へなちょこセリオものがたり・番外編

「彼女のキモチ」








 なでなでっ。

「浩之さぁん、もう少し右ですぅ」

「ん? この辺かぁ?」

 なでなでなで。

「はーい、その辺がとても心地よいのですう」

 今日も今日とて、なでなで道を極めんと精進努力している俺。
 セリオは定期メンテナンスとかで、朝も早くから里帰り中。
 というわけで、ずーっとマルチ放題な俺だったりするのだよ。

 さわわっ。

「あっ……んっ、さわさわは駄目なのですぅ〜」

 ……てな感じで、ソファーでマルチとじゃれ合っている時。
 玄関の方から、控え目に俺を呼ぶ声が聞こえた。

「あの、浩之さん……」

「……お?」

 ぺいっ……ぼふっ!

 俺はマルチをソファーに投げ捨て、声の主……セリオの元へ向かう。

「あうあうっ……まるで飲み終わった空き缶をポイ捨てするかのような仕打ち、
私の繊細なはーとがとっても傷付いたのですぅ!」

 繊細にしては、随分と饒舌なハートなのな。

「違う違う、誤解だって」

「たったの5回じゃ足りないのですぅ――――っ!」

 マルチ、そりゃ完全に誤解だって。

 だだだだだっ!

 ソファーから立ち上って、マルチは俺にタックルをかまして来る。
 それを難なく片手で受け止め、軽く肩に担ぎ上げる俺。

 ……ひょいっ。

「うきゃっ、メイドロボさらいですっ!」

「セリオが帰って来たんだってばよ、迎えに出るぞぅ」

 ったく、人聞きの悪い。

「あっ、は――――いっ☆」

 途端に大人しくなったマルチのお尻をぺちぺち、さわさわ。
 とたとたっと、玄関に向かう俺なのだった。






「……遅くなりました、浩之さん」

「おう、お帰り」

 帰るなり、ぽふっと来るかと思っていたが。
 何か丸くて細長い筒を持ったセリオは、その場に佇んだまま。

「……お? その筒、一体何だ?」

 肩からマルチを下ろしながら、俺はセリオに問う。
 俺に見えるように持っているということは、俺に聞いて欲しいということで
あろう。
 いや、むしろ聞かずばなるまい。

「その……これを用意しておりましたら、予定よりも時間がかかってしまった
もので……」

 だから、何よ。

「本日、巷では『バレンタインデイ』なる風習があると伺いまして」

 しゅるしゅる、かぽっ。

 セリオが、ゆっくりとその筒を開ける。
 その中からは……黒い色した、薔薇の花が1輪。

「……お?」

「さ、どうぞ……」

 うやうやしく、その黒薔薇を差し出すセリオ。
 彼女のしなやかな指が支え持つそれは、精巧に作られたチョコレートの華。

「お、おう……」

 俺が触れたら折れてしまいそうな茎、しっかりトゲまで再現されていて。
 そっとそれを受け取った俺は、何とも妙な気分になりながらセリオを見る。

「……セリオ、さんきゅな」

「いえ、どういたしまして」

 安心したのか、嬉しいのか。
 にこっと微笑んだ彼女の瞳は、優しく輝いていた。

「うっ、うにゅううう! 2人っきりでとってもい――――感じになってちゃ
嫌なのですーぅ!」

 うぉ、暴れるなマルチ。
 折角のチョコが壊れちまうぜ……な、セリオ。

「がっ、がびーんっ! 浩之さんの目が、既にセリオさんロックオン状態なの
ですぅ!」

 マルチの言う通り、俺はセリオだけを見つめていて。
 そして、セリオも俺だけをみつめていて。

「うぐっ、うにゅぅぅぅ……チョコですねっ!? 浩之さんは食いしん坊万歳
なんですねっ!?」

 ばたばたばた……。

「私も食べ物で浩之さんを釣るのですぅ〜!」

「…………」

 マルチ、それは思考の方向性が違うぞ。






「……それはそれとして」

 ま、おやつ箱から適当に板チョコでも持って来るんだろ。

「んじゃセリオ、早速いただくぜ」

 色さえチョコ色でなければ、本物の薔薇とも勘違いしてしまうだろう。
 そこまで精巧な細工を施したセリオの気持ち、ありがたくいただくので候。

 あーん……。

「あっ」

「あ?」

 セリオの声に、大きく口を開けたまま止まる俺。
 チョコ薔薇が、口の中に入る寸前で。

「一生懸命作りましたのに、もう食べてしまわれるのですかっ!?」

 ……はい?

「そんな……私、何の為に一生懸命細工を施したのか……」

 何の為なのよ、マジで。

「いや……ほら、チョコだし。食わないでどうするよ?」

「で、ですが……折角ですから、もう少し鑑賞していただきたいと……」

 だだだだっ!

「ひっろゆっきさ――――んっ! 私はチョコチョコ板チョコなのですぅ♪」

 だだっ、ぱふーんっ☆

「お、おいっ!?」

 不意に走り込んで来たマルチに、背後から飛び付かれ。
 さすがにバランスを崩した俺は、目の前のセリオに向かって倒れ込みそうに
なって。

「あっ」

「あ」

「ふにゅ?」

 セリオも予想していなかったのか、ぽかんと口を開けたままで。
 俺が手に持つチョコの薔薇は、丁度セリオの口に……。

 ……ぱくん。

「あー……」

「ふみゅぅ〜?」

「…………」

 もぐもぐ……。






 ……で。
 セリオはその日、ずーっと部屋ですすり泣いていたのだった。






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