へなちょこセリオものがたり

その75「その指先に」








「あの、浩之さん」

「ん? 何だ、セリオ?」

「不潔な方を、どう思われますか?」

 ……いきなり何を言うんだ、此奴は。

「……あまりいい感じはしないな」

「ですよね」

 そう言って、じーっと俺を……正確に言うと、俺の手指を見るセリオ。
 つられて自分でも見てみると、爪が随分伸びていた。

「……だよな」

 爪切りを探そうと立ち上がった俺。
 確か戸棚にしまってあったはず……。

「お待ちを、浩之さん」

「ん?」

「爪切りでしたら、ここに」

 わにわにと、爪切りを開いたり閉じたり。
 床に正座して、妙ににこにこしているセリオがそこにいた。

「……切ってくれんの?」

「ええ」

 傍にゴミ箱まで用意してるし……何故だかやる気を感じるぜ。

「そっか。んじゃ、よろしく」

「了解」






 ぱちん、ぱちん。

「痛くないですか?」

「おう、大丈夫だ」

 セリオの細くて柔らかい指が、遠慮がちに俺の指を持ち。
 深爪するのを恐れているのか、ちょっと長目に爪を残していて。

「……もう少し短くしてもいいんじゃないか?」

「そうですか? なら……」

 ……ばつん。

「痛っ!」

「あ、大丈夫ですか?」

「……限度はわきまえてくれよぅ」

 ううっ、いきなり深爪する程切り込むなよなぁ。
 ったく……しばらく、指先がじんじんして痛いんだよなぁ。
 血が出る程じゃなかったから、まぁいいけど。

「……ごめんなさい」

 ぱくっ。

「お、おい……?」

 ちろっ、ちろちろっ。

「ぷは……痛いですか、浩之さん?」

「……ああ。痛いな」

「……そうですよね」

 ぱくっ。

 彼女は、躊躇なく俺の指を口に含んでいた。
 舌先がちろちろと、たった今負ったばかりの深爪を舐め上げて。

 ……躊躇なく、だ。
 考える間もなく……ちょっとだけ笑みを浮かべて、な。
 笑ってさえいなければ……セリオの優しげな行動を、俺は素直に喜んだろう
けど……。

「……わざとか?」

 びくっっ。

「…………」

 ちろちろちろちろちろ。

 俺がそう言った途端に、セリオの舌は忙しなく動き始め。
 今度は絡めるように動いたかと思うと、他の指まで舐め始めて。

「おい、セリオってば」

 心なしか頬が赤くなっている彼女の肩を、とんと軽く押してみる。
 ちゅぽっという濡れた音と共に、セリオは俺の指を放して。

「あ……」

「どうしたんだよ、セリオ?」

「…………」

 俺の問いには答えず。
 黙したまま俺の手を取ると、再び口にそれを含むセリオ。

「んっ……」

 最初は音もなく舐めていたのが、すでに水音が部屋に響く程になり。
 最初は何とも困っていた俺だったが、そろそろ妙な気分になってきて。

「セリオ……」

 ちゅぱっ……。

「浩之さん……これに懲りたら、早目に言ってくださいね?」

「……何を?」

「爪、私が切って差し上げますから」

 それだけ言うと、また俺の指を舐め始める。
 ……俺は怒ることも出来ないまま、指を舐められ続けていた。






 ……何か、変なことに思い当たった。
 『爪が伸びたら早目に言え』とか言う割に、さっきは長目に爪を切り残して
いやがったし。

 もしかして……そうした方が、こまめに俺の爪を切ることが出来るから?

「あのさ、セリオ……」

「んぃ?」

 俺の指をくわえたまま、上目で返事をするセリオ。
 ……ぽーっとしたその表情は、先程の行動が単なる悪戯心ではなかったこと
を示しているようにも思えて。

「……いや、何でもない」

 俺はセリオに片手を預けたまま、彼女の背後に回って。
 セリオを抱き込むようにして座り直すと、空いている手でその頭をなでなで
してやるのだった。






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