へなちょこセリオものがたり

その27「想いに応える時は今」








 遠くで、誰かが叫んだ。

「きゃ〜っ、暴れ馬よぉ〜!」

 ……何?

「……この日曜の平穏な昼下がり、何故この商店街に暴れ馬が?」

「……説明的なセリフ、さんきゅ」

「どういたしまして」

 っていうか。
 セリオが言った通り、俺達は食料の買い出しに来ていた。
 んで買うもん買ったし、ここから2人のウィンドウ・ショッピングってやつ
に付き合おうと言うところだったのだが……。

 どどどどどどっ!

「うわっ! マジで馬じゃん!」

 雄々しきたてがみ、黒光りする筋肉。
 ……サラブレッドだな、ありゃ。

「……競走馬を輸送中のトラックが横転……乗せていた馬が逃げ出したそうで」

 センサーの片方に手を当てながら、淡々と言うセリオ。
 ……ラジオかよ、それ。

 つーかあの馬……何だかこっちに向かって来てるような……。

 どどどどどどっ!

「浩之さ〜ん、早く逃げましょうよぉ」

 ……やけに遠くから聞こえる気が……って、マルチぃ!
 何でお前だけさっさと物陰に隠れてるっ!?

「……私達も早く……」

「お……」

 おう。
 そう、答えようとしたけれど。

 どどどどどどっ!

「速……」

 さすがは競走馬。
 下手なオバさんドライバーが運転する車よりも速く、こちらに向かって突き
進んで来やがる。

「浩之さんっ! 早くっ!」

 …………。
 俺もそうしたいけど。

 両手に下げた、大量の食材。
 重くて持ったまま飛び退くってのは無理だろうし、かといって卵が割れたり
したらセリオに何を言われるか……。

 どどどどどどっ!

 ううっ、そんな場合じゃなかった……こんなこと考えてる間に、マジで避け
きれないとこまで馬は来ていて。

「……ひらりと飛び乗れないかなぁ」

 どどどどどどっ!

 もう目前。
 自分でも無茶なことを言っているとは思ったけれど。

「浩之さん、危ないっ!」

 どんっ!

 どどどどどどっ!

 一瞬、紅い髪が俺の視界を覆い尽くして。
 次の瞬間、俺は横倒しになっていた。






 どどどどどど……。

「……どうやら、やり過ごせたようですね」

「……済まないな、セリオ」

 あ……結局卵は割れちまった。
 畜生、こんなことなら最初から卵は諦めておくんだったぜ。

「お怪我はありませんか……?」

「あ、ああ」

 ふと気付くと。
 セリオはしっかり俺を抱きしめるように……わざわざ、俺を庇うようにして。
 怪我っていうか傷はないようだが……俺、女の子にこんな真似させるなんて
……。

 畜生、こんなことなら。

「……本当に、済まなかったな」

「いえ……浩之さんが無事でしたら、それで」

 何とか立ち上がり。
 セリオの服に付いた埃を払った後。

 セリオは軽く手足を動かしてみて、そして俺に向かって微笑んで。

 にっこり。

「ご心配なく。特に異常は認められません」






「……助けてもらっておいて、何なんだけどさ」

「はい?」

「お前は女の子なんだから、もっと自分を大事にしてくれよ」

「……ですが」

 俺はその言葉を遮り。

「言いたいことはわかる。でもな……」

「……浩之さんが、そうおっしゃるのでしたら」

「悪ぃ」

 セリオの気持ちを無下にするような言葉だけど。

 今回はたまたまよかったものの。
 もしセリオが馬に跳ねられていたらと思うと、ぞっとする。

 ……俺が悪かったんだ。
 こんなことはそうそうないだろうが、次は気を付けるとしよう……。






 で。
 帰ってから、割れた卵を一気飲みさせられたりして何かイヤーンな感じなの
であった。






 ……遠くで、誰かが叫んだ。

「きゃ〜っ、暴れ牛よぉ〜!」

 ……何?

「……この日曜の平穏な」

「説明的なセリフはとりあえずいい」

「はい」

 っていうか。
 暴れ馬の恐怖がこの商店街を襲ったのは、先週のこと。

 何故か丁度買い物に来ていた俺達……んで買うもん買ったし、先週のお礼も
兼ねてセリオに新しい服でもプレゼントしようかと、洋服屋に行こうと思って
いたところだったのだが。

 どどどどどどっ!

「うわっ! マジで牛じゃん!」

 雄々しき双角、そこかしこにある闘いの痕。
 ……闘牛だな、ありゃ。

「……闘牛を輸送中のトラックが横転……乗せていた牛が逃げ出したそうで」

 センサーの片方に手を当てながら、淡々と言うセリオ。

「あれ見たら、何となく想像出来たけどな……」

 つーかあの牛……やっぱりこっちに向かって来てるようなっ!?

 どどどどどどっ!

「浩之さ〜ん、早く逃げましょうよぉ」

 ……やけに遠くから聞こえる気が……って、やっぱしさっさと隠れてやがる
マルチ。
 ……まぁ、マルチはトロいからあのくらいで丁度いいのかもしれないが。

「……私達も早く」

「お……」

 おう。
 そう、答えようとしたけれど。

 どどどどどどっ!

「速……」

 さすがは闘牛。
 迫力満点の地響きを立てながら、猛烈な速度で突き進んでくる。

「浩之さんっ! 早くっ!」

 …………。
 俺もそうしたいけど。

 両手に下げた、大量の食材。
 今日は鮮魚が入ってるし、落として痛んだりしたらセリオに何を言われるか
……。

 どどどどどどっ!

 などと、先週と同じ思考パターンな俺。
 ううっ、反省が全然なってないぜっ!

「……闘牛士みたいに、受け流せないかなぁ」

 どどどどどどっ!

 もう目前。
 自分でも無茶なことを言っているとは思ったけれど。

「浩之さん、危ないっ!」

 どむっ!

 どどどどどどっ!

 一瞬、紅い旋風が俺の視界を覆い尽くして。
 次の瞬間、俺は吹き飛ばされていた。






 その瞬間は、何故かやたらスローに感じられた。

 少し離れた位置から助走して、俺に向かって走り込んで来るセリオ。
 勢いよく地を蹴ったかと思うと、両足から俺に向かって回転しつつ特攻。

 どむっ!

 立ち尽くす俺の胸板に両足を乗せ。
 そのまま、俺はセリオのすらっとした脚に蹴り飛ばされていた。

 で、吹き飛ぶ俺が見たものは。
 俺を蹴った反動で、そのまま空高く舞い上がったセリオ。

 くるくるくるくる〜……っ。

 その頃、牛はセリオの丁度真下を通過。
 俺は商店街の一角の、違法駐輪の自転車群をなぎ倒していて。

 ……したっ!

 体操選手よろしく、見事な着地を決めたセリオ。

 ぱちぱちぱちぱち……。

 あまりに見事な着地に、思わず拍手をしてしまっている周囲の買い物客達に
会釈をしながら。
 ゆっくりと、倒れている俺の方に歩いて来るのだった。






 どどどどどど……。

「……どうやら、やり過ごせたようですね」

「…………」

「お怪我はありませんか……?」

「……一応」

 まぁ、打ったところが結構痛む程度だが。
 一番痛いのは、セリオに蹴られた胸板だ。

 げほっ。

「……礼を言っとくぜ、一応」

「いえ……浩之さんが無事でしたら、それで」

 何とか立ち上がり。
 忌々しい自転車に蹴りをくれてやってから。

「……助けてもらっておいて、何なんだけどさ」

「はい?」

「頼むから、普通に助けてくれ」

「……ですが、浩之さんの仰せのままにしただけですが?」

 まぁ……確かに『そうとも取れる発言』はしただろうが……。
 セリオ程の能力があれば……事前に俺を引きずってでも、って方法があった
と思うのだが。

「…………」

「……ご不満だったでしょうか……」

 ああっ、そんなに沈むなっ!
 いかん、またしてもセリオの気持ちを無下にするような真似を……。

 俺が悪かったんだ。
 ついこの間同じようなことがあったばかりなのに、またセリオに助けられて
……全く、情けねぇ。

「いや、助かったぜ」

「……どういたしまして」






 ……んで。
 『ハイヒールはお好きですか?』などと、ぞっとすることを言われながら。

 帰ってから、やっぱし買ったものが痛んでたことでセリオに叱られた俺なの
だった。

 でも。
 その晩、俺の胸板にくっきりと付いたセリオの足型の痕を、セリオとマルチ
が2人で一生懸命舐めて『治療』してくれたから……何だか得した気分だぜぇ。






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