へなちょこセリオものがたり

その39「安息の日」








 ……俺、前にもこんなことがあったよな。
 あの時は、マルチを泣かせて。

 今度はセリオか……。

「全く、困った奴だぜ」

「――――申し訳ありません」

「いや、俺がだ」






「……前にもマルチを泣かせたことがあったよな。あの時、もう2度とこんな
思いはさせないって誓った」

「浩之さん……」

「でも今、マルチはおろかセリオにまで同じ思いをさせて……」

 もしかしたら、違うのかもしれない。
 そんな思い、感じていないのかもしれない。

 けど、俺は信じたい。
 俺の好きな……俺の愛するセリオ。
 馬鹿げたことだが、俺のせいで苦しい思いをしていると……そう信じたい。

「ごめんな、2人とも。俺は好きな子達さえ幸せに出来ない、駄目な奴なんだ
……本当に困った奴だぜ」

「そ、そんな……浩之さんは、とってもよくしてくださってますぅ」

「でも、現にセリオは……だろ」

「浩之さん……」

 ゴミ扱いされたのが何だってんだ。
 俺がセリオに酷いこと言ったからじゃないか。

「なぁ、セリオ……本当のとこを教えてくれ。お前の気持ちには、俺の居場所
はなくなっちまったのか?」

「…………」

 一瞬、動きが止まり。
 すぐに、静かに口を開く。

「……私にはココロがありませんから……おっしゃる意味がわかりません」

「建前じゃなく……今のお前の、本当の『心』を教えてくれよ……」

 やっと成長を始めたと思っていた、セリオの心。
 俺のせいでまた、閉ざされてしまったというのか……?

「――――本当の、ココロ……?」

「……そうだ」

「……心」

 彼女の瞳が、揺れ動いた気がした。

 いや、実際には動いてはいなかったろう。
 だが俺は……セリオの瞳に宿る『何か』が、確かに揺らめいたのを感じた。

「なぁ? 俺達はもう『家族』だって言ったろ? 離れちゃいけないんだ……
いや、俺はお前達と離れたくないんだよ!」

 マルチを抱いたまま、セリオの傍に動き。
 マルチと一緒に、セリオの身体も抱いて。

 ぎゅ……。

「俺が悪かったよ……変にいじけて寂しい思いさせて、悲しませて……」

「……私は」

 俺の腕に抱かれて。
 俺の耳元で、セリオが口を開く。

「私は、浩之さんの傍にいたいです……」

 その言葉に、腕の力を緩め。
 そして、俺はセリオの顔を見て。

「……それが、お前の答えか?」

「はい……ですが」

「ですが?」

「私は、浩之さんに嫌われてしまったとばかり……」

 じわじわと、徐々に溜まってゆく涙。
 やがてそれは奔流となって溢れ出し。

 最初の1粒が頬から落ちる前に、セリオは俺を抱き返して来た。

 ぎゅっ!

「だって……浩之さん、あれから全然抱いてくれないしっ……日に日に冷たく
なっているように感じてたんですっ!」

「セリオ……」

「おっ……お願いですっ……この不安を吹き飛ばすくらいに……思いきり浩之
さんの愛を……感じさせてください……お願い……ですから……」

 涙に遮られ、途切れ途切れな言葉。
 でもそれは、必死な言葉。

「セリオ……本当にごめんな。辛い思いさせてたな……」

 俺は2人を抱きしめていた腕を放し。
 セリオの涙を、指でそっと拭って。

「マルチも、ごめんな……」

 マルチも、泣いていた。
 俺と触れ合えなかった寂しさからか。
 或いは、セリオが俺といることを望んだ喜びからか。

 ともかく、マルチの涙も拭ってやって。
 ……俺は、ゆっくり言葉を紡ぐ。

「なぁ2人とも……俺も正直に言うけどさ」

「「はい?」」

「俺もずっと、寂しかったんだぜっ!」

「「浩之さんっ……!」」

 がばっっ!

 お互い傍に立っているというのに、わざわざ飛び付いて来る2人。
 危うくバランスを崩しそうになりながらも、それを何とか受け止めた俺。

 ちょっと、3人で照れ笑いを浮かべつつも。

 俺は、2人に抱きしめられながら。
 そして、2人を抱きしめながら。

 転げないように注意しながらも、3人で2階へと向かうのだった……。






 何だか久しぶりに見た、マルチとセリオの嬉しそうな……満足そうな顔。

 セリオはえらく安心した表情で、俺に髪をなでられていて。
 ちなみにマルチは、既に日が変わりそうな時刻になってしまったが俺の為に
晩飯を作りに行ってくれた。
 ……ここ最近見なかった、とびきりの笑顔でな。
 『元気付けてもらうんですー☆』なんて……イケナイ期待してるんじゃない
のか、あいつ?

「しっかし、セリオってさ……いや、やっぱ何でもない」

「……気になりマス。遠慮せずに言ってください」

「ヤダ。下手するとまたゴミ捨て場で目が覚めるから」

 さすがにまたそんなことしたら、俺は今度こそ立ち直れないぞ。

「……ですから、もうあんなことは……」

「とにかくヤダ。カラスとお友達になっても全然嬉しくないしな」

 臭いが取れるまでは、電線に止まってるカラスの視線が気になっていたもの
であった。
 ふ……それすらも今では、よき思い出よ。

「……やはり、根に持っておられるのですね」

 はっはっは……お前が俺をどう見てるか、よぉ〜っくわかったからな。
 ……なんてな。

「いや、全然」

「……やはりお暇をいただけますか?」

「んー? そんなこと言うなら、こんなことしちゃうぞぉ」

 さわさわっ。

「ふゃんっ……な、ナニをしても無駄ですよ。私にはココロが……」

「十分過ぎるくらいにあるんだもんな?」

 ぺろりんっ。

「あんっ……そっ、そんなトコロ……」

「帰るって言っても無駄だぞ。何でって、俺が帰さないからな」

「……帰りたくても、帰れなくなっちゃいました……♪」

 ゆっくりと身を起こして。
 そして、俺の上に覆い被さって来たセリオ。

「……責任、取ってくださいね?」

「おう……任せとけ」






 もしかしたら、違う意味での『責任』だったのかもしれないが。
 でも……とりあえず3回程気を失わせてやったぞ、わはは。
 本当にセリオって、可愛い奴だぜっ!






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