へなちょこセリオものがたり
その29「食べさせてあ・げ・る♪」
「いっただっきま〜す」
「いただきますですぅ」
「はい、どうぞ」
今晩の飯当番はセリオの番だ。
肉じゃが、蕗の煮付け、味噌汁、焼き魚。
美しい日本の心だな。
ぱくっ……もぐもぐ。
「ふむ、美味いぞ」
「それはどうも」
俺の好みに合わせてくれているのか、最初の頃よりも格段に美味く感じる。
いや、最初の頃といってもそれはそれでかなり美味かったのだが。
「あうう、じゃがいもさんが上手く掴めないですぅ」
大きなイモの塊を相手に苦戦しているマルチ。
とある出来事から俺と一緒に飯を食うようになったマルチだったが、未だに
箸は慣れていないらしい。
始めこそスプーンで食うことを許していた俺だったのだが、スプーンを逆手
に持って一生懸命に飯を食うマルチを見ていると……何かあまりにも幼い子供
に見えて来てしまい、止めさせた。
……だって、ベッドの中でもマルチが幼児に見えて来てさぁ。
何か、それはそれで嫌いじゃないんだけど……危ないじゃん、やっぱ。
「こないだ練習したばっかりだろ?」
「ううっ、菜箸なら何でもおっけーなんですけどぉ……」
そう、こいつは普通の箸が使えない。
何故か菜箸なら何でも出来る……それこそ蝿を捕ったこともある。
長さが違うだけで、理屈は一緒なはずなんだけどなぁ……。
ちなみに練習というのは、大豆や米粒を箸でつまみ上げる訓練だ。
つまんで持ち上げたら、そのまま腕をぶんぶんと振る……勿論、落としたら
その時点でアウトだ。
2時間やって、たった1回成功……先に俺の方が疲れて根負けしてしまった。
「まぁまぁ……それでしたら後程、私と練習しましょう」
「はいー♪」
何故か嬉しそうなのはいいが、マルチよ。
今目の前にある飯はどうするつもりだ?
「あ……」
「どうしました?」
「ううっ、おいもさんは練習が終わるまで食べられないんでしょうか……」
「…………」
やっと気付いたマルチ。
セリオは片手をもう一方の腕の肘に当てて、考え事。
その時、俺を一瞬ちらりと見た気がした。
「……それでしたら、こうしましょう」
「はい?」
がた、がたん。
余っていた椅子を、マルチの隣に並べて。
俺と向かい合ってテーブルに着いたセリオ。
「今回は特例として、私が食べさせて差し上げます」
「わぁ、やったですぅ☆」
ちらっ。
「……ん?」
……にやり。
な、何か今セリオが……笑ったか?
「それでは、あーん……」
セリオはマルチの箸を取って。
肉じゃが小鉢の中で、じゃがいもの塊をほこっと割って。
「あーん♪」
ぱくっ☆
もぐもぐっ。
「あーん! やっぱりセリオさんの肉じゃがは美味しいですぅー☆」
「ありがとうございます……では、次はご飯を」
で、マルチの茶碗からご飯を運び。
マルチは嬉しそうに口を開ける。
「はいですぅ、あーん♪」
ぱくっ☆
「あらあら、口のところに付いてしまいましたね……」
「もぐ?」
「お米の粒、取って差し上げますね」
……ぱくっ。
「ん、んっ……」
……傍から見るとまるで2人がキスしているかのような……いや、ってーか
今絶対したろ!?
何でマルチからくぐもった吐息が漏れるっ!?
「セリオっ! 今何をしたっ!?」
「……別に、何も……お米を取って差し上げただけですが」
「だから、その後にっ!」
「……私は食物は食べませんから、あるべきところ……マルチさんの口の中に、
返しただけですよ?」
むぅ、全く食べられないわけでもあるまいに。
それとも……味がわからないから、あんまし食べたくないのかな?
「……はぁっ、セリオさぁん……」
あ……ああっ! 何でくたっとしてるんだ、マルチ!?
駄目だ駄目だ駄目だっ! それは俺の役割だぞっ!?
「あら……ご飯の途中ですよ?」
「あうう、そうでしたー……」
……むぅ。
セリオに食べさせてもらえば、あんな思いをすることが出来るのか……?
「……それでは少し失礼して、マルチさんを介抱して来ますね」
か、介抱って!?
そんな状態のマルチを鎮めるってことは……あんなコトやそんなコトを……?
……ちょっと興味あるかな。
「あ、あのさぁ……何だか俺も突然箸が苦手になっちゃったよぅ、セリオぉ」
「ふふふ、それならスプーンをお使いくださいな」
「……へっ?」
「戻って来た時にご飯が残ってたら……私、悲しいです」
そ、それは暗に『覗いたらいやんっ☆』って言っているのかな……?
「全部食べてくださいね、浩之さん」
「お、おう……」
俺の返事に、満足そうに頷いてから。
セリオはマルチをゆっくりと抱き上げて、音も立てないで2階へと上がって
行った。
……で。
何か時々2階が揺れてるような気がしたりしなかったり。
階下には1人寂しく、もそもそと飯を食う俺の姿だけがあったのだった。
<……続きません>
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