へなちょこセリオものがたり

その20「おしおきキライ 2」








「ん〜……髪が伸びて来たなぁ」

「床屋さんに行くですかぁ?」

 うむ、自然に考えればそうだな。
 だけどな、出来れば安く済ませたいんだ。

「……よろしければ、私が」

 そうそう、セリオだ。
 セリオなら、『何でもぷろへっしょなる』機能があるからな。

 その辺の床屋よりも、ばっちりキメてくれるに違いないぜ。

「おう、頼むぜ」






「……では、始めます」

「あのさぁ……ハサミとか使わないのか?」

 床に新聞紙を広げて、ビニールのシートを椅子に座った俺の身体に巻いて。
 櫛で軽く俺の髪をなで付けながら、髪型を思案しているセリオ。

「……必要ありませんから」

「必要ないって……」

 かといって、バリカンを持っている風でもないが。
 何で切るんだろう……まさか、髪を引っこ抜き!?

「いつも通りでよろしいですね」

「あ、ああ」

「何が起きても、動かないでくださいね」

 い、一体何を……?






「はっ!」

 ひゅん……しゅぴんっ!

 小さな音と共に、俺の前髪が少し短くなったような。
 目の前を、切られた髪がはらはらと落ちて行く。

「おおっ!?」

「動かないでください……単分子ワイヤーカッターですから」

 よくわからないけど、物騒な響きだな。

「はっ、はっ、はぁっ!」

 しゅぴぴぴぴんっ☆

「わぁ、セリオさんすごいですぅ」

「さて、後ろの仕上げを……」

 あ!?

「な、何が起きた!?」

 『あ』って何だ? 何なんだ!?
 背後での作業って、見えないだけにめちゃ気になるぞ。

 ……振り向くくらい、いいよな。

「あ、動いては……ああっ」

 しゅぴん。

「ひっ、浩之さんっ!!」

 ん?
 どうした、2人とも?

 ……ごとん。

 ん? 何の音だ?
 結構大きい音だったな……まるで、直接頭に衝撃を受けた時みたいに響いた
けど……。

 って、あれ?
 椅子に座ってたはずなのに、床がすぐ近く……って、この目の前の足は……
俺の足ぃ!?

 って……。

 そこから先を考える前に。
 視界にマルチとセリオの姿を収めながら、俺の意識は消えて行ったのだった。












 目が覚めた時は、居間でセリオの胸に抱かれていた。
 ソファーに寝かせた俺の頭を、しっかりと抱きかかえていたセリオ。

 俺は泣いていないのに、頬が濡れているのは何故だろうか。

「ん……」

「……動いてはいけないと言いましたのに」

「っていうか……どうして包帯だけで済んでるんだ?」

 何が起きたのかは大体わかってると思うが。
 その後のことは、全然わからん。

「一応、気休めに」

 き、気休めって……。

「例えば」

 セリオは懐から真っ赤なトマトを取り出して。

 しゅぴんっ。

 手の甲、服の袖口の中がきらりと光ったかと思うと。
 次の瞬間、トマトは真ん中から水平にずるりとずれた。

「こ……これで髪を切ってたのか?」

「…………」

 ちょん。

 ずれたトマトを、元通り重ね合わせるセリオ。
 一瞬後、切った辺りを指差して。

「……こういうことです」

「……どういうことだ?」

 よく見ると、継ぎ目なんか見えなくなっていた。

「……切れ味が鋭ど過ぎる為に、細胞が『切られたことに気付かない』のです。
このように生体なら、切った直後であれば元通り接合することが出来ます」

「…………」

 そ、それって……。

 すっげぇ、恐い。

「……ごめんなさい、浩之さん」

「し、死ぬとこだったのか……」

「これからは、ちゃんとハサミで切りますから……」

「あ、ああ……そうしてくれ」

 ん。

 マルチは……って。
 よく見たら、俺の足にすがるようにして眠っていた。
 ズボンに濡れた染みが付いてるとこを見ると、マルチも心配してくれてたん
だな。

「私、このまま浩之さんが目覚めなかったらどうしようかと……」

「まぁ、勝手に動いた俺も悪かったんだしさっ。結局は無事に済んだんだから、
いいことにしようや」

「……許してくださるのですか?」

「許すも何も……」

 と、俺はそこまで言いかけて止まる。

 ちょっと不安そうなセリオの瞳。
 それを見てると、ちょっと悪戯したくなってきて。

「でも、やっぱりお仕置きは必要かなぁ」

「……何でも、何なりと」

 俺は身を起こして、首をぐるぐる回してみたりする。
 ……うん、しっかりくっ付いてるじゃん。

「死にかけたんだから、それなりのことをしないとなぁ〜」

「は、はい……」

 覚悟を決めたのか、両目をぎゅっと閉じるセリオ。
 そう、それこそ俺の思うツボ。

 ……ちゅ☆

「……は?」

「お仕置き、終わりだ」

「……はい? これだけ、なのですか?」

「何だ、もっとキツいお仕置きして欲しいのか?」

 セリオだって、わざとやったわけじゃない。
 それに……俺が後ろを振り向いたりしなければ、大事なく済んだはずだしな。

 それと、俺の為に泣いてくれていたこと。
 それだけで、もう十分じゃん。

「あの……こんな『お仕置き』なら、もっと……」

「ん?」

「あのっ……これだけで許してもらえるなんて、自分が許せません」

「ほう、いい心がけだ……覚悟しろよ」

「は、はいっ♪」

 ……嬉しそうにするなよ、全く。






 ……というわけで。
 セリオが耐えられなくなって気を失うまで、頑張って『お仕置き』した俺。
 その後目を覚ましたマルチにも、思いっきり『安心』させてあげたりして。






 そんなこんなで、違う意味で死にかけた俺なのだった。






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