へなちょこセリオものがたり

その32「裸の女王様っ」








 俺とマルチ、セリオの3人での買い物帰り。
 2人が今日新しい下着を買うと言うので、俺は無理矢理付き合わされていた。

 そう……女性下着専門店で、だ。
 これ程の屈辱は、生きて来て5番目くらいだぜ……!

 店員さんが傍で笑いを噛み殺している前で、マルチとセリオの下着ショーの
観客をさせられていたのだ。
 えっちな下着やきわどい下着、果ては紐みたいな下着まで平然と見せ付ける
セリオ。いちいちポーズ決めやがって、いい身体してる奴はこんなだから困る。

 しかもそれらを全部買ったものだからたまったもんじゃない。
 畜生、後で見てろよ……。

「ああ……早く帰って着替えをしたいです」

「あぁ? 何言ってるんだよ、そんな必要ないじゃん」

 出かける前に着替えたばかりだし。
 ああ、よそ行きから普段着に着替えるのか。

「ふふっ……浩之さんは、今日どんな下着を買ったのかご存知ですものね」

「……まぁ、な」

 店の外で待っていようとした俺を、無理矢理引きずって行って見せたんじゃ
ないかよう。

「そのうちどれを身に着けているのかを想像してだらだら涎を垂らす浩之さん
……ああっ、考えただけでも恐ろしいケダモノさんです」

 何か嬉しそうに笑いながら、自分で自分の身体を抱きしめて悶えている……
大丈夫か、セリオ?
 っていうか、確かに至極楽しみではあるが。じゅるり。

「うっふっふっふっふー……今日は私も自信ありですっ!」

「なっ、何っ!?」

「うふふふふ、セリオさんが浩之さんを引き付けている間に、実は1着買って
いたのですぅ〜」

 ずびしっ!

 これまた嬉しそうに、紙袋を俺に見せつけるマルチ。
 俺は何も言わず、いきなりその紙袋を奪った。

「てりゃ」

 がささっ。

「あ〜っ! 返してください〜」

「へへへっ、先に見ちゃうぞぉ」

 がさがさっ。

「駄目ですぅ、浩之さんを悩殺する為に選んだんですからぁ……」

 くすん。

「あっ……冗談だよ、マルチ〜。俺がそんな楽しみなこと、ふいにするわけが
ないじゃん」

「……ケダモノですものね」

 おのれ、セリオめ……。
 絶対今晩泣かしちゃる。

「じゃ、じゃあ返してくださいよぉ〜」

「よし、ここにキスしてくれたら返すぞ」

 俺は自分の右頬を指差して。

「あうっ、そんなぁ」

「嫌かな?」

 たたたっ……だきっ!

「……嫌じゃないですぅ♪」

 ちゅっ☆

 何の躊躇もなしに抱き付いて来て。
 そのまま俺の頬に、軽く口付け。

「おおう。嬉しいからお返ししちゃうぞ、ほら」

 ちゅ☆

「あっ! やったですぅ☆」

 違う意味でも喜んでくれてるところが何とも。

「…………」

 ふとセリオを見ると。
 何気にぼーっと俺達を見ていたが。

 がささっ……ずいっ。

「……浩之さん」

 自分の紙袋を俺の前に差し出して、それだけで黙り込んでしまった。

「おい? これ……」

「…………」

 ずいっ。

「あ、あのさぁ」

 ずいっ。

「と……取ればいいのか?」

「…………」

 こくこく。

 ま……まぁ、そう言うんならやるけどな。
 また空から何か落としてくれるんじゃないだろうな……。

「て……ていりゃ」

 がさっ。

「あ……返してください」

「……は、はい」

 何か恐い顔で俺を睨むものだから。
 ついつい素直に返してしまう俺。

 ……ふるふるっ。

 でもセリオは首を横に振るだけで、決して受け取ろうとしなかった。

「…………」

「……どうすればいいんだよ?」

 すっ……。

「…………」

 無言で自分の唇を指差し。
 そしてその指先は、次に俺の頬を示し。

「もしかして……マルチと同じことを……?」

「…………」

 ……こくん。

 顔中真っ赤にして頷きやがって……。
 こいつめ、はっきり言えばいいものを。

 全く、この照れ屋さんめぇ〜。

「なら……ここにキスしてくれたら、返しちゃうぞ」

 マルチの時とは、反対側。
 いつも寝る時、セリオがいる側。

 俺は確かに、頬のそっち側を示したはずだったのに。

 たたたっ……ぽふっ!

「はい……わかりました」

 ちゅっ……。

「んん……ん、はぁっ……」

 数秒後、2人は息を乱しながら離れて。

「……おい」

「……はい?」

 ああっ、目がとろんってしてるぅっ!
 おいおい……しっかり受けといて言うのも何だが、いきなり口かよぅ。

「俺は確かに頬を指差したはずだが?」

「あら……すみません。最近視力が落ちて来てまして、よく見えませんでした」

 嘘つけ、このやろ。
 そうやって今みたいに目ぇ逸らしてりゃ、見えなくて当然だろうが。

「おいおい、もう歳かぁ?」

 俺は意地悪く笑いながらそう言ったが。

「いえ……明け方まで眠らせてくれないケダモノさんがいるものですから……」

「…………」

 おいおい……それって、明らかに俺のことかい。

「ふぁ……よく続くものですよね、毎晩……」

「お前の気持ちは、よぉくわかった」

「……えっ?」

「今日から1人だけ先に寝てくれ。俺のせいで辛い思いをさせるわけにはいか
ないからな」

 ……勿論そんなつもりは毛頭ないが。
 でも、少しくらい仕返ししてやらないとな。

「……ええっ!?」

「なぁ、マルチ? 今日からしばらく、俺の夜更かしに付き合ってくれるか?」

「はい、頑張って起きててみますぅ」

「へへへ、寝かせやしないぜ」

「ううっ、そんな……がくっ」

 ふ、勝った。
 いつもやり込められてるからな、たまにはいいだろう。

「さ、暗くなって来たし早く帰ろうぜ」

「はいー☆」

「……はい」 






「さぁて、そんじゃあ寝ようかぁ」

「え? でもでも、今日から私も夜更かしっていうのは……?」

 うむ……夜更かしなのにもう寝るとはコレ如何に、ってやつだな。

「へへへへ……ベッドの中で教えてやるぜぇ」

 親父臭い笑いで答える俺。
 マルチをがっしりつかむと、そのままベッドへ直行〜♪

 ぼふっ!

「きゃん……こういうことなんですねっ」

「そういうこと」

 ふふふ、何を今更。
 マルチがうちに来立ての頃は、それこそ毎日こうだったろうが。

「へへへ、それじゃ……」

「はい……♪」

 と、俺がマルチのパジャマに手をかけた時。
 上方に何かの気配を感じて、天井を見上げてみると。

「…………」

 ひょーん……ぼふっ。

「……のわっ!?」

 バスタオルで身体を包み、天井に張り付いていたセリオ。
 俺が気付いたと見て取るや、自由落下でベッドの上に。

「あ、あうう」

「……では、おやすみなさい」

「……ああ、おやすみ」

 畜生、いいところで邪魔しやがって。
 しかもご丁寧に、セリオの落下に驚いて飛び退いた俺とマルチの丁度真ん中
に陣取りやがった。

「あうう、浩之さぁん……」

 むぅ、マルチもそれなりにやる気になっていたというのに……。

「マルチ、こっちだ」

 セリオの頭の上の方に手を伸ばして。
 マルチの伸ばしたその小さな手を、俺が握るかと思った瞬間。

「ん〜……っ」

 ごろん。

「すやすやすや……」

「……絶対起きてるだろ、お前」

 『すやすや』なんて口で言ったら、バレバレだろうが。
 畜生、邪魔ばっかししやがって……。

「……おいで、マルチ。セリオはもう寝るんだしさ、邪魔しないように居間に
行こう」

 っていうか、邪魔されないように。

「は、はいっ」

「……ちっ」






 すやすやすや……ぷしゅるるるぅ〜……。

「んー……浩之さぁん、大好きですぅ……」

 寝言まで恥かしい奴め、全く。
 鼻ちょうちん割っちゃうぞ、このこのっ。

 などと、真っ赤な顔でにやにやしつつ。
 寝入ってしまったマルチを抱えて、部屋に戻った俺であったが。

 ずーん……。

 真っ暗な部屋の中。
 ベッドの上でただ1人、沈んだ表情で体育座りしているセリオが。

「お、おい? 眠ったんじゃなかったのか?」

 俺は、マルチをそっとベッドに横たえながら。

「……本気で言っているのですか?」

 くすん……。

「だって、先にお前が言ったんだろ?」

「……私も甘えたかったのです」

「なら、そう言えばいいのに」

 ……でも。
 セリオの表情の変化を、よく見ていなかった俺も悪かったかな。

「あ、あの……」

「ん?」

 暗闇でも、よく見えなくても。
 俺にはセリオが真っ赤な顔で、一生懸命に何か言おうとしてるのがわかる。

「あ、甘えさせて……くださいますか?」

「……明け方まで眠れないかもしれないが?」

 ちょっと意地悪く。
 いつの間にか、口元が無意識に笑ってしまっていた。

「やっぱり根に持ってたんですね、あの言葉」

「だって、いかにも俺だけが悪者じゃん。お前の方が俺を寝かせない日だって
……」

「ああっ! それ以上は言わないでくださいっ!」

 両耳を手で塞ぎ。
 長い髪に、流れるように弧を描かせて。

「もう勘弁してくれって言ったのに……」

「嫌いやイヤっ、恥かしいですっ!」

 何度も何度も身をよじるセリオ。
 でも、しっかり聞いてるんじゃないかよぅ。

「健康の為にも早く眠ろうや、な?」

「……とてもしたいコトを我慢するのは、健康に悪いのではないかと……」

「我慢って、誰の?」

「ひっ、浩之さんの」

「俺だけ?」

「……と、私のです」

「ふ〜ん、セリオってそんなにあれが好きだったんだ」

「そんな……浩之さんだって、とてもえっちじゃないですか?」

 ちょっとむっとしたのか。
 でも、俺は笑いながら返答して。

「えっちだなんて、俺は一言も言ってないけどなぁ?」

「あ」

「セリオってば、えっちなコトで頭が一杯なのかなぁ?」

「う、ううっ」

 目の端に涙が滲んできて。
 ううむ……ちょっと、いじめすぎたかな……。

「でもな。自慢じゃないが俺は、いつでも他のことで頭が一杯なんだよ」

「……それは、一体?」

 ……いつでも、お前達のことを。
 どんな時でも、お前達のことだけを。

 ……一緒に寝る時は、えっちなことを。

「俺の目の前にいる、可愛い2人のお姫様のことだよ」

「あ……ちょっと、キザですね……」

 そんなこと言う割には、何か嬉しそうなセリオ。

 そっと、セリオの身体を抱きしめて。
 そっと、セリオの涙を唇で拭い。
 
「だから……好きなだけ甘えてくれるか、セリオ?」

「はっ……はいっ!」

 がばっ!

 待ってましたとばかりに、俺の顔に頬をすり付けてくるセリオ。

「あの……マルチさんの下着、ご覧になりましたか?」

「いや……まだだが」

 そういえば、見せてもらうのを忘れていた。
 ああっ……きっと可愛いんだろうなぁ……。

 ぽやんぽやんぽやん。

「な、なら……私の方から、お先に……」

 はらりとバスタオルをめくるセリオ。

「お、おう……」

 …………。

 って。

「な……何にも着けてないやんっ!?」

 くすくすっ。

「いえ……コレは、お馬鹿には見えない下着なんですよ」

 な、何ッ!?
 では俺は馬鹿だと申すのか、セリオっ!?

 ……馬鹿でよかった。

 いや、冗談は置いておいて。

「だ、だが……」

 もみもみ。

「あん」

 し、下着の感触が……?

「ま、マジかよ……下着着けてる……」

 確かに、ブラジャーみたいな感触はあるのだが。

 セリオの胸に顔を近付けて、よくよく見てみると。
 部屋が暗いのは最早気にならず、形のよい裸身が間近にはっきりと……。

 つまり、素っ裸なセリオをまじまじと見つめていたわけだ、俺は。

 ううむ、馬鹿の烙印を押された気分だが……こんないいモノ見られるなら、
そう悪くは……いや、最高だっ!

「……えいっ☆」

「うわっ!」

 ぎゅっ☆

「せ、セリオ……?」

「うふふ……冗談です。来栖川縫製が開発の、シースルーブラなんです」

「そ……それの意味は……?」

「今みたいに、ケダモノさんを引き寄せる罠として使えるんです……」

 むぅ、しまった。
 見事に罠にハメられてしまったかっ。

 ……何て嬉し恥ずかしい罠なんだろう、コレって。

「さぁ、ケダモノさん……お腹一杯エサを食べてくださいね……♪」

「が……がぉぉぉうっ!」






 で。
 ケダモノさんは、見事に罠に引っかかり。
 東の空が白むまで、眠ることも忘れてエサを貪っていたそうな……。






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