へなちょこセリオものがたり

その63「び・よんど」








「セリオ、醤油取ってくれ」

「はい……少々お待ちを」

 セリオは一旦箸を置き、調味料を置いた棚のとこまで歩いて行き。

「どうぞ」

「さんきゅ」

 たらぁり、と。

 ことん。

「お済みですか?」

「あ? ああ」

「では」

 セリオは醤油入れを掴むと、再び棚のところまで行き。






「なぁ……後片付けの時でいいんじゃないか?」

「はい? 何がでしょう?」

「醤油とか、塩とかだよ……よく使うものは最初からテーブルに置いといてさ」

 セリオは、ちょっと思案顔。
 やがて。

「統計的に見ると、浩之さんが塩・胡椒・醤油などの調味料を後から使用する
ことは少ないデス。頻繁に使用されるならともかく、今日のようなことの方が
珍しいのですが」

「うん。いつも丁度いい味付けで、滅多にその必要がないからな」

「……ありがとうございマス(ぽっ)」

「そうだなぁ……そういや、後から付け足すのって珍しいよな」

 いつもはその必要がないし。
 そういやエビフライやトンカツの時には、ちゃんとソースが用意してあるし。

 さすがセリオ、ちゃんと段取りを考えてるんだな。

「まぁ……浩之さんがそう言われるのであれば、改善の手段を考えてみマス」

「いや、別にいいけどさ……セリオに余計な手間かけると悪いから」

「まぁまぁ」

 ニヤリ。

 ぞくり。

「ん……?」

 こ、こいつ……俺がふと目線を逸らした瞬間、笑わなかったか……?






 次の日の夕飯。

「セリオぉ、七味唐辛子取ってくれぇ」

「七味?」

「ああ、関西の方じゃ味噌汁によく入れてるんだそうだ」

「それは赤だしなのでは……」

「ん?」

「いえ、少々お待ちを」

 あ、やっぱり『改善』とやらはまだだったか。

 セリオは昨日のように箸を置いて。
 すっと、調味料の棚の方を向くと。

「あれ? どうかしたのか?」

「ふふふ……」

 口元だけで軽く笑ってみせるだけで、何も教えてくれなかった。






 セリオは左手を棚の方に向けて掲げ。
 右手の指で、高らかに合図らしき音を鳴らした。

 ぱちんっ!

「わん」

 ばんっ!

「お、おおっ!?」

 いきなり開く、調味料の棚のドア。
 マルチはここにいるし、誰も傍にはいないはずだが……。 

 ぱちんっ!

「つぅ」

 にょにょにょにょにょにょ……。

「う、うわ……」

 セリオの左手の指から先が、触手のように蠢いたかと思うと。

 にょにょにょにょにょにょ……。

 指だった部分がずるずるっと伸びていき、棚から七味の小瓶を取り出して。

 ひょひょひょひょひょひょ……。

 するするっと縮み、俺の目の前に七味をとんっと置いて。

 ぱちんっ!

「すりー」

 ばんっ!

 するするするっ……ぽむっ。

「せ、セリオぉ……」

 棚のドアが閉まると同時に、伸びたセリオの指も元の姿に戻り。

「……お待たせしました」

 元に戻った左手をにぎにぎしながら、セリオが俺に微笑んで。

 う、うわぁ……ヤなもん見ちまった気分だぜ……。
 あのセリオの綺麗な指が……なぁ。

「わ、悪ぃ……食欲なくなったわ……」

「はい? 何か味付けに不手際が?」

 いや、つい今さっきまでは実に美味しく食ってたんだけどさ……。

「セリオ、1つだけ言わせてくれ」

「はい?」

 にっこり。

「……ソレ、気持ち悪い」

「…………」

 ……あ。
 余りにもストレート過ぎたかな。

「せ、折角作っていただいたのに……」

 ……あ?

「な……何が気に入らなかったのですか? この……」

 左手の指先をむんずと掴み、一気に引っこ抜くセリオ。

 ずわしっ!

「ぬわっ!?」

 ……ぽとふ。

「あ、何だ……手袋だったのかよ……」

 一瞬、手首から先を引き千切ったのかと思ったぜ……。

「この来栖川電工の技術の結晶・『シークレット触手くん』の……どこが気に
入らないと言うのですかっ!?」

 し、しぃくれっと……?

 あ、手袋がみわみわ動いてる。
 ……やっぱ、気色悪いやん。

「き、気に入ってたのか……?」

「…………」

 こく。

 おのれ、涙ぐみやがって……そこまで気に入ってたのかよ!?

「お前なぁ……目の前で急に指先伸ばされてみろよ? 百年の恋も冷めるって
やつだぞ?」

 びくっ!!

「……わ、私のこと……嫌いになったのですか?」

 あ……言い方がマズかったな、これは。

「おっとっと、ものの例えってやつだよ」

 まさか、こんなことで嫌いになんてならないさ。
 ……何があっても嫌いになれない、ってのが本当かな。

 だってこいつら、本当に俺のことを好いてくれてるんだもん。
 それなのに、何がどうすれば嫌いになれるって言うんだ?

 ……時々、疑いたくなることもあるけどな(爆)。

「で、ですが……」

「安心しろ、俺がお前に抱いているのは『愛』だからナ」

「恋ではないから、冷めないのですね……ほっ」

 ……それで納得&安心出来たのか、お前はよう。

「言い方が悪かったのは謝るよ……ごめんな。別に嫌いになったわけじゃない
から、安心してくれよ」

「はい……ですが……」

「……第1に、驚いた。第2に、ソレは怖い。第3に、触手は生理的に嫌だ」

「…………」

「可愛いセリオがそんなモノ付けてたら、台なしだぞ?」

「……はい、わかりました。使用は中止しマス」

「折角のところ悪いが、そうしてくれ」

「はい」

 そしてセリオはソレを引っ掴むと、お道具袋に突っ込みに行った。












「浩之さん……今日は驚かれました?」

「あ? ああ……シークレット何たらのことか……そりゃ、驚いたさ」

「そうですか……本当はそれも目的の1つだったのですけどネ」

「おいおい……」

 タチが悪い悪戯だなぁ。

「でも、私もびっくりしました」

「あれは俺も悪かった。誤解しないでくれよ」

「……では、仲直りですネ」

 ちゅっ。

「……は、恥ずかしいな」

「……浩之さんは、仲直りの印をくれないのですか?」

 妙に嬉しそうに微笑みながら、俺に抱かれているセリオ。

「……ああ」

 ちゅっ。

「うふふっ……嬉しいデス」

 そんなセリオの顔を見ていると、俺まですっげぇ嬉しくなってきて。

「なっ、仲直り記念にもう1回……」

「……お受けしマス(ぽっ)」

 よ、よぉしっ!!(爆)

「あ」

「あ?」

「あの、出来れば今度は私にお任せを……」

 余程恥ずかしいのか、真っ赤な顔で明後日の方を凝視しながら。
 ……俺と目も合わせられない程恥ずかしいのか、うんうんっ!

「可愛いな、セリオは……それなら任せようかな」

 ……それもイイよな(爆)。

「はい……では」

 ニヤリ。

「……へっ?」

 すちゃっ。

「あ、あの……その手袋、もうしまったんじゃぁ……?」

「コレも目的の1つですから♪」

「も、目的って……あああっ、そんなトコ駄目ぇ」

「うふふふふ……可愛いですヨ、浩之さん……♪」

「ソコは入っちゃ駄目なところぉぉぉぉぉ」












「はぁ、はぁ、はぁ……」

「いっ、いかが……でしたか?」

「しょ、触手万歳……」

「よ……よかった、デス……」

 どっちの意味で『よかった』のかは、判断に苦しむが(爆)。

「なぁ……俺にも使わせてくれよ……」

「はい……丁度もう一対ありマス」

 ささっ、と手袋を2つ差し出すセリオ。
 ……コレが最大の目的だったんだろうか、こいつ。

「じゃぁ……」

「もう1回……」

 にゅるにゅるにゅるにゅる……。






 ……その晩、俺の触手に対する見方は258°変わったのだった。

 途中目を覚まして来たマルチが俺達を見て怯えるという場面もあったが。
 そこはそれ、マルチも交えて触手の理解と普及に努めたのだった。






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