へなちょこセリオものがたり

その66「あなたの傍で」








「浩之さん、ちょっとよろしいでしょうか」

「ん?」

「実は、こんなものを作ってみたのですが」

「……何だこりゃ」

 セリオの掌には、小さな丸い時計みたいなものが載っていた。

「『ごきげんメーター』です」

 ……だから、何なんだよう。

「私達がこれを装着すると、その時の気持ちがどんなものかわかるという……」

「ほほう」

 まじまじと見てみると、どうやら古くなった時計を改造したもののようだ。
 文字盤が3つに色分けされていて、『ごきげん』『ふきげん』『なでなで』
と小さな丸文字で書かれていた。

「この『なでなで』ってのは?」

「……甘えたい時デス」

 きりきりきり……。

 小さな駆動音を発して、メーターの針は『なでなで』と書かれたピンク色の
エリアを指した。

「あ、本当に動いた」

 手に持ってるだけでもいいのか……電波でも使ってるんだろうか。
 ってーか見た目以外は時計と全く別物だな、こりゃ。

「ふーん……セリオ、今は甘えたいんだ?」

「…………」

 ぽっ。

「なるほど……これがあれば、セリオが不機嫌な時にいらんこと言って、鬼の
ように酷い目にあわされることもなくなるかなぁ」

「鬼……そ、そうですネ(ひくっ)」

 きりきりきり……。

 お……また動いた。

「あ……」

 って、見ている間に針は不機嫌エリアを指した。
 こりゃ、逃げるに限る。

「そういや、ちょっと用事を思い出したぜ……悪ぃ、また後でなっ!」

 きりきりきり……。

「…………」

 去り際に、『ふきげん』と『なでなで』の真ん中辺りに針が動いたような気
がしたけど。
 セリオの脅威が身に染みてる俺は、考える前にすたこら逃げ出していた。






「浩之さぁぁんっ!」

 たたたた……ぽふっ!

「おおっ、マルチぃ」

 だきっ! ぎゅぅ〜……。

「んはっ、少し苦しいですぅ」

「ああ、悪い悪い」

 と、マルチが首から例の時計をぶら下げているのに気が付いた。

「お……それ、マルチも付けてるのか」

「あ、これですかぁ? セリオさんから先程……」

「どれどれ」

 俺がメーターを手に取って見ようとしたら。

「やん、恥ずかしいですぅ」

 でも、止めようとはしないマルチ。
 ……相手の気持ちが、ぱっと見ただけでわかるってのもな……ちょっと気が
引けるぜ。
 何かこういうのって、ちょっとアレだな。

「……おいおい、『ごきげん』で『なでなで』かよ」

 でもやっぱり見てしまう俺。

「あうう、バレてしまったのですぅ♪」

 にぱっ☆

「よしよしよし、とりあえずセリオのところに行ってからな」

 なでなで。

「はぁい、楽しみですぅ」

 さっきは慌てて逃げて来たけど、セリオも甘えたくて俺のとこに来たんだよ
な……きっと。
 ちょっと悪いことしたな。






「おーい、セリオ?」

「――――はい」

 うをっ、随分沈んだ声出しやがるのな。

「もう、さっきの怒ってない?」

「……私、怒ってなんかいませんでしたのに」

 きりきりきり……。

 ををう、『なでなで』から『ふきげん』に……。

 ……って。

「何かさぁ、折角作ったのに悪いんだけど」

「はい?」

「やっぱりそのメーター、止めとこうぜ」

「……どうしてですか?」

 『これを見た浩之さんは、きっと私達をすぐに甘えさせてくれる』……多分、
そんな気持ちで作ったのかな。

 でも。
 でもな。

「お前達の心の中を覗いてるみたいでさ……いやいや、勿論知りたくないって
わけじゃないけど……」

「わ、私は別に……」

「私も構いませんですぅ」

「……俺が構うの」

 そんなのに頼らなくても、きっと大丈夫。
 そんなのなくても、きっとわかってみせる。
 2人とも、わかりやすいリアクションしてくれるからなぁ。

 ってーか……2人の顔より先にメーターの方を見るようになってしまったり
したら、嫌じゃん。

「その気持ちだけで、十分だよ」

 ぎゅ……。

「……はい」

「はぁい♪」






 その日は、2人に遠慮なく甘え倒された。






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