へなちょこセリオものがたり

その18「雪のふぁんたぢー」








 雪が、降った。






「わぁ、真っ白ですぅ」

「マルチは雪、初めてなのか」

「はいー! 何だかわくわくするですぅ」

 ふっ、マルチは元気だなぁ。

「セリオは?」

「……実物を見たのは、これが初めてです」

 そんなことを言いながら、窓の外をしげしげと眺めているセリオ。
 ……折角だし、寒いけどみんなで外で遊ぼうか。

「よぉし、じゃあ朝飯食ったら庭で雪遊びだっ!」

「はぁい! 楽しみですぅ☆」

「……急いで寒冷地仕様にしないと……」

 ……ん?






 きゅっ、きゅっ……。

 くるぶしまで雪の絨毯に埋めながら、でも楽しそうに庭の中を歩き回って。

「わぁ、これが雪なんですかぁ?」

「うむ」

 世間一般で言うところの雪に相違ないだろう。
 しかし、この辺りでこれだけ積もるなんて……珍しいな。

「あうう、味はしないんですね」

「食うな」

 いや、食っても別にいいんだけどさ。

「浩之さん……準備が出来ました」

「おお、遅かっ……」

 ずーん……。

「な……何なんだ、一体?」

「寒冷地行動用耐寒スーツです……」

 ぶるぶるっ。

 マルチは赤いコートにロングスカート、サイズは妙にだぶだぶだ。
 俺はダウンのジャケットなんか着ているけど、ちょっと寒いかも。

 で、セリオなのだが。
 毛糸の帽子&手袋2重がけは言うに及ばず、どてらや俺のコート……更には
セーターが何枚か重ね着されているのが、襟元から覗ける。
 ……あれ? あの裾から出ているのは……俺の部屋の毛布!?
 一体何枚着込んでいるんだろう……。

 で、こうなるともう身体の線なんてあったもんじゃない。
 今のセリオは、単なる着膨れだるまだ。

「お前、寒くて震えてるのか?」

「そんなことは……ありますね、やはり」

 ぶるぶる。

 む……お前今、途中で何か思い付いただろ。

「私達試作機は、極地行動を想定していなかったものですから……保温機能が
少し低いのです」

「保温?」

「バッテリー性能低下、各関節の稼動効率低下などの影響があります」

 そっか、冷えたら電池も油も調子が悪くなるもんな。

「って、マルチは平気みたいだが?」

「……マルチさんは天然ですから」

「そ、そうか」

 よくわからない理由だが、説得力だけは妙にあるぞ。

「何か俺に出来ることはあるか?」

 俺がそう言った途端。

 にやり。

「……では、私を暖めてください」

 …………。
 おのれ、そういうことか。

「おう……いいか?」

「はい、いつでも」

 俺はセリオの策にハマったふりをして、彼女に近付く。
 そしてその肩に手を触れて……。

「でりゃ」

「みっ!?」

 ぼふっ!

 見事な俺の大外刈りを食らい、雪の上に倒れ込んでしまったセリオ。

「はっはっは、そんな手に乗せられる俺だと思うな」

「……ちっ」

 うっ、可愛い女の子が舌打ちなんかするもんじゃないぞ。






 それからちょっとの間、俺はセリオを眺めていた。
 わたわたと手足を懸命に動かしていたが、やがてそれもぴたりと止まり。

「……何と言うか、浩之さん」

「今度は何だ?」

「助けてください。自分では起き上がることが出来ません」

 ……ぷっ。

「はっはっはっはっは!」

「……笑わないでください」

「いや〜……はっはっは、悪い悪い」

 ……待てよ?

 起き上がれない→身動きが自由に取れない→何をしても反撃されない→なっ、
何をしても全然おっけー……?

「…………」

「……何故、急に黙り込むのですか?」

「……こうするからだっ☆」

 むに〜ん……。

「……ふぇ?」

 ぶにょ〜ん……。

「はの、ひほふひはん?」

「柔らかいほっぺは、よく延びるなぁ」

「やめへふははひ」

 じたばたと、俺の手を払い除けようと頑張るセリオ。
 だが面白い程ぶ厚く着込んだ防寒着が、その動きを阻害して。

「ほぅれ……こんなになっちゃてるぞぉ、セリオ……凄いなぁ」

「…………」

 最早抵抗は無駄なものと諦めたのか、目に涙を浮かべて俺を見つめるだけと
なったセリオ。

「こんなに広がって……おいおい、ビール瓶でも入るんじゃないか?」

「…………」

 うっ、そろそろ目付きがマジで恐くなって来た。
 この辺にしておこう。






「…………」

 弄ばれた頬を、何も言わずにさすっているセリオ。
 ちょっとやりすぎ、罪悪感。

「……ごめんな、セリオ」

「…………」

 ばっ、ばっ、ばばっ!

 セリオは横になったまま、次々と服を脱いで行って。
 最後に普段の部屋着になったところで、ゆっくりと立ち上がった。

 ゆらぁ……。

「……雪合戦をしましょう、浩之さん」

「え? 何でまた……」

「では、開始です」

 ばふっ!

 開始を一方的に宣言した後。
 何かが爆発したかと思えるような雪煙を残して、セリオは何処かへ姿を消し。

「……おい、セリオ?」

 ひゅーん……。

 ん? 何の音だ?

 ごすっっ。

「うをっ!?」

 な、何か……とても嫌ぁな感じなんですけど……。






 ひゅーん……。

 空気を裂くようなその音。
 何気なく空を見上げてみると。

 何かよくわからないけど、朝から星がいくつも輝いているように見えた。

「き……綺麗だなぁ!」

 ごすごすごすごすごすっっ!

「うわぁぁぁっ!」

 く……来るとは思っていたが、まさか本当に落ちてくるとはっ!
 折角現実逃避したのにっ!

「おい、セリオ! 雪合戦じゃなかったのか!?」

「はい」

「うを!?」

 いつの間にか俺の背後を取っていやがった。
 耳元から聞こえた声に驚き、今度は俺が雪の上に転がるハメになった。

「雪、すなわち氷の結晶……衛星から超々高圧で射出された水滴は、地表落下
までに自らが核となって氷の塊を形成します。命中する頃には拳大の大きさに
まで成長しています。雪も氷も同じようなもの、ですから問題ありません」

「大ありだっ!」

 こ、殺す気か? 全く……。

「大丈夫です。当たらないように射撃していますから」

「あ、当たらないように……?」

「例えば」

 すっ、とセリオが指差す先。
 そこには、さっきから1人で黙々と小さな雪だるまを作り続けているマルチ
の姿。
 そして、そのせっせと作られた雪だるまのうちの1つ……。

「右から5番目です」

 下の玉は、ソフトボール大。上の玉はそれより少し小さ目。
 で、その辺を確認出来た辺りで。

 ごす。

「うきゃっ!?」

 ……見事に、指名された雪だるまは吹き飛んでいた。

「……精密射撃も可能ですから」

「あ、あうう〜……だる次郎さんが消えてしまいましたぁ……」

 だ、だる次郎!?

「隣のだる太郎さん、行方を……ご存知ないんですか、はぁ……」

 ……何だかなぁ。
 ま、犬と会話を成立させるマルチのことだ。
 雪だるまと話をしたくらいでは驚かないぞ、ふん。

「まぁマルチ、だる次郎はだるまでいるのに疲れて雪に戻ってしまったんだ。
ほら、この辺の破片がだる次郎じゃないか?」

「ああっ! 本当ですっ! こんな変わり果てた姿に……」

「……むぅ」

 み、見分けが付いたのか……。






 ちょっと悲しそうなマルチをなだめ。
 何事もなかったように、家の中に入ろうとしたら。

「……お待ちください」

 ……やっぱし、駄目だったか。

「な、なぁ……ちょっと雪合戦じゃ勝ち目なさそうだし、家の中で……」

「家の中で、何をするのですか?」

「セリオにお詫びの意味も込めて、『いつものプロレス』でも」

「……お受けします」

 ぽっ。

 ふぅ、何とか怒りは収まったようだ。
 さぁて……そんじゃあ、朝から一頑張りするとしますかぁ。






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