へなちょこ綾香ものがたり

その6「頼もぉ」








「浩之、組み手するわよ」

「……あぁ?!」

 無茶なことを言う。
 俺なんかに、綾香の相手をしろって言うのか?

「……ほらよ」

 俺は何も気付かないフリで、肘をぐいっと曲げて綾香に差し出し。

「……きゃーん! 嬉し恥ずかしっ♪」

 ぽふっ。

「……って、腕組みたいわけじゃないのよっ!」

「じゃ、離れろっての」

 腕に触れてる、綾香の胸の感触は嬉しいのだが。

「折角だから、このまま庭まで行きましょ?」

「はいはい……俺に断る余地はないわけね……」






「お手柔らかに頼むぜ……」

「大丈夫、手は抜いてあげるから」

 そんなこと言っても。
 俺も多少は格闘技の修練を始めたとはいえ、所詮素人の付け焼き刃。
 週に1・2回練習してる程度の俺が、それこそ毎日鍛練を重ねている達人に
敵うはずもない。

「さ……どっからでもかかってらっしゃい」

「ま、やるからには本気で行かせてもらうぜ」






 とりあえず、様子見でジャブでも打っておくか?
 まさか、カウンター一撃で俺を沈めるつもりもあるまい。

 とん、とん、ととん、とん……。

 軽くステップしてリズムを取りながら。
 時折そのリズムを変則させ、綾香に動きを読まれまいとしてみるが。

 ととん、とん、とっとっとん……。

 俺の考えなんて、バレバレなんだろうなぁ……。

「ふっ!」

 一瞬呼吸を止め、踏み込む。
 当たることはないだろうが、一応寸止めのつもりで綾香の顔に右突きを打ち
込んでみる。

 ぶんっ!

「……甘いっ!」

 綾香は小さくそう叫ぶと、スカートを翻しながら素早く身をひねって屈み。
 あれよと見ている間に、逆立ちの要領か……すらりとした両足が、俺の顔面
めがけて迫って来た。

 うわ……コレ食らったら痛そう……。

 俺はすでに身体を退くことが出来る体勢でもなく。
 ただ、空いてる左腕でガードっぽい真似をするくらいしか出来なかった。






 がしっ。

「……おおっ?!」

「うりゃっ!」

 てっきり顎を蹴り抜かれると思っていた俺。
 だが予想に反して、綾香の両足は俺の首根っこをがっちり押え込んで。

 ぶわっ!

「うおおおおっ!」

 俺の踏み込んだ勢いをそのまま利用し、足で俺の首を引っこ抜くように投げ
飛ばす綾香。

 どむっ!

「ごふっ!」

 世界が回転し、俺は背中から地面に叩き付けられた。
 衝撃で一瞬呼吸が止まり、酸素を求めて喘ぐ俺。

 ……ふと、視界が薄暗いのに気付いた。

「もう……駄目よ、手を抜くつもりでやってたら」

「げほっ、げほっ……そんなこと言ってもなぁ」

 当たる当たらないは別にして、女の子を本気で殴れるわけがないじゃないか。

「駄目ね、こんなんじゃ……一から鍛え直しだわ」

 むぅ……綾香の目から見れば、確かに俺なんぞは大したことはないだろうが。
 こうして面と向かって言われると、少し傷付くぜ。

「どうでもいいけど、年頃の女の子が男の頭の上に仁王立ちするもんじゃない
と思うぞ……」

 俺の頭の両脇に、綾香の足先が置かれている。
 その状態で上を見上げると、当然……。

 俺的には、痛い思いをしたのが報われた気分だが。

「細かいことは気にしないの……さて、何から教えようかしら……?」

 格闘をやっているというのが信じられないような、綺麗なほっそりした指を
顎に当てて思案顔。
 やがて、何かを思い付くと。

「そうね、折角浩之も転がってることだし……」

 綾香は寝ている俺の横に回り込むと、俺の腹の上に腰を下ろす。

 ぼふっ!

「ぐえっ!」

「失礼ね……そんなに重くはないつもりだけど?」

 い、勢い付けて座ることないだろ……。

「さぁ、これが有名なマウント・ポジションよ。実戦でこの体勢になったら、
余程腕に差がない限りは負け確定」

 とか言いながら、単に座っているだけの綾香。
 ……女の子に馬乗りされるって、何か嬉しい……(爆)。

「このまま顔をぼこぼこ殴られたら、屈強な男でも終わり。マウントからタコ
殴りってのが、実は必勝パターンね」

 アルティメット何とか、ってやつか。
 すっげぇ痛そうだよな、アレ。

「さ、次はいかにマウントから抜け出すのが難しいかを……浩之、何とかして
私から逃げてご覧なさい」

「何とかって言ってもなぁ……」

 俺が身体を動かすと、綾香は微妙に重心をずらして。
 持ち上げようとしても、身体を回転させようとしても。
 確かに綾香の言う通り、抜け出すことは無理っぽい。

「……駄目だ、こりゃ」

 体重がどうこうじゃなくて、きっと押え込むポイントがあるんだろうな。

「でしょ? ……ま、今日はこれで終わりにしとこうかしら」

「は、早いな」

 とはいえ、これ以上痛い思いをしなくて済んだのに安堵する俺。

「……どいてくれよ」

「何とかして、どけてみなさいよ」

「手は考えてあるけど……庭じゃ、何だし」

「じゃ、家の中でね(ぽっ)」
 











 何故か(笑)俺のベッドの上で、俺に馬乗りになる綾香。

「さぁ、どうぞ」

「……うりゃ」

「きゃん♪」

 ……思った通り、すぐにマウント・ポジションから抜けることが出来た。
 って、ナニをどうしたかは秘密(爆)。

「も、もう……浩之のえっちぃ」

「はっはっは、どうだ」

「えい、お返しぃ♪」

「はぅあ?!」

 こ、このぉ……。

「手加減しないぜ……覚悟しろよっ!」

 ……とか何とか。
 今日は練習だの何だのは忘れて、いちゃいちゃするのに専念してしまったの
だった。






 ……今日は、こんな一幕もあった。

「……まうんとぽじしょん」

「ばっ、馬鹿……してる最中に変なコト言うな」

「ふふふっ」
 騎上位か?(爆)
 ったく、もう。






<……続かないのよ>
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