へなちょこセリオものがたり

その70「あなたの腕の中で」








 ぎしっ、ぎしっ、ぎしっ……。

「…………」

 俺が居間のソファーに寝そべって、雑誌を読んでいると。
 背後から、何か怪しい足音が聞こえてきて。

 ……セリオだな、こりゃ。
 マルチなら、もっと間抜けな音出しながら近付いてくるだろうし。

 ……ぺらっ。

 俺は気付かないフリをして、雑誌のページをめくり。

「……なるほど、悪戯ばかりする女の子は嫌われやすい……」

 ぎしっっ。

 ぺらっ。

「ほほう……甘え上手な女の子は、いつまでも愛されるとな……ごもっともだ、
たまにはこんな本も勉強になるなぁ」

「…………」

「甘いひとときを大切に……ううむ、気を付けねば」

「…………」

 ぎしっ、ぎしっ、ぎしっ……。

 ……どうやら、まんまと俺の作戦にかかったようだな。

「……しっかし、案外気付かないもんだな」

 今言ったのは、口から出任せ。
 セリオは恐らく、恋愛関係の本だと思ったことだろう。

 俺は持っていた漫画雑誌をテーブルに置くと、セリオの様子を見る為に後を
追うのだった。






「……だそうデス」

「ううっ、それは一大事ですぅ」

 へへへっ、話し合ってる話し合ってる。
 ……お前達は、別にそんな心配しなくてもいいと思うけどな。

「……そこで、私によい案が」

「おおっ、セリオさんがめしやさんに見えるですぅ」

 ……飯屋?
 あ、メシアのことか。

「ちょっと、お耳を拝借……」

「あ、はぁい」

 かぽっとセンサーを外して、セリオの口元に耳を寄せるマルチ。
 何故かその様子をじーっと見ていたセリオだったが。

 ……ぺろっ。

「ふゃんっ!? なっ、ななな……何を……」

 耳を押さえて3m程飛び離れるマルチ。

「あ……つい」

 『つい』何なんだよっ!?
 ええい許さん、そんなことは俺にやれっ(爆)!

「今度は真面目に……」

「…………」(ジト目)

「実はですね……ごにょごにょ」

「おおっ、なるほどっ!」

 むぅ……さすがに聞こえないぞ。
 でも話の流れからして、きっと俺に甘え倒す計画なんだろうか。

 ……かなり楽しみだったりして。

「…………」

 俺は期待に胸を膨らませながら、静かにその場を離れるのであった。






「浩之さぁん♪」

 おお、来た来た。
 待ちかねたぞっ!

 って。

「あれ? マルチ1人だけか?」

 てっきりセリオも一緒に甘々っとしに来るものと思っていたが。

「へっ? 何がですか?」

 をう、しまったっ!
 危うく語るに落ちるトコだったぜ。

「いや、何でもない……ところで、何か用か?」

「んーと、ご用事はこれと言ってないんですけどぉ……」

 マルチはちょっともじもじしながら、身を俺にすり寄せて来て。

「えへへー……」

 すりすり。

「甘えに来たのか?」

「あう、そう言ってしまうと身も蓋もないですー」

 はっはっは、そうかそうか。
 策を練らずに直接手段で来たか……ううむ。

「よーしよし、今日は前から抱っこしようか? それとも後ろから?」

 マルチの頭をなでながら訊ねると。
 少し悩んでから、マルチは答える。

「んーと……昨日は後ろからだったから、今日は前からがいいですー」

 うむ、そうかそうか。

「はいよっと」

 だきっ。

「てへへっ、少し恥ずかしいですぅ♪」

「ははは、なら止めようか」

 超至近距離で向かい合い。
 額をぴったりくっ付けて、互いに鼻先を鼻先でつんつんし合ってみたりして。

「やんやん、いぢわる言わないでくださいよぅ」

 ぎゅっ!

 俺の首に回した腕に、更に力を込められて。
 自然、2人の顔はもっと接近するわけで……。

「んーっ♪」

「んー」

 ちゅっ☆

「んんんんん……ぷはぁ」

「ったく、マルチは可愛いなぁ」

 かいぐりかいぐり。

「えへへー」












 その頃、浩之ずルームのドアの前では。

「あ……アレを真似するなんて……私には、とても……」

 セリオは絶望(?)に支配され、がっくりと床に膝を付いて。
 それでも何かを決意したかのような表情で立ち上がり。

「でも、やらなければ……私は頑張りマス、浩之さん」

 明後日の方向に向かって、遠い目をして。
 拳を強く握り締めると、彼女は何やら準備しに階下に向かった。






<……続きます>
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