へなちょこセリオものがたり

その36「らんじぇりーず・らぷそでぃ☆」








「……と言うわけで、今夜こそは私のおにゅーの下着を見ていただきますぅ」

「ああ、楽しみにしてるぜ」

 こないだ、2人の下着を買いに行くのに付き合った日。
 あの晩は、セリオの方しか見られなかったからなぁ……あ、見たけど見えな
かったのか。

 それにマルチってば、新しいのを着けてなかったんだもん。
 しっかし、マルチの下着かぁ……どんなのだろうなぁ。

 意表を突いて黒ってのはどうだ?
 ……セリオになら似合いそうだが。

 じゃ、赤やピンクは……?
 いかん、マルチにはそんな毒々しい下着は似合わん。
 ってゆーか俺が許さん。

 やっぱし、白とか水色とか薄い緑色とか……。
 うーむ、プリント入りやストライプってのも捨て難いなぁ。

 早く夜にならないかなぁ……。
 などと、妄想に浸りながら独り言を呟いていたのだった。






「なるほど……浩之さんはやはり、そういう趣味なのですね……」






 で。
 待ちに待った時が来た。

 いつも通り、一緒に風呂に入って。
 その後、マルチは着替えに行って。

「……楽しみにしててくださいねっ☆」

「ああ、勿論さっ♪」

 ううむ、もしかしたら見た途端に我慢出来ないかも。






「浩之さん……♪」

「お? マルチか……待ちくたびれたぞう」

 と。
 部屋の入り口に立っているであろう、マルチの姿を見ようと振り向いたら。

「……マルチ?」

「はいっ♪」

 パジャマを着ているのはいいとして。
 見慣れたところに、見慣れない膨らみが……。

「な、なぁ……そのムネ……」

「ど、どうでしょうかっっ」

 何か、どきどきしている風な。
 俺の言葉を待っているのだろうか。

 マルチのムネが、でかい。
 それは俺に衝撃を与えるに十分なことであり。

「そ……」

「はい?」

「そんな……いや、ちょっと触らせてくれ」

「はいっ」

 ととと、と走ってきて。
 俺の前まで来ると、今回は自信ありげに胸を張って。

「さぁ、どうぞっ」

「…………」

 つんつんっと。

 ぽいん、ぽいん。

「……何か、ヤダ」

 流行りの矯正下着かとも思ってたが、マルチには余計な肉なんかないし。
 やっぱりパッドか何かかなぁ、と。

 予想は大当たり、空気を入れて膨らませるタイプのやつみたいだ。

「ええっ!? もっと大きい方がいいんですかっ!?」

 ……違う。
 マルチは、大きな勘違いをしている。

 触り心地が何とも悪いから、と言うわけじゃない。
 服を脱いだら結局同じじゃないか、という気持ちがあったわけでもない。
 ないんだぞ、本当にないったらないんだってば。

 ……根本的に、違うんだ。

「そんな」

「はい?」

「そんな」

「……はい?」

「そんなマルチ、マルチじゃないっ!」

「がっ……がびーんっ!」

 だだっ!

「あっ、浩之さんっ!」

「俺の気持ちを裏切りやがってぇぇぇぇぇっ!」

 俺は、泣いて……いや哭いていた。
 哭きながら、階段を走り降りた。

 心の底から、裏切られた感じがした。

 ずっと一緒に暮らしていたっていうのに。
 なのに、あいつは俺のことを何一つわかっちゃいなかったんだ……!

 くそっ、マルチの馬鹿ぁぁぁっ!






「あ、あうう……何が悪かったんでしょう……?」

 浩之さん、セリオさんのおムネを嬉しそうに触っているから……てっきり私、
浩之さんは大きな胸の方が好きなんだとばっかり……。
 そう言えば私のおムネを触る時も、また違った喜び方をしていたような。

「……そのブラを着けたことにより、そのムネは『偽物』になってしまったの
ですよ」

「せ、セリオさん?」

 気が付いたら、いつの間にか開けられた窓枠に腰かけていて。
 月をバックに、風に揺れるカーテン……そして、下着姿のセリオさん。
 か、カッコいいですぅ……。

「フェイクの胸から、どうして心が……暖かみが伝わりましょうか?」

「あ……ああっ! そうなんですねっ!? 私が間違ってましたっ!」

「いつもの下着でお行きなさい……後日また、浩之さんと一緒に下着を買いに
参りましょう」

「はい……はいっ!」

 ありがとうございます、セリオさんっ!

 ……でも。
 まだ間に合うでしょうか……?
 いえ、浩之さんならきっと……!

 たたたたた……。

「ふぅ……今度は私も『可愛い』下着で攻めてみることにしましょうか」

 にやり。

 ……セリオさんが、そんなことを呟いているとは露知らず。
 私は、階下へ消えた浩之さんの姿を追うのでした……。

 あ、その前に下着を換えてから行くんですぅ。

 いそいそ。






 ぐびぐびぐびっ、ぷはぁ〜っ。

「あのぉ、浩之さん……?」

「何だよ、マルチかよ……」

 ちっ、今日からお前は『裏切りマルチ』略して『裏マルチ』……更に略して
『うマ』だ、わかったかっ!

 ……なぁんて、さすがの俺でもそんなことまでは言えないぜ、へっ。

「ああっ……またそんなにカ○ピス原液ばっかり飲んでっ……!」

 ぐびぐびぐびっ、ぷっはぁ〜。

「あんまり飲み過ぎないでくださいよぅ……」

 畜生、俺はお前に裏切られたんだぞ?
 これが飲まずにいられようか。

「うるせぇ、俺に指図する……な……?」

 先程の腹いせに、軽く睨んでみようかとマルチを見た俺だったが。

「も……戻ってる?」

「はい……」

 てててっ……ぽふっ。

 マルチは、床に座り込んでいる俺に駆け寄り。
 そして、俺の頭を自分の胸の中に抱き込んで。

「戻った……いつものマルチに戻ったぁ……」

 俺は、マルチの胸に顔をこすり付けるかのようにして。
 やはり埋まんなかったけど、とりあえず埋めようと努力はしてみた。
	
「ごめんなさい、浩之さん……私ってば、浩之さんは大きなおムネが好きなん
だとばっかり……」

「……馬鹿だなぁ。俺が好きなのは、そのままのマルチなんだよ。頑張り屋で、
笑顔も可愛くて、優しくて……」

「は、はい……」

 ぽーっ……。

「失敗ばかりして、トロくて、胸が平らな……な。だから無理なんかしないで
いいんだぞ。ありのままでいてくれれば、俺にはそれが一番嬉しいことなんだ
から」

「あうあう、後半は何だか釈然としませんけどぉ……何はともあれ、わっかり
ましたーっ☆」

 だきっ!

 うんうん、わかってくれたか。

「よしよし、そんじゃ部屋に戻ろうか」

「はーいーっ☆」






 それから、しばし後。
 マルチは満足したのか、気持ちよさそうに眠りについて。
 その後、またセリオの下着姿に獣化したりして。

 マルチが安らかな寝息を立てている傍で。
 俺は眠ってしまう前に、セリオにちょっと聞きたいことがあった。

「マルチのことだけどさ……セリオが諭してくれたんだろ?」

「……よくおわかりで」

 マルチが自分で気付いたかとも思ったが、いかんせん早過ぎた。 
 落ち込む暇も、立ち直る暇もなかったからな。

「……ありがとな」

「いえ……代わりと言っては何ですが、ちゃんとお礼をいただきますから……
お気になさらずに」

 ……あぁ?

「お礼って……まさか4回戦目突入しろとか言うんじゃ……」

 ちょ……ちょっと辛いかな、へへへ。
 でもセリオが望むんだったら、俺は頑張っちゃうぞ。

「いえ……また今週末にでも、私達に下着を買っていただきますから」

「へっ!?」

 そんな、ちょっと待てぃ!
 こないだのだって、生活費じゃなくて俺のへそくりから……。

「あ、あの……」

「ああ……マルチさんは、今度こそ浩之さんが気に入る下着をと……私もその
姿勢を見習いたいな、と思っていたりしたのですが……」

 ……と、いうことは。
 マルチもセリオも『可愛い系』で攻めてくれるのかっ!?

「……問題ない」

 そういうことなら、問題などあろうはずがない。
 何かセリオに上手いことやられた気もしたが、まぁよし。

「はい……では、オヤスミナサイ……」

「ああ、おやすみ」






 その夜、俺は。
 2人の新しい下着姿を想像して、なかなか寝付けなかったりした。






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