へなちょこセリオものがたり

その46「野菜を植えよう」








 日曜の昼下がり。
 居間からちらっと、庭にいるセリオの姿が見えた。

「おーい、何やってんだぁ?」

「あ、浩之さん……これは、野菜の種を植えているのデス」

「種?」

 見ればセリオは三角巾、軍手にゴム長、ご丁寧に髪はアップにしてあった。
 ……いつもの冗談ではなく本気だな、これは。

「はい……キュウリやトマトなど、比較的簡単に栽培出来るものを」

 ほう。
 自然を愛でる喜びを見出したのか?
 ……って。

「ちょっと待った。その種、出所は確かなんだろうな?」

 また家よりでかい植物が生えたら敵わん。

「ええ、商店街の花屋さんで買って参りました……気候変化に強く、初心者に
最適の種なのだそうで」

「そうか……元気に育つといいな」

「はいっ♪」

 にこっ。

「…………」

「おや? どうかされましたか?」

「い、いや……何でもない」

 俺は慌ててその場を立ち去り。
 自室に戻って一息吐くと。

「……『お前の笑顔にどきっとした』なんて、言えないよなぁ……」

 何か、楽しそうだった。
 本当に可愛い、いい笑顔だと思った。

 ……美味しい野菜が出来るといいな、セリオっ!












 それから、数日後。

「では浩之さん、これを物置までお願いしマス」

「おうさ、任せとき」

 夕方になって、ちょっと掃除を始めた俺達。
 といっても……古新聞を束ねておいて、次に資源回収車が来た時にまとめて
出しやすくしておくだけだがな。

「よっと、少し量が多すぎたかな……」

 両手で抱え上げたのだが、足元が見えないくらいにうず高くて。
 うーん、もう少し少な目に束ねりゃよかった……ちと重いぞ。

「気を付けてくださいね」

「おう」






 よいしょ、よいしょ……。
 ふぅ、もう少しで物置だ。
 さ、とっとと置いてセリオの作った飯を食おーっと♪

 と。
 陽が沈みかけ、薄暗くなりつつある黄昏時。

 事件は、起きた。

 ぐしっ。

「……ん?」

 何か、急に地面が柔らかくなって。
 何か、急に不安になって。

 どさっ。

 とりあえず新聞束を自分の後ろに放り投げ。
 恐る恐る、足元を見てみると。

「あ……」

 そこは、毎日セリオが楽しそうにしゃがみ込んでいるところ。
 セリオらしい几帳面な文字で、『トマトさん』やら『キュウリさん』やらの
名札が立てられていて。

 そのど真ん中に、俺は大きく深く足型を付けてしまったわけで。

「…………」

 ど、どうしよう。
 と、とりあえず足をどけて……。

 そろ〜っ……。

「あ」

 しまったぁ、出て来てた芽を踏んじまってるぅっ!!

 俺は慌ててその場にしゃがみ込み。
 マルチの胸よりぺったんこになってしまった芽を、手指で何とか起こそうと
して。

 くいっ。

「よしっ、頑張れ! お前は大丈夫だ、信じてるぞっ!」

 そろりと、指を離してみると。

 ……くてっ。

「ああっ! やっぱ駄目かっ!」

 びゅぉぉぉぉぅ……。

 ぞくっ!

「な、何だ……?」

 突然の、強い風。
 生暖かく、そして微かに血生臭い……そんな、風。

 背筋に薄ら寒いモノを感じ、ゆっくりと振り向いた俺の視界に。

「せ、セリオ……」

「…………」

 じゃきん。

 セリオは、両目一杯に涙を溜めていて。
 怒りか悲しみか、身体をぶるぶると震わせながら。

 そして、鬼のようにでかい黄金のハンマーを両手で構えていた。

「ま……待て、これは純粋な事故……」

「…………」

「ご、ごめん……俺の不注意だった」

 そして、セリオの涙は遂に溢れ出し。
 そして……涙の筋を宙に引きつつ、セリオが俺に突進して来て。

「……あああああああああっ!」

「ひっ、ひぃぃぃぃぃっ!」









「せ、セリオぉ……」

 俺は、身動き1つ取れず。
 と言うのも、馬鹿でかいハンマーで畑だった地面に一撃で首まで撃ち込まれ
た為である。
 よく生きてるな、俺……とは思うが。
 今なお頭から流れ続ける血で、顔中トマトのように赤く染まっているだろう
……そう、今の俺の生死は時間の問題……現在危機続行中ダ。

 すん、すん……。

「浩之さんの、浩之さんの馬鹿ぁ……」

 ぐすっ、すんすん。

「わ……悪かったからさ、せめて血止めくらいはしてくれないかな……?」

「馬鹿、馬鹿ぁ……美味しい野菜、一緒に食べたかったのに……」

 すん、すん……。

 そ、その前に一緒に食べることすら出来なくなりそうなんですけど……。

 俺はだくだくと脳天から流れる血を肌で感じつつ。
 意識を失う前に、何とかセリオをなだめようと努力するのだった。






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