へなちょこセリオものがたり

その21「ねこめ〜わく」








「……忍術も、使えます」

「……はぁ?」

 夕食後の、他愛もない談笑の中。
 セリオがいきなり、そんなことを言った。

「忍術って……あの蛙がドロンとか、炎がぶわっとか……そういうやつか?」

「はい、そういったイロモノ系を会得しました」

 い、イロモノって……。

「例えば、幻術」

 セリオは胸の前で印を組み……りんぴょー何とかってやつみたいだ。

「はぁっ!」

「おおっ!?」

 どろどろん。

 漫画よろしく、白い煙に包まれて。

「げほげほっ、何だよこりゃ」

「気分を出す為です」

 ちょっと咳き込みながら部屋の窓を開けて。
 やがて、煙が晴れると。

「……幻術?」

「幻術です」

 そこには、セリオが立っていた。
 ただ、ちょっとだけ格好がさっきとは変わっていた。

「早変わりじゃなくて、か?」

「……幻術です」

 いつの間にか、猫耳。
 いつの間にか、にくきう。

 ……こ、これはっ!!

「そ、そうか」

 ふらっ……ふらふら〜。

 ああっ、ついつい身体がセリオの方に勝手に動いて行くぅ〜。

「……にゃぉん」

 くいくいっと、にくきうを着けた手で手招きをするセリオ。
 その効果かどうかはよくわからないが、俺は糸をたぐられるようにセリオに
引き寄せられて……。

「幻術って、幻とかで敵を惑わす術のことだっけ?」

「……違うのですか?」

「って言うかさぁ……お前のって、誘惑じゃ――――んっ!」

 我慢など出来るものか。
 ああ、お前にならいくらでも惑わされてみせよう! 
 さぁ……思う存分惑わすがいいっ!

 がばぁっ!

 ごん。

 セリオに飛び付いた途端、俺の視界が真っ白になった。
 頭が何か固いものにぶつかったようだ。

「いってぇぇぇ!」

 ど、どうしたセリオ?
 一晩抱かないうちに、随分ごつくなったんだな……。

 俺はくらくらする頭を振り、何とか持ち直すと。
 ヘッドバッドをかましてしまったセリオが心配になって来て。

「って……セリオは大丈夫か?」

 ああ……目がちかちかして、まだよく見えないぜ……。

「何がですか?」

 突然、俺の背後から聞こえた声。
 ……じゃあ、この俺の目の前にいる……俺がぶつかったのは?

「浩之さん……テレビにまで襲いかかるなんて、節操がないんですね」

「な、何ぃ!?」

 ようやく戻ってきた視界。
 俺の目の前には、心配そうな顔をしたマルチにさすられている……テレビの
姿があった。

「あうあう、痛そうですぅ」

「……俺の心配は?」

 っていうか、確かにこの腕にセリオを収めたと思ったんだけどなぁ……。

「これが『変わり身の術』です」

「げ、幻術って言ってたじゃないかぁ!」

「はい、浩之さんは幻を見ていたはずです」

 ん?
 どういうことだ?

「……そういや、いつの間ににくきうパーツを外したんだ?」

 セリオは、既にいつものセリオに戻っていた。
 ……ちっ、にくきうを触り損ねたぜ。

「……私は今日はにくきうは着けてません」

「あぁ?」

「ある周波数のパルスを脳に刺激として与えると、誤作動……でもないのです
が、脳が正常に働かなくなるのです。浩之さんは私がにくきうパーツを着ける
ことを心の奥で望んでいた為、その光景が『見えた』と思い込んでしまったと
いうわけで」

「つ……つまり」

「はい?」

「俺をからかっただけだ、と……」

「はい」

 …………。






「さぁてマルチ、今日は2人だけで入ろうかぁ」

「は、はい……」

 何かおどおどしているマルチ。
 部屋の片隅にある、大きな段ボールを哀れむように眺めながら。

「……にゃぁ」

 セリオには罰として、しばらく捨て猫の真似をしてもらうことにした。
 それはそれであまり罰にはならないだろうから、ちょっとマルチにサービス
して……セリオに寂し悲しい思いをしてもらおうというわけだ。

 寂しそうに膝を抱えながら、じーっと蜜柑箱に座り込んでいるセリオ。
 ……ちょっと可愛いかも。

 折角やる気になったところにあれだからな、ちょっとお灸をすえるのだ。
 ったく、据え膳おあずけってのが一番辛いんだぞ。

 ……その分、後でちゃんとセリオも可愛がるけどな。

「……にゃぉぅん」

 むぅ、心に響く寂し気な泣き声だ……。
 これもにくきうパーツの効果の1つなのだろうか。

「じゃあな、セリオ。しばらく反省してろよ」

「……にゃぁ」












 かっぽ〜ん……。

「ふぅ、まだ痛いぜ」

「あうう、おでこが真っ赤になってるですよ」

「へへっ、お前だって結構赤いじゃないか?」

 マルチは俺に抱っこされるようにして風呂に入っていた。
 赤くならない方が変といえば変なんだけどな。

「あぅ……これは違うんですぅ」

「へぇ、何が違うんだ?」

 つんつん……ぷにぷにっ。

 ふむ。
 いつもながら素晴らしい感触だぞ、マルチ。

「あんあん、いぢわるですぅ」

 つんつん……。

「ま、マルチ……そこはつんつんしちゃ駄目だ」

「ほえ? どうして……」

「……な?」

「……は、はい……」

 ぽっ。

 マルチのほんわり紅くなった頬を指で突付きつつ。
 時間を忘れてのんびりしていた俺達だった。






「ふぃ〜、さっぱりしたぜ〜」

「つやつやぴっかぴかですぅ☆」

 風呂から上がり、タオルで髪を拭きながら居間に戻ってくると。

「にゃあ」

 ……あ、忘れてた。

「セリオ、反省したか?」

「にゃっ」

 こくっ。

「よし、お仕置き終わりだ。今度からは、からかう時は身も心も痛くないやつ
にしてくれ」

「にゃにゃっ」

 ぴょん……したっ!

 ちょっと飛び上がったかと思うと、段ボールから出て床に着地するセリオ。
 四つん這いで音もなく着地した辺り、何だか猫っぽかった。

「ん? もういいぞ、セリオ?」

「にゃぁ〜ん☆」

 たたたたたっ……どすっ!

「ぐふっ……な、何をする……」

 四つん這いになったまま俺の方に走り込んできて。
 そのままスピードも緩めずに、突撃。

 その勢いを殺しきれずに、俺はセリオと絡み合いながら転倒した。

「セリオ、一体……?」

「ふにゃん」

 ぺろっ。

「うひょぉぉぉ!?」

「にゃんにゃん」

 ぺろぺろっ。

「み、耳は勘弁してくれぇ……」

 あああああ……力が抜けるぅ……。

「……おあずけって、嫌いです」

「へ?」

 きゅっ。

「はうっ!? ど、どこを掴んで……」

 とか言う間に、微妙な動きを開始するセリオの手。

「私はおあずけなんかしませんから、浩之さんもこれからはしないでください」

「おあずけしないって、どういう……」

「したい時にしても……いいんですよ」

「じゃ、じゃあとりあえず早速……」

 どきどき。






 ……で。
 したい時にしたいことをしたいだけしちゃって、もう一度風呂に入る羽目に
なった俺だった。
 ……今度はセリオが一緒だったが。






 かっぽ〜ん……。

 ごろごろごろぉ……。

 ふぅむ……セリオが猫耳着けてる時は、喉を鳴らして喜ぶのか。
 なら、マルチは尻尾をぱたぱた振るのだろうか? 

「なぁ、セリオ」

「はい?」

 頭やら喉やらをなでられて。
 気持ちよさそうに目を細めているセリオ。

「お前さぁ、今日は俺に構って欲しかったのか?」

「……よくおわかりで」

 そうでもなきゃ、あんな意味のないような真似を誰がすると言うんだ。

「いつもなでなでしてると思うんだけどなぁ……寂しかったか?」

「……すみません。何となく、ちょっと」

 ……ふむ。
 いつもと同じ……変化の少ない毎日では物足りなく感じるようになった、と
言うわけか。
 なら、明日からはスキンシップの時間を増やすことにしよう。
 勿論、マルチも。

 2人さえよければ、3人一緒ってのもいいな……。

「よしよし、お前は可愛いなぁ」

 なでなで……。

「……どうしてですか?」

「俺ともっと一緒にいたいんだろ?」

「べ、別に……そんなことは」

「おりょ、なら別にいいかぁ」

 セリオの頭をなでていた手を止める。
 すると、やはり。

「……そんなことは、大いに考えています」

「ほら、やっぱり可愛いじゃん」

「…………」

 ついには真っ赤になって、そっぽを向いてしまったセリオ。
 それでも、なでなでを再開するとちょっと幸せそうに微笑んで。

「……からかうのは駄目だったのでは?」

「そうか? なら、もう止めにしようか」

「……こういうからかい方なら、いいんですね」

「そういうこと」

 2人して、微笑み合いながら。
 何か、こういう時間っていいよな……。






 ……で。
 またしても調子に乗って長風呂してのぼせてしまい、何か気が付いたら自分
の部屋でマルチとセリオに挟まれて寝かされていたのは、秘密だ。






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