へなちょこ綾香ものがたり・番外編

「たまにはこんなバレンタイン」








「ねぇ、浩之ぃ」

「あ?」

 別に何をするでもなく、ベッドの上でごろごろ体操をしていた俺。
 そんな時綾香が、後ろ手に何か隠し持って現れたのだった。

「あのね、今日は何の日だか知ってるぅ?」

 知ってるも何も……今日は、バレンタ……。
 いや、男の俺の口から言うのも何だし。

「そうか……おめでとう綾香、そういや今日はお前の誕生日だな」

「違うわよっ」

「うむ、知ってるぞ」

 やや怒り気味の声と共に、俺の頭に何かが当たった感触。
 ……だが予想外にもそれは、綾香の拳やカカトではなくて。

 ぽこん。

「……はい、チョコレート。買った物で悪いけどね」

「気にすんな。男は誰からもらったか、って方を重要視するからな」

「何だぁ、もっと安いのにしとけばよかったなー」

 まぁまぁそう言わずに。
 っと……ウィスキーボンボンか、如何にも綾香なチョイスだぜ。

「何よ、にやにやしちゃってさぁ……素直にお礼言いなさいっ」

 おう。
 俺は言うぞ、マジで嬉しかったからな。

「ありがとうございます綾香様」

「こっ、心がこもってなーいっ!」

 ぶんぶんと、死を呼ぶ拳を可愛らしく振り回す綾香。
 アレに当たったら、よくて骨折。悪ければ……おおう、ぶるぶる。
 自分が全身凶器だってことを自覚しろよなぁ。

 ……と、俺は必死にそれを避けながらチョコの包み紙を剥いで。

 ぱくっ、こりっ……。

「んー……なかなか美味いじゃん、これ」

 も1つ、ぱくっと。

「あ、やっぱり? 私にもちょーだいっ」

 ごそそっ。

 おいおい、そんなにごっそり取るなって。

「本当、さすがセバスチャンの選んだ品物だわ」

 おいおい、あの執事の爺さんに買わせたのかい。
 この時期にこんなモノ買わされるとは、さすがの爺さんもさぞや情けないと
思ったことだろうよ……ざまぁみれってんだ。

「あー、何だか私酔っちゃったみたい」

 嘘こけ。

 綾香は故意にか、Tシャツの胸元をぱたぱたさせる。
 ついついそこを除き込んでしまった俺は、その中で揺れる2つの白いモノに
目を奪われてしまい。

「……浩之ってば、ドコ見てるのぉ?」

「あ、いや……別に」

 のーぶら、ふるふる。
 俺が慌てて視線を外すと、綾香はぱふっと俺の傍に横になって。

「うふふ……私を酔わせた上に、変なトコ覗いて……一体私をどうするつもり
なのかしら?」

 酔ったのは綾香の勝手、見せたのも綾香の勝手。
 つーか……ウィスキーボンボンで酔うか、普通?

「ねー……浩之、本当は少しアツくなって来ちゃったんでしょ?」

 妖艶に微笑みながら、ぐいっと肢体を押し付けて来る彼女。
 当然、その胸の膨らみやらふとももやらがぎゅぅっと……。

「あ、ああ……」

 わ……わかった! こいつ、今日はかなりその気なんだっ!
 ようし、そういうコトなら俺だってその気になってやるぅ!

「あっ、綾香っ……!」

 がばっ。

「あ……思い出した、ごっめーん☆ 今日は駄目な日なのぉ♪」

 覆い被さっていた俺の下から、するっと軽やかに抜け出す綾香。
 その仕草は、何となく悪戯っぽくて。

「なっ、何ィ!?」

「あの日なの、『女の子の日』」

 む、むぅ……それはそれで当方一切構わないが。
 ……場所は風呂場がいいかなぁ。

「というわけで、今日の続きはまた後日にねっ♪」

 ちゅっ☆

 綾香は俺の額に軽く口付け、そのまま部屋を後にする。
 呆気にとられた俺は、彼女を追うことも出来ないままでいて。

 たたたたた……。 

「…………」

 ……それが本当だったのかは、綾香ならぬ身の俺にはわからないこと。
 やり場のない怒りっつーかアレっつーかナニっつーか、色々持て余しつつ。
 何とか一言だけ、喉の奥から搾り出したのだった。

「……くそう、ハメられたぁ」






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