へなちょこ芹香ものがたり・番外編

「魔女の香り」








「えー、毎度お騒がせしておりますぅ〜」

 がらがら、ごろん。

「……何だよ、おい」

 小さなリヤカーを引きながら、いきなり現れるマルチ。

「はーい、ちり紙交換でございますぅ」

 ごろごろん。

 そりゃお前さん、お騒がせ過ぎだぞ。
 つーか家庭内で何を交換するねん。

「ご不要になりましたちり紙がございましたら、遠慮なくお申し付けください
ませぇ〜」

「あぁ? 不要なちり紙って、お前……」

 逆じゃん。

「交換って、一体何と交換してくれるって言うんだ?」

 言いながら、俺はマルチが引いてるリヤカーに視線を走らせる。
 それには真っ白なシーツが被せられていて、何が積まれているものやら。

「えへへぇ、それは交換してからのお楽しみですぅ〜」

 むむぅ。
 仕方ねぇ、交換してみるか。

 しゅしゅしゅっ、しゅっ。

 傍らのティッシュ箱から、数枚引き抜いてマルチに渡す。

「ほらよ……レートは知らないが、これで何をもらえるんだ?」

「はい、5枚ですから……」

 ごそごそっ。

「少しお待ちくださいですぅ〜」

 マルチはシーツの端を持ち上げ、リヤカーの中に潜り込む。

「…………」

「おい、マルチ?」

 もぞごそっ。

「ぷぅ、5枚はこちらになりますぅ」

 シーツの下から這い出すと、俺の傍に走り寄るマルチ。
 そして、その手に握っているものを俺の目の前に差し出して。

「脱ぎ立てほやほやぶらじゃあですう」

 ぱかぱぱぱかぱーん☆

「……これ、誰のっ!?」

 マルチの手がボールみたいに丸く見えたことや、どこかからファンファーレ
が聞こえて来たのはシカトすることにした。

「……うふふっ、当ててみてくださいっ」

 ぬっ、ぬぬう。

「いいだろう」

 飛び付くようにマルチの手からソレを奪い取り、早速持ち主の推測を始めて
みたりする。

 くんくんくん。

「む……この香りはっ」

 鼻の奥にすーっと優しく入り込んで来る、柔らかな香り。
 ふむ……。

「さぁさぁ、お答えやいかにっ?」

 何故かわくわくしているマルチ。
 サイズから考えるに、間違いなくお前のじゃないな。

「うむ……このやんわりした温もりは、先輩のだな」

「おおっ、ご名答ですぅ〜」

 ぱちぱちぱち。

「ふふふ、伊達に毎晩寝不足になってるわけじゃないぜ」

 言いつつ、さりげなくブラジャーを頭に装着する俺。
 ふわんといい香り、これはもう俺専用の猫耳パーツに決定。

 ……冗談だ。
 後で楽しむから、今はポケットに大事にしまっておくぜ。

 ごそごそ……。

「ところで、脱ぎ立てってことは……先輩が中に?」

 そりゃあ素敵なリヤカーだぜ。
 是非とも、俺も中に……。

「あうう、中身は企業秘密なのですう」

 ずざざっ。

「いいじゃん、今更隠さなくても」

 だきっ。

 マルチの首根っこを捕まえて、よっこいせと抱っこして。

「はうあうあ、威力業務妨害なのです〜」

 意味わかって言ってんのかよ。

「妨害かぁ、んじゃ止めちゃおうかなぁ」

 すりすりっ。
 うーん、このほっぺの柔らかさがたまらん。

「あうう、今日はもう店じまいですう」

 ぎゅう。

「だから遠慮は無用なのですーぅ♪」

 すりすりすりすりすりっ。

「はっはっは、可愛い奴め」

 抵抗が抵抗になってないんだもんなぁ。
 だからマルチって好きさっ。

「さぁさぁさぁ、居間のお片付けは済んでおりますっ」

「おお、んじゃ早速ごろごろしに行くかぁ」

 今日は天気もいいし……ごろごろし倒して、そのまま日向ぼっこに突入だな。
 うんうん、我ながら素晴らしいプランだ。

「はー……」

 明るく楽しく返事をしかけたマルチ。
 だがその時、傍らのリヤカーが少しだけ動いて。

 もぞり。

「……いっ?」

「お、おおっ!?」

 な、何だこの存在感バリバリなシーツの動きはっ!?

「……あ、そういやそうだった」

 中に先輩が潜ってたんだっけ。

「あー、えーと……マルチ、ごろごろすんのは延期」

 俺はマルチの頭をなでながら、ゆっくりと床に立たせて。

「は、はいっ?」

「…………」
 しくしくしく
 ……ああっ、よく聞いたらすすり泣いてるし。
 忘れてたわけじゃないんだ、ただ頭の中からすこっと抜け落ちただけなんだ。

 ……ごめん先輩、俺が悪かった。

「マルチ、ちり紙交換レートを教えてくれ」

「あ、はいっ。『脱ぎ立て靴下』が3枚、『脱ぎ立てぶらじゃあ』が5枚で、
『脱ぎ立てぱんてぃ』に至っては10枚となっておりますぅ」

 ……下着系しかないのかい。
 いやまぁ、別にそれはそれでいいんだけど。

「んじゃ、はい。釣りはいらん」

 ぽいっ。

「はぁい、お買い占めですねっ」

 ティッシュ箱を、そのままマルチに放り投げ。
 シーツの端から、俺もリヤカーの中に潜り込む。

「あうあうあうっ? あの、ごろごろしてくださるのではっ?」

「だから、延期だって」

 悪いな、マルチ。

「後でしっかりたっぷりサービスするからさっ」

 耳元でそう囁き、お詫び代わりに軽く口付け。
 不意打ち気味だったせいか、彼女は一瞬きょとんとしてたけど。

「は……はいっ! 了解しました、隊長殿ぉ〜っ♪」

 ぴっ!

「約束ですよっ☆」

 ぴょん、ぴょん、とたたんたんっ。

 ……ティッシュの箱抱えて踊る光景って、何だかとってもシュールだよな。






「さて、と……」

 部屋から出て行くマルチを見送りつつ、俺は気合いを入れ直し。
 ふ……待たせたな、先輩っ。

「せーんーぱーいーっ♪」

 もぞもぞもぞっ。

「…………」
 いらっしゃいませ
 シーツに透けた光、先輩の姿を映し出す。
 中に入ると、ふんわりしたいい香りが俺を包む。

 いつもの学校制服姿だったけど……その中身がいつもと違うことは、すでに
調査済みだぜ(爆)。

「先輩っ、話は聞いてたよな?」

「…………」
 はい、お買い上げありがとうございます
 こくこく。

 先輩は頷くと、座ったままでスカートの中に手を差し入れ。
 やはり目の前に俺がいるのは恥ずかしいのだろう、白いシーツの背景に頬の
赤みが映える。

「…………」
 ど、どうぞ
 ぱふん。

 ほんわりしたパンティが、待ち受けていた俺の手の上に落とされる。

 うむ、余分な装飾のない……しかし、素材は極上のシルク。
 うっすらピンク色な辺りが、控えめな先輩っぽいと思う。

「こっ、これ……もらってもいいの?」

「…………」
 ……はい、浩之さんになら
 おおっ! やったぁ!
 んじゃ早速……。

 ぺふ。

 ……と、素敵に生暖かい布に顔を埋めてみたけれど。
 先輩の視線が気になり、やっぱりちょっと中止した。

「……先輩、困ってる?」

「…………」
 はい、かなり
 こく。

 うむぅ、やはり本人の目の前ってのはマズいか。
 こういうのは、体温が残ってるうちが華なのに。

「んじゃ、これは後で楽しむとして……」

 ぎゅうとポケットにそれを突っ込み、先輩と正面から向き合う。
 やっぱり、ギブ・アンド・テイクでもないけど……もらったら、お返しする
のが基本だよな。

「ねぇ先輩。いいもんもらったお礼に、何か欲しいものでもない?」

「…………」
 欲しいもの……
「そうそう。遠慮しないでいいからさ」

 先輩は、虚空に視線を走らせて。
 数秒の思案の後、ゆっくりと口を開く。

「…………」
 浩之さんの、温もりが欲しいです
「……そんなもんでいいの? もっとこう、カタチのあるものでもいいけど」

 ふるふるふるっ。

「…………」
 それが、いいんです
 ぽふん。

 ゆっくりと倒れ込んで来た先輩。
 俺はそっと抱き止めて、そして抱きしめて。

「ん、わかった」

 ぎゅっ。






 シーツの下は、昼間であれど薄明かり。
 ぴったり密着していると、先輩の身体の……下着を着けてない柔らかさが、
ダイレクトに伝わって来るけど。

「…………」
 んー……
 すりすりっ……。

 時々、頬をすり付けて来る先輩。
 時々、ほうっと吐息をもらす先輩。

 彼女は幸せそうで、気持ちよさそうで。

 そんな彼女の髪に顔を埋め、俺も同じく心地よい香りを楽しんで。
 シャンプーや石鹸だけじゃなく、何て言うか……先輩の、優し気な香り。

「先輩ってさ、いい香りがする」

「…………」
 ……浩之さんの香りも、素敵ですよ
 俺の腕の中でとろろんと目を細めている先輩を見ていると……もうしばらく、
邪な俺には引っ込んでいてもらおう……そう、思うのだった。






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