へなちょこセリオものがたり

その12「安らかに眠れ」








 ちゅちゅん、ちゅんちゅん……。

「浩之さん、おはようございます」

「ん……おはよう……」

 もう朝か……。
 何だか最近、ゆっくり眠ってないような気がするな……。

「うぇっぷ」

「浩之さん? どうされましたか?」

「いや、ちょっと胃がムカムカしてるだけだ……水でも飲めば治るさ」

「……お大事に」

 ちょっと酸っぱい胃液が上がって来て。
 うお……胸焼けだぁ。

 昨夜、そんなに食ったっけ?






 朝は言うに及ばず、昼飯も晩飯も。
 何かむかむかするっていうか、あまり食う気になれなかった。

「ふぅ……ご馳走様」

「あれれ? 浩之さん、今日はもういいんですかぁ?」

「ああ……何だか食欲がなくてな……」

「……お大事に」

 結局、晩になっても胸焼けは治らず。
 何か身体の調子でも悪いのかなぁ……今晩は早く寝とこうか。






「それでは、おやすみなさい」

「おやすみなさいですぅ」

「ああ、おやすみ」

 ぱちりと灯かりを消す音が聞こえて。
 闇に包まれた部屋、聞こえるのは俺とマルチ達の呼吸音。

 いや、マルチ達のは正確には呼吸じゃないんだけどな。

「…………」

 何て言うか……視線を感じる。
 それもすぐ近く……そう、ちょうどセリオの側から。

 ちらっと薄目を開けて見てみると。

 じ――――っ……。

 うをう。
 セリオが見つめてやがる。
 この目は……また何か企んでいやがるな。






 ぐ〜っ……すぴょるるるぅ〜……。

 で。
 とりあえず、セリオの出方を窺うことにした俺。
 寝たふりで様子を見る。

 きっと、俺が眠ってから何かするつもりなんだからな。

「……浩之さん」

 くかーっ……すぴょぴぃょ……。

「……浩之さん?」

 こきょーっ……ぴょぴょぴょ……。

 ……ふっ、我ながら間抜けな寝息だぜ。
 セリオを欺く為とは言え、情けない。

「……ふふっ」

 きゅっ……。

 俺が寝ていると思い込んでくれたのか。
 セリオはちょっと身体を起こして、俺の首筋に抱き付いて。

「浩之さん……」

 おおっ!?

 い、いかん。こんな声に反応したら、セリオに狸寝入りがバレてしまう。

「浩之さん……いつもは言えませんけど……私の気持ち、お伝えします」

 …………。
 こいつ、なかなか可愛いところあるじゃないか。

 恥かしいから、面と向かっては言えないんだろうな。
 ……待てよ、別に愛の告白だと決まったわけじゃ……いやいや、でもこんな
状況だし。
 ええい、早く頼むぜ。

「かすていら」

 ……はぁ?

「甘納豆」

 ……ちょっと……。

「焼きプディング」

 ねぇ、セリオさん?

「ここで敢えて焼肉」

「……おえっぷ」

「そしてシロップ一気飲み……あ」

「『あ』じゃない、『あ』じゃ!」

 く、くそう……期待しちまったじゃねぇか。
 って、確かマルチにも同じ真似されたような記憶が……。

「起きてらしたのですか」

「まぁな……うっぷ。セリオよぅ、お前の今のネタ……マルチの2番煎じだぞ」

「ええっ!? そ、そんなっ!」

 ……マルチに比べ、声質やネタに変化があったのは評価してやるが。

「もしかして、ここんとこ毎晩やってたのか?」

「は、はい……殿方を落とすには、『甘いささやき』が有効と伺いましたもの
で。睡眠学習の効果を期待しておりました」

 ……確かに、嫌な効果はあったけどな。

「……胸焼けさせて、楽しいか?」

「ええ、なかなか」

 しれっと言うな。
 全く……おかげでこっちは大変だったんだぞ。

「ですが、これが違うとなると……」

「ふむ……『甘い言葉』イコール『愛の言葉』だと考えたらどうだ?」

 つまるところ、同じようなものだしな。
 そっちの方がわかりやすいんじゃないかな?

「……なかなかクサいことを言うのですね」

「……うっせぇ」






「……んで?」

「あの……よろしければ、使用例を聞かせていただきたいのですが」

 ……ふ。
 マルチを落とした実績のある俺の言葉、安易な気持ちで聞けるものかっ! 
  萌える 燃える情熱、熱き想いがあれば……言葉など、自然に出るものだ!

「お前も、まだまだ甘いな」

 だが、聞かせてやろう!
 この俺の気持ち、お前へのをっ!

「……くすっ」

 ……って、セリオ?

「……ぷっ……くくっ、さすがです」

 ……をい?
 まさか、俺が駄目押しで『甘い言葉』を言ったから……?

「なぁ……今のとこ、笑うセリフじゃなかったんだけど……」

「くっ……ふふっ……ふふっふっふっ……」

 小刻みに身体を震わせながら。
 その後数分間、セリオは何を言っても笑いっぱなしのままだった。

 ……セリオの笑いのツボって、よくわからんのな。
 くそっ、人が折角やる気になったのに。






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