へなちょこセリオものがたり

その58「ラブレター」








 なでなで……。

「ふみゅぅ〜……」

「さて、と。そろそろ寝ようか」

 ぷちん。

 俺は膝の上で丸くなってるマルチをなでながら、傍に置いたTVのリモコン
を操作する。

「んー……浩之さぁん」

 ぎゅっ。

 ゆっくりとマルチを転がして膝から床に下ろすと、半分寝ぼけたように俺に
しがみ付いてきて。

 正面は動き難いから、背中に回ってくれ。

 なんてことを考えていたら。
 それが通じたのか、マルチはもそもそっと俺の背中へ回って。
 後ろから首に腕を巻き付けたところで、どうやら落ち着いたようだった。

「……セリオ、もう寝ようぜ」

「あ、はい。ただ今」

 風呂上りからずっと、居間の隅で編み物をしていたセリオ。
 いそいそとその道具を片付け、俺の腕をそっと抱く。

 ……ぴとっ。

「……それでは、上へ参りましょうか」

 頬を染め上げて、恥ずかしそうに。
 ……大胆なんだか照れ屋なんだか、よくわからん。

「はーいー。今日もみんな一緒ですぅー」

 すりすり……。

 背中に負ぶさったまま。
 自分と俺の頬同士をすり合わせながら、マルチが楽しそうに言う。

「よし……それじゃ、行くか」






「ところでセリオ、何を編んでたんだ?」

「……秘密デス」

 ううむ、すんなり教えてくれるとは思っていなかったけど。
 これから暑くなるっていうこの時期、一体何を……?

「さてマルチさん、今日はどうやって浩之さんを料理しマス?」

「んーと、羊さんになってもらうですー☆」

「では、私達は狼さんですネ」

 ……へっ?
 い、いつの間にかそういう話がついてるの?

 ま、まさか俺……今晩も地獄っつーか天国? を見るのか?

「へっ……へへへ……お前ら、俺がいつもヤられっぱなしだと思うなよ……」

「そういうコトは、済んでから言ってくださいネ?」

 ニヤリ。

 びくっっ。

 い、いかん。
 いつもあの笑いに負けるんだよ、俺。

「狼はな、羊の皮を被ってることだってあるんだぜ……?」

 ずるっ……。

 俺はこの時の為に用意した、ある『モノ』を懐から取り出す。

「なっ……そ、ソレは……!」

「浩之さん、どうしてそんなものを……?」

「最近お前達には、手ひどくヤられてるからな……今日という今日こそ、俺も
堪忍袋の緒が切れたぜ」

 ふふふふふ、コレの効果は今イチ期待してなかったが。
 まさかこれ程までに覿面だとはな。

「さぁってー……コレ、どうしようかなぁ……」

「あ、あうう」

「…………」

「細切れにして、川にでも流そうかなぁ……」

「ひっ、卑劣ですっっ! 私達がかつて体験したことのないモノをちらつかせ、
その好奇心や想いを利用するなんてっ!」

「説明的なところがアレだが、そこまで言うならやっぱり止めとこうか」

 俺はそう言いながら、ソレを懐にしまう素振りを見せたりして。

「…………」

 先程までの勢いは、彼女達から消えていた。

「あっ、あっ、あうあうあうぅ……」

「おお、どうかしたか? マルチ」

「わっ……私はずぅっと浩之さんのモノですぅっ!!」

 だだだだっ……ぼふっ!!

「おいおい、マルチ……今日は狼さんじゃなかったのかぁ?」

「えへへー、拠所ない事情により中止しましたぁ」

 よ、拠所ないって……どんな事情やねん。

「まぁいいや。ほい、マルチの分だ」

「あうっ、ありがとうございますぅ☆」

 ぱしいっ☆ 

 まるでエサを食い取る犬のように、俺が手にしたモノに飛び付くマルチ。
 しっかりソレを掴むと、今度は慌ててベッドの陰に隠れてしまい。

「……何だかなぁ」

「…………」

 そんなマルチを微笑ましく眺めていると。
 ちょっと心細そうなセリオの視線が目に映る。

「……狼その2、お前はどうする?」

「……まず先に確認しておきますが、その中身は見た目通りのものに間違いは
ないんですネ?」

「ああ。俺が心を込めて書き上げた、お前達へのラヴレターだ」

 発音がぽいんつ。

「ら……らぶれたぁ……」

 その時、セリオの背中を後押しするようなマルチの声が。

「はっ……はややぁーんっ♪」

「お、おおっ!?」

「私も同じ気持ちなんですーっ☆」

 マルチは、感激に瞳を潤ませ。
 勢いよく立ち上がったかと思うと、そのままベッドに倒れ込んでしまった。

 ……ぱたふ。

「……堕ちたか」

「そっ……それ程マデ……」

「……で?」

 しばしの間、悩み。
 やがて、答えが出たようだ。

「じっ、実は今までの行動は不本意なものでありまして……」

「ほう? 不本意にしては、妙にノリノリだったように思えるが」

「ですから……浩之さんをいぢめるのが目的だったわけではなく、浩之さんの
色々な表情を……」

「ほほう」

「かっ……可愛い表情の浩之さんを沢山見せていただいて、今は非常に満足感
を得ていマス」

 つつつ……ぴとっ。

「わ、私にも同じコトをシても構いません……ですから、その……」

 弱々しい吐息をもらしながら、俺に必死で縋り付くセリオ。
 ……こいつら、そんなにコレが欲しいのかよ……?

「じゃぁ……後で、たっぷりセリオの可愛い表情も見せてもらうことにしよう」

「はっ、はいっ!」

「そんじゃ、コレ」

 ……ぱしぃっ!

 待ち遠しいっと言わんばかりにもじもじしているセリオに、ようやく手紙を
渡す俺。
 やはり先程のマルチのように、セリオも勢いよく飛び付いて。






 慎重に手紙を開き。
 食い入るように文面を見つめて。

「こっ……コレ、本当なのですか!? 嬉しいです!」

 驚きと喜びと。
 そんな笑顔を浮かべているセリオに、俺は冷たく言い放つ。

「う・そ」

「がっ、がーんっ!!」

 がっくし。

「こ、コレが『糠喜び』……初めてのキモチ……私、泣いている……?」

 床に膝を付き。
 うな垂れるセリオに、俺は懐からもう1通手紙を出して。

 ごそごそっ。

「こっちがホント」

「あっ……ああっ! よかったっ!」

 嬉々としつつ、封を切り。
 そして、その内容に目を通した直後。

「こっ、コレ……今度こそ本当ですか?」

「ああ」

 俺は力強く頷き。
 セリオが晴々とした笑みをこぼして。

「うっ……嘘があった分、余計に嬉しいですぅぅぅぅ……」

 ぷしゅ−っ。

 手紙を大事そうに抱いたまま、ふらふらと回りながら崩れ落ちるセリオ。
 とりあえずその身体を支えつつ、今日の危機を無事脱したことをメイドロボ
の神様(いるのか?)に感謝する俺なのだった。












 それから、数日の間。

「おーい、マルチぃ?」

「えへっ、えへへへへーっ……浩之さぁん……♪」

「駄目か……セリオぉ?」

「くふっ、くふふふふっ……浩之さん……♪」

 ……2人とも俺があげた手紙を、後生大事に抱えながら。
 見事な桜色に頬を染め、ぽーっとした表情で。

 何を言っても、この調子なもんで。
 まぁ……1日中潤んだ眼差しで見つめられ続けるってのも、なかなか悪くは
なかったけどな。
 つーか、ドキがムネムネ(爆)しっぱなしだったぜ。






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