へなちょこセリオものがたり

その59「こぴーきゃっと」








「あああああ、忙しい忙しい」

 その日、俺は家に帰るなり2階へ駆け上ろうとして。
 その途中、セリオがたまたま出てきたところで。

「あら……お帰りなさい、浩之さん。丁度紅茶が入りましたが……」

「おお、セリオ。丁度いいトコにいた」

「……はい?」

「授業中に寝てたら先生に見つかってさ、今までノートを取ってなかったのが
バレちまって……居眠りの罰も兼ねて、今までの分を全部書き写して来いとか
抜かしやがった」

 っつーか、全ては俺が悪いんだけどな。

「……はぁ」

「そこでだ。このあかりの地理のノートその1、全部こっちに書き写してくれ」

「……はい?」

 今日あかりから借りてきたノートと、新品同様の俺のノートとを手渡し。

「俺はノートその2にかかるから。んじゃ、よろしく」

「あっ、あの……紅茶……」

 とか言ってたみたいだけど。
 今日中に写し終えなければいけないノートの量を考えると、とてもじゃない
がゆっくりとしてはいられないのであった。






 かりかりかりかりかりかり……。

「……ふぅ」

 2、3時間も机に向かっていただろうか。
 普段慣れないことをしていると、どうにも疲れて敵わない。

 急ぐとはいえ、いい加減に頭の方も疲れて来てる。
 能率アップの為にはこまめな休憩も必要だぞ、って何かのテレビで見た気も
するし。

「少し休憩するか……」

 早くも痙攣しかけてる右腕を揉み解しながら、俺は居間へ向かった。






 俺が居間へ入って行くと、セリオがテーブルの前でお茶をすすっており。

「…………」

「あれ? セリオ?」

「あら、浩之さん……もう終わったのですか?」

「いんや、まだだ」

 1/4から1/3程度は終わっただろうか……まだまだ先は長いぜ。

「って、セリオは? まさかまだ手を付けてないとか……」

 セリオの目の前には、先程渡したノートが2冊積み重ねられていた。

「私の方はもう済みました」

 ずずー……っ。

 むぅ、さすがに早いのな。

「おお、悪いな。どれどれ……」

 一応確認の為、俺は書き写された方のノートを開いてみた。
 が。

 ぱらぱらぱら……。

「お……おい、白紙じゃないか?」

 ああっ、もう……あまり遅くならないうちにあかりに返して来なきゃならん
のに……。

「いえ、最初の2枚程で済みましたから」

「……へっ?」

 俺は、言われた通りに最初のページをめくってみると。

「ま、真っ黒?」

「コレをどうぞ」

 掌程の大きさがある拡大鏡を手渡すセリオ。
 とりあえずそれを使い、真っ黒なノートをまじまじと見つめてみると……。

「うわ……何か字が……」

 これでも、小さすぎて読めない程に。
 一見真っ黒に見えてるノートの紙面は、実は微小に書かれた文字が隙間なく 
詰め込まれていた。

「ノート1冊を、2枚・4ページに収めてみまシタ」

 う、うわぁ……小さい図とかもちゃんと書き込んであるぅ……。

「こ、これ……」

「……いただいた指示は、満足しているはずですが?」

 ぷいっ。

 セリオは、頬を膨らませて視線を外し。

「…………」

 む、むぅ。
 確かに間違ってはいない解釈だが、正解なわけでもないと思うぞ。

「もしかして……何か機嫌悪い?」

 そっぽを向いたセリオの視線の先に、出来る限りの笑顔で回り込んでみる俺。

「そんなことはないデス」

 ぷいっ。

「そんなこと言わないでくれよぉ〜。……あ、さっきの紅茶のことか? 悪い、
急いでたからさ……代わりに今からじゃ、遅いかな?」

 だきっ。

「……遅れたからには、それなりの代償をいただけるのですよネ?」

 あ、少し頬が緩んだ。

「勿論だって。だからさ、そんなにほっぺ膨らますなよ……折角の可愛い顔が
台なしだぜ?」

 ちゅっ。

「…………」

 にへぇ……。

 セリオの膨らましてる頬に、軽くキスすると。
 これでもかというくらい、にこやかな笑顔になり。

「では、お茶の時間にしましょうか……そちらのノートも、その後に30分で
終わらせマス」

「……ノートその2の方もやってもらえるかな?」

「ええ、よろしいです……が」

「勿論、報酬は望みのままだ」

「……是非ともやらせていただきマス」

 セリオは、すっくと立ち上がると。
 鼻歌を鼻ずさみながら、軽い足取りでキッチンへと向かって行った。






 まぁ、その晩はセリオにたっぷりお礼をしたわけだけど。
 次の日、まさか抜打ちでテストがあるとは思わなかった。

「浩之ちゃん……今日は昨日のノートの内容そのままの問題だったんだよ?」

「……自力で写してりゃ、何とかなったかもな」

「もう、浩之ちゃんったら」

 その後、珍しくあかりに小言を言われた。






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