へなちょこセリオものがたり

その64「晴れの日ばかりは続かない」








「あら……」

「どうした、セリオ?」

 とある晴れた昼下がり。
 庭に干した洗濯物を眺めつつ、セリオが呟きをもらす。

「……雨が降りそうデス」

「え? おいおい、こんなに晴れてるってのに……」

 俺が笑い飛ばそうとしたその時。

 だば――――っ!!

「をををっ!?」

「あうあう、すこーるですぅ」

「何の前触れもなくかよっ!?」 

 だばだばだば……。

「あーあ……洗濯物が台なしですネ」

「お前なぁ……少しは取り込もうとか……」

「ですが、この有り様では」

 セリオは外に視線を向けて。
 まぁ……確かに、こんな豪雨では取り込みに出てもこっちがずぶ濡れになる
だけだけどな……。






「アレかな、『噂をすれば影が射す』ってやつ」

「はい?」

「セリオが『雨が降る』って言ったからじゃないか、ってことさ」

 似たような例では、車を綺麗に洗った次の日に雨が降るのが挙げられる。

「それは……私が悪い、と……?」

「そういうわけじゃないけどさ、洗濯をしたから雨が降った……とも考えられ
ないかな? 雨が降るからみんなが洗濯をしない、だから次の日は晴れる……
で、またみんなが洗濯するから雨が降って……」

「…………」

「じょ、冗談だって。……ま、小降りになったらみんなで取り込もうぜ」

「はぁい」

「…………」

 それから小一時間程、みんなでごろごろした。






「あれ? セリオ、今日は洗濯しないのか?」

 次の日。
 昨日の大雨が嘘のように、からっと晴れたのだが。

「…………」

 ぷいっ。

「お、おい?」

「…………」

 あちゃ……またへそ曲げられちゃったかな……。






 それから、約1週間後。

「あのさぁ、セリオ……俺が悪かったからさぁ……」

「はい? 何のことでしょうか?」

 にこっ☆

 ……こんな時に限って、飛び切りの笑顔で。

「あのさ、明日着る服がないんだけど」

 全くないわけでもないのだが。

「……ですが、雨が降っても困りますからね」

 にこぉっ☆

「むぅ」

 やっぱり根に持ってんでやがんの。

「ものの例えだったんだってばぁ……」

「……だって、ひどすぎマス」

 ぷうっ。

「悪かったよう。機嫌直してくれよう」

 だきっ。

「知りません」

 ぷいっ。

「浩之さんの為に、一生懸命お洗濯したのに……あんな言い方は……」

「わ、悪かったってば」

「たまにはご自分で洗濯なさってくださいな」

 ぱたたたた……。

「あ……」

 あーあ、行っちゃったぁ。
 今回は少しセリオも意地になってるのかなぁ……?

 しょうがない、自分でやるか。
 自分で洗濯するのって、そういや随分久しぶりな気もするけどな。






 ぱんっ!

「くっはぁ! いい天気だぜっ!」

 ここ1週間は曇りもしない、いい天気だったからなぁ……。
 まったく、洗濯日和だぜっ!

「あらららら、私がやりますよぅ」

「いいって、マルチはそこで応援しててくれっ!」

 何か妙にやる気だぜ、今日の俺はっ!

「はーい……ふれっ、ふれっ、浩之さーんっ」

 き、気が抜けるなぁ……。






 ぱちん。

 とりあえず最後の洗濯物を洗濯バサミで止めて。

「ふぅ……終わったぜ!」

「お疲れ様ですぅ」

 ぱちぱちぱちぃ〜……っ。

「さて、そんじゃ少し休憩といくか」

「お昼寝ですねっ♪」

「いや、そういうわけでも……まぁ、いいか……」












「ちっ……無事終わってしまいましたか……」












 ぷぴょーっ……ぷしゅるるるるぅ〜……っ。

「むにゃむにゃん……浩之さぁん……♪」

 日当たりのいい居間に2人で横になってすぐに、マルチは気持ちよさそうな
寝息を立て始める。

「ふぁ……ここんところ自分でしてなかったから、疲れたかな……」

 いつもマルチやセリオに任せっきリだったもんな。
 なのにセリオにあんなことを言って……。

 ちゃんと謝ろうな、俺。

「さて、そんじゃ俺も一眠りしよ……」

 と、マルチのほっぺを突付いてみたりして。

 つんつん。

「んっ……んーっ……」

 ははは。

 ごろごろごろ……。
 転がってるわけじゃないよ(笑)。
 その時、急に空が曇り始め。
 まさかと思ったその時には、すでに遅かった。

 だばだばだばだ――――っ!

「うをっ!?」

 びくっ!

「はにゅっ!? くっ、空襲ですかっ!?」

「違う違う」

 突然の轟音に驚き、跳ね起きるマルチ。
 よだれの跡なんか付けてるくせに、やけに物騒なことを言いやがるぜ。

「うわぁ……またかよ……」

 だばだばだばだば……。

「……こないだのセリオの気持ち、何かわかるなぁ」

 折角洗ったのにっつー思いがあって、やる気が失せたぜ。

 ……ま、放っておくのも何だし。
 ずぶ濡れ覚悟で取り込んで来るか……。






「ととと……これで最後……」

 びしゃっ。

「あうあうあう……どうぞ、浩之さん」

「おっ、さんきゅ」

 マルチが持って来てくれたタオルを受け取り、頭から拭き始めて。

 だばだばだばだば……。

「しっかし、何か変だよなぁ……」

「ほえ? 何がですか?」

「雨だよ、あ……め……びえっきしっ! ……うーいちくしょー」

 やっぱし、マジで洗濯するから雨が降るんだろうか。
 この世は兎角何事も裏目に出るものぞ、ってか。

「冷えたな……風呂にでも入るか、マルチ」

「はーいっ♪」

「あああ……まさかこんなことになるとは」

 ……ん?

「……浩之さん、すみません」

「……あぁ?」

 何だよセリオ、藪から棒に。

「そ、その……」

 セリオは人差し指を頭上にかざし、そのまま小さく円を描いて。

「…………」

 くるぅり。

「一体何を……」

 だばだばだばだば……。

 ……と。
 それまで激しく降り続けていた雨が、次第に弱まっていき。

「……ちょっと嫌がらせに雨を降らせてみただけなんです」

「ちょっとって……今の雨、お前が?」

「ええ……来栖川気象衛星『らぐなろく』は気象観測だけでなく、気象操作も
可能なのデス。詳しい説明は省きますが」

 えっへん。

 って、胸を張るなよ……つんつんしたくなるじゃないか(爆)。

「ほほぉ……なるほどなぁ……」

「先週の雨は本当に予想外でしたが、今の雨は私が……降らせ……」

「……お前が、降らせたんだナ?」

 にっこり。

「はっ……はい……」

 恐る恐る頷くセリオ。

「何か言うことは?」

「あの……今回はお互い様ということで、何とか……」

「……とりあえず、俺は身体を温めてくる」

 ずるずる……。
 鼻水まで出て来たぜ。

「で、では私も……」

 じろり。……濡れた洗濯物の処理を行いマス」

 うむ。












「……で? 今日は何であんな真似したんだ?」

 アメとムチでもないのだが、怒った後にはしっかりフォロー。
 マルチにしろセリオにしろ、寝る時にはすっきりした気分で寝て欲しいもん
な……特に今日のことは、俺にも原因があったんだしな。
 そういうことって、ちゃんと謝っておきたいじゃん。

 ……で。
 マルチを寝かしつけた後、いつも通り眠る前に話し込んでいる俺達。

「へ、変に思わないでくださいネ?」

「勿論だって」

 何を今更。
 なんて言って泣き出しても困るから、それは心の中にしまっておこう。

「じ、実は……」

 何か言う前に、何故かセリオはベッドから出てしまった。












『はぁ、洗濯するのって案外大変なんだよな……』

『ああっ! 浩之さん、雨ですぅ!』

『おおう、何てこったい!』

『ふふふ……私のあの時の気持ち、おわかりになられましたか?』

『ああっ、俺は何て愚かだったんだっ! 今初めてわかったぜ、ごめんなっ!
お前の苦労も知らず、辛い思いをさせてっ!』

 だきっ!

『いえ、わかってくださればいいんです……ぐすっ』

『セリオ……泣いてるのか?』

『ああっ、お気になさらずに……先日、私がお洗濯をするのを否定するような
ことを言われたのを思い出しただけですからっ……』

 ぐすぐすっ。

『おおう、俺は何て馬鹿者なんだ……軽い冗談のつもりが、セリオをこんなに
悲しませてしまうなんて……』

 ぎゅっ!

『本当にごめんな、セリオ……どう謝ればいいのか……』

『いいえ、いいんです……どうせ私は役立たずのメイドロボなんですから……
必要とされなくても……嫌われても、当然なんですよね……』

 ぱしっ!

『あうっ』

『馬鹿っ! そんなこと言うなっ! ……例えお前が役立たずでも、嫌ったり
するもんかっ! 俺はお前が好きなんだ! 俺にはお前が必要なんだっ!!』

『ひ、浩之さん……』

『それに、役立たずなんてことないぞ……いつも美味しい料理を作ってくれて
るし、掃除や洗濯も主婦顔負け……それに、夜の方も……とにかく最高だぜ!』

『も、もう……そんな……(ぽっ)』

『だからそんなに自分を卑下するなよ。お前を愛している俺の立場がないじゃ
ないか……』

『は、はい……すみませんでした……』

 ぐすっ。

『ああっ、また泣かせてしまった……つくづく俺って奴は……』

『……私の涙を止める方法、ご存知ですか?』

『……いいや、どうすればいい?』

『浩之さんの愛を……思いきり、感じさせてください……そうすれば……』

『ああっ、セリオ……セリオぉぉっ!!』

 がばっっ!

『ああっ、優しくしてくださいネ……♪』












 ……無茶苦茶やん。

 それが、セリオの1人芝居を観終わった俺の感想だった。

「……とまぁ、このように完璧で華麗な計画が。浩之さんをずぶ濡れにする気
はなかったのデス」

「……まぁ、確かに言ったことを反省したり雨降ってセリオが脱力した気持ち
を理解したりはしたけどな……」

 しかしまぁ、随分派手にかましたもんだなぁ……。

「だ……だから言いたくなかったのですけど……」

 しっかり俺やマルチの声色まで真似ておいて、そんなことを言いやがる。
 『だきっ!』や『ぱしっ!』の辺りなんかは、自分で自分の身体を抱きしめ
たり、ぶたれたつもりで頬を押さえてうずくまってみたりと、見事な演技を見
せられたのだが。

「言いたいことは大体わかったけどな」

「…………」

 そこで、セリオ沈黙。

 どこか思いつめたように。
 悲しげな表情で。

「私は……浩之さんにとって、不必要な存在なのでしょうか?」

 ……彼女がそんなことを考えたのは、俺のせい。
 俺が、考えなしにつまらないことを言ったせい。

「ごめん……俺、そんなつもりで言ったんじゃなかったんだよ……」

 また、セリオが笑いながら受け返してくれるものと思ってた。
 でも、セリオにとってそれは……重大な問題だったんだ。

「では……私は、『ここ』にいてもよろしいのですか?」

 セリオは、恐る恐るベッドに近付いて来て。
 ベッドの傍にひざまづいて、不安そうに俺を見上げる。

「……ああ。俺の腕の中でよければ……いつまでもいてくれるか……?」

「あ……」

 その言葉に、セリオは微笑むでもなく。
 ただ、泣きじゃくりながら俺にすがり付いてきた。

「あ……ああっ……浩之さん……浩之さんっ!」

「……ごめん、セリオ……」






 しばらく、泣き続けるセリオの肩を抱きしめていた。
 やがて落ち着いたのか、小刻みな身体の震えも収まってきて。

「くすん、くすん……」

「よしよし……ごめんな……」

 なでなでなで……。

「ぐすっ……はい……」

「……ところでさぁ」

「は、はい?」

「セリオって、いつもあんなこと考えてんの?」

「…………」

 ぼんっ☆

「ああっ! アレは忘れてくださいっ!」

「忘れられそうにないよなぁ……」

 ニヤリ。

 顔を真っ赤にして慌てふためくセリオを見てると、思わず笑いがこみ上げて
来たりして。

「そんな……」

「……セリオの中の俺は、こんなこと言わない?」

「……ええ」

「そっか」

「はい」

 それは、セリオの想像の産物だけど。
 それは、セリオの理想の俺なわけで。

 そんな俺と、一緒なら。
 セリオもずっと、笑顔のままなんだろうけど。
 きっと、幸せにしてあげられるんだろうけど。

 やっぱり、俺がセリオを泣かさないようになるのは……遠いことなのかなぁ。

「でも」

「ん?」

「……でも、本物の浩之さんの方が……私は好きデス……」

「……そっか」

「はい」






「セリオ」

「はい?」

「ありがとな」

 ぎゅっ。

「……はい」






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