へなちょこセリオものがたり

その53「酸いも甘いも」








 もぐもぐもぐ……。

 今日も今日とて、楽しい夕食。

「マルチさん、あーん」

「あーん♪」

 ぱくっ!

「美味しいですぅー」

 えへへへっと、嬉しそうに笑い。
 今日もマルチは可愛さ全開だな、うむ。

「…………」

 セリオは肉じゃがの皿と箸を持って俺の傍に寄ってきて。
 そして、手頃な大きさのいもを1個つまむと。

「……あーん」

 お、食わせてくれるのかっ?
 やる度に恥かしいって言ってるのに、困った奴だぜぇ♪(←嬉しそう)

「あーん」

 俺の口元に近付いてくるいも目がけて、俺は大口を開け。
 それが口の中に入った時、俺はぱくっと口を閉じて。

 ひょい。

 ……がちっ!

「…………」

 ぱくっ。

「あら、美味しい……いい味に出来ましたよ、この肉じゃが」

「……おい」

「あら? どうかしましたか、浩之さん?」

「いや……何でもない」

 くそう、久しぶりに恥かし体験出来ると思ったのに。
 マルチに普通に食わせてたから、油断したぜ。

 っていうか今の……やられるとすこぶる悲しい気持ちになるから、俺は絶対
しないようにしていたのだが。
 現に俺、今めっちゃ悲しいし。

「ちぇっ」

 くそう、黙々と食ってやる。

「……もしかして、楽しみになさってました?」

「いや、そんなことはないぞ」

 ないんだよ。ないったらないんだ。

「……すねちゃいました?」

「だから、そういうんじゃないんだってば」

 むぅ、今度は絡み始めやがった。
 速攻で食って退散するに限る、また変なこと言いそうだからな。

 ばくばくばくばくっ!

「ご馳走様だ」

 たたたっ……。

「あ……」

「ほむ? 浩之さん、何か急ぐご用事でもあったんでしょうか?」






「ふぅ……」

 いつもの食後なら、洗い物を終えたマルチ&セリオと居間で戯れるのだが。
 俺はいじけ半分でベッドの上に横になっていた。

 こんこん。

「ん? どーぞ」

 ……がちゃっ。

「あの、浩之さん……先程はすみませんでした」

「……どうした、何か用か?」

「よ、用と言う程でもないのですが」

 全く、俺をブルーにした張本人がどの面下げて……。
 なんて言ってたら、セリオの相手は務まらないよな。

「謝りに来たのか?」

「え、ええ……それと」

 すっ……。

 後ろ手に隠していた皿を、前に差し出すセリオ。
 その上には、真っ赤な苺が盛られていた。

「よろしければ、一緒にデザートなど……」

「……いただこうか」






「はい、あーん……」

「あーん」

 ぱくっ。

「美味しいです?」

「ああ、美味いぞ」

 うむ、やはりぱくっと食えると嬉しいぞ。

「ほれ、セリオ」

 俺もお返しとばかりに、苺を2粒ばかりセリオの口元に運ぶ。

「は、はい……あーん」(ぽっ)

 ニヤリ。

 ひょい。

 かちっ!

「…………」

「へへへっ、さっきのお返しだぞ……どうだ、悲しいだろう」

 1個、ぱくっとな。
 もう1個は、ちゃんとセリオに食べさせよう……って。

「ほら、セリ……」

「…………」

 ぎらっ!

 ばっ!

 セリオは一瞬俺を睨んだかと思うと。
 信じられない速度で俺を組み伏せた。

「のわっ!? セリオ、一体何を……むぐぐ、むぐむぐ」

「んんっ……ぷはっ」

 む、無理矢理キスするなっ!
 相手の意志を確かめてからって、ちゃんと教えたろっ!?

「はぁっ、美味しい苺ですね……」

「こっ、こういう手もアリだったか……」

 なるほど、無理矢理なればこその荒技ではある。

「……無理矢理ですみません。お詫びに……」

 セリオは、俺の上にまたがって。
 苺を1個つまみ上げると、何気なく口にくわえて。

 はむっ。

「……んー」

 両眼を閉じて。
 そして、俺に苺をくわえた唇を向けて。

 ……これは、『食・べ・て♪』ということかッ!?
 よ、よっしゃぁぁっ!

「んーっ♪」

 俺は勢い込んで、セリオと身体を入れ替えつつ覆い被さる。
 セリオも俺の首筋に腕を回してくれて……。
 ……だが。

 ついっ。

「な、何ィ!?」

 ひゅん……ごん。

 セリオが急に顔を背けた為に。
 そして、セリオに後頭部をぐいっと押された為に。
 俺は床とディープキスするハメになってしまった。

「…………」

「……お返しです」

 俺は、打った鼻と口をさすりながら。
 そっと、セリオから身体を離して。

「…………」

「あ……浩之さん、怒っちゃいました?」

「いーや、怒ってない」

 あたたたた……ハナチは出てないみたいだが……。
 畜生、いい男が台なしだぜ(爆)。

「お、怒ってますね……?」

「いーや、全っ然」

 こめかみの辺りがぴくぴくしてる気がするが、きっと気のせいだろう。

「あああっ、ごめんなさいごめんなさいぃ〜」

「知らん」

「ああっ……ほら浩之さん、あーん」

 セリオが苺を俺に食べさせようとするが。
 俺は無表情にそれを奪って自分で口に入れる。

 ひょい……ぱくっ。

「ああっ!」

「…………」

「ひっ、浩之さぁん……」






 その日俺は、寝る前までセリオと口聞かなかった。
 ……ちくせう。






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