へなちょこセリオものがたり

その8「おしおきキライ」








「セリオっ! まぁたお前は、マルチにいらんことを吹き込んで……」

 くどくどくど……。

 マルチに知識を教え込んでくれるのは、ありがたいことではある。
 問題は、その大半が大嘘だということだ。

 マルチは純心だから、人に言われたことをそのまま信じてしまうんだよな。
 ……そこがいいところといえば、そうなんだがな。

「……いらないことかどうかは、マルチさんが決めます。浩之さんに、マルチ
さんの知識欲を侵害する権利はありません」

「……正当防衛って、『自己或いは他人が被害を被る場合において認められる、
それを避ける為に要する行動』だったかなぁ……」

 セリオは、ちょっと悔しそうに眉根を歪め。

「……概ね、それでよろしいかと」

「……なぁ。お前が好きでやってるのはわかるけど、もう少し実害のないやつ
にしてくれよ。今日だって、マルチは……」

「……ですが、それでは面白くありません」

「面白いとかいう問題じゃないっ!」

 俺はセリオを一喝し。
 セリオは初めて怒鳴られて驚いたのか、黙り込んだ。

「洒落で済むことならいいけどな……今日みたいに、近所の家の犬にたっぷり
玉葱入りのハンバーグを食わせようなんて、洒落にならんぞっ!?」

 直前で発見したからよかったものの。

 ちなみに、うさぎや犬などの動物には多量の玉葱は命取りになる。
 ヒトも、馬鹿みたいに食うとえらいことになる。

「マルチは何が何だかわかってなかったが……まさか、お前が知らないでいた
とは言わせないぞ?」

「…………」

 知らなかったとはいえ、結果を知ればマルチが悲しむのは必至。
 その上、飼い主にも悲しい思いをさせてしまう。

 いい悪いがどうこう以前に、冗談で済む問題じゃないぞ。

「……罰として、しばらく俺とのスキンシップ禁止」

「……そんな! それは……」

「安心しろ、シカトするわけじゃない。ただ、触れ合うことが出来ないだけだ」

「は、はい……」

 俺も寂しいが……お灸をすえる意味でも、たまにはびしっとしなきゃな。












 ……俺が、居間で雑誌を読んでいると。
 突然ソファーの後ろから、俺の首筋に腕を回してくるセリオ。

「浩之さん……」

 きゅっ。

「……俺が言ったこと、聞いてなかったのか?」

「……理解したく……ないです」

 ぎゅっ……。

「期間延長」

 びくっ。

「あ……あああ……」

 弾かれるように俺から離れ、首を左右に振りながら後退していくセリオ。

「……自分が招いた結果だからな」

「ああ……ああっ!」

 だっ!

 光る粒を散らしながら、居間から走り去るセリオ。
 ……ちょっと厳しかったかな……いやいや、甘やかしてはいけないんだよ。






「浩之さん、ご飯ですぅ」

「おお、今行くぜぃ」

 うむ、この時間が俺の楽しみの1つなのだ。
 マルチとセリオが、1食ごとに交互で作ってくれることになっているのだが
……双方ともに日毎に腕を上げているのが俺でもわかる。
 やはり、互いが刺激し合っているのだろうか。

 とたとたとた……。

「さぁて、今日の晩飯は……?」

 今晩は、セリオの番だったかな?
 そんな俺が、勢い込んで食卓に着くと。

「……煮干しの煮込みご飯です」

「…………」

 何だかなぁ……。

「浩之さん! 私、こういうお料理があるのって知りませんでした!」

 っていうかコレ、出汁取っただけのお粥じゃん。
 料理とは言わんぞ、これは……。

「セリオ……俺が怒ったこと、根に持ってるのか?」

「根に持つ……?」

「そうなんだろ?」

「私には感情はありませんから……その心配は御無用かと」

 嘘を言え、嘘を。
 感情のない奴が顔を赤くしたり、いい雰囲気の時にオーバーヒートするもん
かよ。

「……ですが、決して忘れることはないでしょうけどね」

 にやりと笑うセリオ。

 ちょ……ちょっと恐いかも。
 いやまぁ、食わせてもらうけどね……。






 ……いつもなら、セリオの時間。
 いつもなら、もうとっくにセリオをなでなでしている頃。

 セリオは少し離れて、俺を睨み付けていた。
 『期間延長』が効いたのか、俺に近付こうとはしない。

「……セリオ」

「はい?」

「残り30分切ったな」

「はい」

 ……何か、可哀想になって来た。
 たった2時間の2人きりの時間、なのに今日は何もしていない。
 セリオも意地になっているのかもしれないが、やっぱり勿体ないと思う。

 せめて頭をなでるくらいは、してやりたい。

「……俺も、今日はちょっと言い過ぎたかもな」

「……そうですか」

 それでも、セリオは俺を睨んだまま。
 このまま時間が過ぎていくのは、俺にもセリオにも勿体なさ過ぎる。

「……なぁ。もう怒ってないからさ、いつもみたいに来いよ……ほら」

「それは……恥ずかしいです……」

「どうした……お前、感情はないんじゃなかったのか?」

 にやりと、怪しく笑いつつ。
 いつもは何も言わずとも、なのに……やっぱ、今日は何かが違うんだろうか。
 俺に当て付けしただけに……な。

「……先程のこと、根に持ってるのですか?」

「根に持たれるようなこと、したのか?」

「……忘れました」

 恨めしそうな眼で俺を見ていたセリオだったが。
 ついと目を逸らすと、何事もなかったように俺に身をすり寄せて来て。

「……都合のいい奴め」

「……誉め言葉として受け取っておきます」

 セリオに応えるように、俺もその身体に腕を回し。

「しばらく、こうしていたいです」

「そうか? なら、そうしよう……」






「そういえば……『しばらく』とは、比較的短い期間なのですね」

「ん……そうか? 俺には、結構長かったけどな……」

「世間一般に付いて、ですよ……私にも、今日の『しばらく』は……ちょっと
長かったです」

 俺に、ゆっくりとなでられながら。
 嬉しそうに、目を細めていて。

「……ごめんなさい、浩之さん」

「……頼むぜ。マルチは、俺やお前が守ってやらなきゃいけないんだからな」

「はい、それはわかります……ですが」

 言い澱むセリオ。
 訪れた、しばしの沈黙。

「……ん、どうかしたか?」

「私は」

 深呼吸。
 深く息を吐き、そして大きく息を吸って。

 言い難いことなのか。
 それとも……?

「……私も、守ってもらいたいです……」

 顔を真っ赤にして。
 恐らくセリオにとっては、かなりの勇気が必要だったことだろう。

 だが、その勇気も半分くらいは不発だ。
 だって、俺は言われなくても……。

「……守ってやるよ。お前達、2人とも」

「……ありがとうございます、浩之さん……」






 そして、マルチが呼びに来るまで。

 今日は全然触れ合ってなかった感じだったけど。
 その分を補って余りあるくらい、セリオは満足そうな表情をしていた。






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