へなちょこセリオものがたり

その26「君の心の詩を」








 ……それは、風。
 時には荒れ狂い、時にはそっと優しくなでるように。

 ……それは、川。
 時には全てを押し流すように、時には清々しく流れ。

 ……それは、山。
 決して動かされることはなく、けれど何をも焼き尽くす熱き流れを噴き出す。

 ……それは、刃。
 時には大切な人に切り裂かれることもあり、時には大切な人を守る為の武器。

 ……それは、影。
 消えることはなく、常に寄り添い……時には何もかも包み込む。

 それは。
 時には何よりも弱く、脆く、臆病で。
 時には何よりも強く、堅く、勇猛で。 

 それは。
 決して消えることはないモノ。
 決して尽きることのないモノ。

 とめどなく溢れ続ける想い……それが、愛。

 願わくば……その想いを、彼の人と共に……。






 ぱちぱちぱち〜……っ。

「セリオさん、素敵ですぅ〜」

「そ……そうでしょうか……?」

 てれてれっ。

 うむ、さすがに真顔ではいられない程恥かしかったようだな。

 突然だが、今日は詩の朗読会。
 今のでわかったとは思うが……無論、テーマはダ。

「ああ、聞いてて恥かしかったぜ。なかなかのモンだ」

「そ、それは誉め言葉なのでしょうか……」

「次ツギつぎですっ! 次は私のを聞いてくださいー」

「おう。始めてくれ」

 俺の隣からマルチが立ち上がり。
 入れ替わりにセリオがそこに座って。

「……ふぅ。慣れないことをすると、疲れますね」

「……よくやったな、セリオ」

 なでなで。

「……ありがとうございます」

 うんうん。
 あれも一つの、セリオの心のカタチ。
 自分の中に全く存在しないモノを詩にするなんて、そうそう出来ないことだ。

 これで、セリオもわかってくれるだろうか?
 おぼろげながらも、自分の『心』を掴んでくれるだろうか?

 忘れている時には自然なんだけどな……。
 『それ』を意識した途端に固くなるというのは、何とかならないだろうか。
 ないものと思い込んでいる彼女を見ているのは忍びない。
 ここらで一つ、見付けてもらいたいものだ。

「それでは、始めるですぅ」

「おーし、行けっ! マルチっ!」

「はーいっ♪」






 浩之さんの、大きな手。
 私の手よりも、ごつごつしてて。
 重ねてみると、とっても大きいんです。

 でも、その手は。
 なでなでされると、とっても気持ちいいんです。
 自分でしてみても、あんまり気持ちよくないんですけど。
 どうしてでしょう?
 ずーっとずっと、考えました。
 浩之さんの手は、特別な手なんでしょうか?
 それとも、私に秘密があるんでしょうか?

 ……どっちも、正解でした。

 浩之さんだから、気持ちいいんです。
 浩之さんだから、嬉しいんです。

 そして……『浩之さん』が、『私』をなでているから。
 私だから、浩之さんも気持ちよくなでてくれるんですよね。
 それは、2人にとって『特別』なんですよね。

 頭をなでられても、ほっぺをむにーってされても。
 感じる気持ちは、全く一緒なんですから。
 それは優しさ、そして……。

 私、この気持ちを大切にします。
 この気持ち、大切な浩之さんにも贈りたいと思います。

 だって、最初は浩之さんが分けてくれたものだから。
 そして、私を幸せにしてくれたから。

 ……もらった分には、きっと足りないですけど。
 浩之さんからもらった分の方が、今もどんどん増えて行ってますけど。
 それでも精一杯、浩之さんを幸せにしてあげたいと思います。

 ……それが、私の愛です。






「…………」

「……あ、あのぅ……?」

「マルチ……」

「はっ、はいっ!? やっぱり駄目でしたかっ!?」

 怯えるように、首をすくめ。
 俺が立ち上がると、一層身を小さく縮め。

「お前なぁ……」

「ううっ……」

 きゅっ。

「嬉しいじゃないか、マルチ」

「……ほへ?」

「……やはり、マルチさんには敵わないですね」

「えっ? えっ?」

「セリオのもなかなかだったが……やるな、マルチ」

 ぎゅうっ。

 なでなでなでなで……。

「あっ、あっ……ほえぇ……」

 最初こそ慌てていたマルチだったが。
 やがて、全てを俺に委ねて。

「……ほら、セリオも来いよ」

「わ、私もいいのですか?」

 ちょっと寂しそうに俺達を見ていたセリオ。
 そんな顔するなよ、俺が忘れるわけないじゃないかよ。

「当たり前だろ。2人とも、俺の為に一生懸命考えてくれたんだから。そんな
2人に、ご褒美タイムだ」

「わ、私は別に浩之さんの為と言うわけでは……」

「ふ〜ん……じゃあ『彼の人』って、誰なんだろう……嬉しかったのになぁ」

「そ、それは……」

 おろおろっ。

「俺の勝手な思い込みだったのか……はぁぁ、セリオには他に好きな奴が……
残念だなぁ」

「あ……あああっ、あのあのあのっ」

 たたたたっ。

「おっ、お言葉に甘えさせていただきます」

 ぽふっ。

「おう。いつでも、好きなだけ甘えてくれ」

 なでなでなで……。

「……はい……」












「そういえば、浩之さんのをまだ聞いてないですぅ」

 うっ。
 まさか『忘れてたぜ、へへへ』なんて言えないぞ。

 ああっ、そんなに期待に満ちた目で俺を見るなっ!

「……きっと、感動的な詩を考えられたことでしょうね」

 違うっ!? ……いつもの皮肉じゃないっ!
 セリオまでもが、俺に何かを求めている……。

 ううっ……こいつらの心を裏切るわけには行かない。
 だけど、今更何をしても間に合わないし……。

 見事この状況を打破して、2人に俺の『愛』を納得させる為には。
 ……もう、アレしか。






「いいか……男はなぁ」

「「はい?」」

「不言実行だッ!」

 その言葉の裏に隠された真意。
 2人は敏感に読み取ったのか、何故か歓喜の笑みを浮かべ。

「「はっ、はいっ♪」」

「俺の愛、お前ら存分に確かめやがれぇっ!」

「「はーいっ☆」」






 ……で。
 2人を相手に頑張って『俺の愛』を注ぎ込んだ為に、へとへとになった俺で
あった。

 ごめんな、2人とも。
 気持ちの上では無尽蔵なのだが、この場合は一晩くらいしか持たないんだよ
……。

 ……それでも。
 嬉しそうな、満足そうな。
 そんな2人の寝顔が、とても嬉しい俺なのだった。






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