へなちょこセリオものがたり

その52「歯磨きのススメ 2」








「いちちちち……お茶がしみるぅ」

 昨日のアレ、まだ治りゃしないぜ……。
 ま、そりゃそんなに早く治る方がおかしいんだけどな。

「浩之さん、はい……あーん」

「あーん……って、蜜柑はやたらしみるから勘弁してくれぇ」

「そ、そうですか」

 しゅん……。

 昨日のアレから一転、今日になってセリオが妙な真似を始めた。

 飲み物をやたらと飲ませようとする。
 食い物をやたらと食べさせようとする。
 その後、歯ブラシを持って俺の周りをうろうろする。

 その食い物・飲み物の大半が、嫌がらせのように傷によくしみるものばかり。
 ……まだ昨日のなでなでの件で怒ってるのかなぁ?
 あれだけやっても気が済まないか……そういや俺、まだ謝ってなかったっけ。

 気を抜いた途端に拘束されて、また『ごりごり』されたら敵わん。
 思い出したが吉、ここは早目に謝っておくことにしよう。






 俺はやおら立ち上がり。
 背後で歯ブラシ持ってそわそわしているセリオに声をかけ。

「な、なぁセリオ……」

「なっ、何でしょうかっ♪」

 うわ。
 何でそんなに嬉しそうやねん。

「き、昨日のことなんだけどさぁ……ちゃんとなでなでしなかったことは謝る
から、そうやってプレッシャーかけるのは勘弁してくれよ……」

「ぷ、プレッシャー!?」

「だって、そうなんだろ? やたらしみそうなものばかり食わせようとしてさ
……俺が悪かったから、許してくれないか?」

「…………」

 沈黙。
 ま、マズい……余計に怒らせちまったか?
 いらんこと言わないで、ストレートに謝るべきだったか……!

「そんな……プレッシャー、ですか……」

 歯ブラシを折れんばかりに握り締め。
 その身体を小刻みに震えさせるセリオ。

「せ、セリオ?」

「私……昨日はコトが過ぎたと思って、せめてもの償いにと一生懸命ご奉仕を
試みたのですけど……浩之さんは、ことごとくを避けるばかり。あまつさえ、
それをプレッシャーだと……」

 だ、だってお前……妙な威圧感出してたやん。
 あれじゃあ俺でなくてもびくびくしちまうぜ。

「……やはり、私のような者は嫌われて当然ですものね」

「な、何?」

「だから、昨日からなでなでしてくださらないのでしょう? ……ご主人様に
嫌われたのであれば、これ以上……」

「言うなっ!!」

 ばっ!

 俺は右腕を振り上げ。
 勢いを付けて平手を振り下ろす。

「……っ!」

 セリオは避けようともせず。
 ただ身を固くして、じっとしていて。

 ……ぺち。

「…………」

「……あの……?」

 俺の掌は、小さな音と共にそっとセリオの頬に当てられて。
 そして肩を掴んで抱き寄せて、セリオをしっかりと抱きしめ。

「……嫌いなら嫌いだと、はっきり言うさ」

「…………」

「何事も自分で解決しようとするのは結構なことだがな……だけどな、そんな
自分勝手な思い込みは許さん」

「…………」

 セリオは、ただじっと自分の頬に……俺が叩いた、左の頬に手を当てていて。
 何も言わず、俺の言葉を聞いていた。

「確かにお前はやり過ぎることもあるけどな……でも、俺はそんなお前が好き
なんだよ」

「え……?」

 セリオは、そっと顔を上げ。 
 驚いたかのように、じっと俺の顔を見つめて。






 俺の顔をしばらく見つめていたかと思うと。
 じわじわと、両目に涙が溜まって来たかと思うと。

 ぽろぽろぽろぽろ……。

「ど……どうした!? い、痛かったのかっ!?」

 そんなに強く叩いたつもりじゃなかったんだけど!
 いかん、遂に女を泣かせる暴力男に成り下がってしまったぁっ!

「は、はい……すごく、痛いです」

「悪ぃ……加減したつもりだったんだけど」

「いえ……痛いのは、この辺りです」

 涙の粒を落としながら、両手でそっと自分の胸を押さえるセリオ。

「でも……何だか暖かい、心地よい痛みです……」

「……そっか……」

「あの……キス、してください……」

「……ああ」

「浩之さんの『気持ち』……感じさせてください」

 セリオのあごにそっと手を添え。
 ついと上を向いたセリオに、俺が唇を重ね。

「んっ……」






「……すみませんでした」

「あ? 何が?」

 ちょっと照れてて、ぶっきらぼうに。
 何かこっ恥ずかしいんだけど……。

「口の中……ひどい傷だらけでしたね」

「ああ、そのうち治るだろ」

「で、でも……」

 ううむ、自分でやったくせに。
 だが気にしてくれるってのは、少し嬉しいかもな。

 ……痛い真似しないでくれたら、もっと嬉しいのに。

「動物は、傷は舐めて治すんだよな」

「…………」

 へへっ、真っ赤になってやがんの。
 
「……ど、どーぶつに学んでみるのも……一興かと」

「おう、じゃあ早速……」

「あっ……んむっ……」






 ……そして、今日も訪れる。
 長い長い、夜の始まり……。






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