぇ……お前も色々辛いんだな」

「まぁ、ね」

 くいっと、2人してコップの中身を空けて。

「…………」

「お、おい……?」

「ちょっとだけ、こうしていてもいいかな……」

「……おう」

 そっと、俺の肩に頭をもたれかけさせた綾香。

 ……気付かないふりをするってのも、結構辛いんだよな。 
 わかってるから、余計に……な。

 口には出さず、そんなことを考えながら。

 俺はそっと、綾香の肩を抱き。
 そして、その艶やかな髪をなでてみたりしていた……。






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