へなちょこ芹香ものがたり

その4「魔女の名称」








「浩之さん〜、もう朝ですよぉ〜」

「おー……もう少しだけ、な」

 ぬくぬくぬく。

 布団の温もりって、離れ難いものがあるよなぁ〜。
 ましてや、この辺がこう……ふにぷにっとしてると、尚更……。

 ……ふにぷに?

「…………」
 やんっ
「あ、先輩」

 そうか、道理で気持ちいいと思ったぜ。

「先輩も、布団ぬくぬく派?」

「…………」
 ええ、浩之さんもそうみたいですね
 こくこく。

 やったらでかいベッドの上、少し離れていたんだけど。

 もぞもぞ……。

「お、一緒にぬくぬくする?」

「…………」
 というかむしろ、ぬくぬくします
 こくこく。

「んじゃ、はい」

 だきっ。

「…………(ぽっ)」
 浩之さんの腕の中って……暖かいです……
 おー……柔らか暖か。
 先輩、さいこー。






「…………」
 ところで浩之さん
「ん? どしたの、急に」

「…………」
 どうして私のことは『先輩』と呼ぶんですか?
 んー……やっぱ先輩は先輩だからなぁ。
 だから先輩を先輩と呼ぶのは仕方のないことで。

「…………」
 芹香、って名前で呼んでください
「うっ……何かさ、照れるんだよなぁ」

「…………」
 他人行儀で寂しいです
 じーっと、俺を見つめて。
 ちょっとすねたように、目を伏せて。

「わかったよぅ……んじゃ、2人きりの時だけ『芹香さん』って呼んでもいい
かな?」

「…………」
 呼び付けにしてください
 んー……『さん』はいらない、って言ってもなぁ。
 あ、そうだ。

「んじゃさ、先輩も俺のこと『さん』なしで呼んでよ」

 うん、それならばっちし対等な条件だ。

「…………」
 わかりました、浩之さん
「駄目だって、最後に『さん』付けちゃ」

「…………」
 ……浩之
「そうそう」

 こくこく。

「…………」
 浩之
「何だい、芹香」

「…………(ぽっ)」
 何だか、どきどきしますね
 う、うむ。
 激烈に恥ずかしいものがあるな。

「せーりかっ」

「…………」
 ひーろゆきっ
 俺がそう呼ぶ度に、くすぐったそうに喜ぶ先輩。
 っていうか、俺も同じ表情してたりするんだろうか。






 何度か名前を意味もなく呼び合い、お互いに照れも最高潮に達しようとして
いた頃。

 ぱたたたたた……。

「浩之さん、芹香さんっ! お味噌汁が冷めちゃいますぅ〜」

「あー、わかったよ……今行くから」

 むぅ、ご飯食べてからまたごろごろしようか。

「先輩、行こうか」

「…………」
 そんな名前の人、知らないです
 ぷいっ。

「ああっ、ごめんごめん……芹香、行こうか」

「…………(ぽっ)」
 ええ、浩之
 こくん。

 ああっ、もう……こっ恥ずかしい〜っ!

「先輩……やっぱり、ベッドの中だけにしない?」

「…………」
 どうしてですか?
「何かこう、恥ずかしすぎてさ……でも、ベッドの中でだったら平気だと思う
からさ。2人だけの秘密ってことで」

「…………」
 ……仕方ないですね
 こくん。

「ご飯食べたら、もう少しごろごろする?」

「…………」
 勿論そのつもりです
 こくこくこくっ。

「んじゃ、その時にまた『芹香』って呼んであげるね」

「…………」
 是非ともよろしくお願いします
 こくこく。

 うんうん、喜んでくれると俺も嬉しいぜ。

「さ、そうと決まれば早く飯を食っちゃおう」

 ぎゅっ。

 俺は先輩の柔らかい手を握り。
 起き抜けでふらふらしている先輩を支えつつ、階下へ向かうのだった。






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