へなちょこ綾香ものがたり

その8「綾香嬢夢日記」








「ねぇねぇ、姉さんからこんなものを貰ったんだけど」

「……何、コレ?」

 綾香が嬉しそうに持ってきたものは、単なる日記帳に見えた。

「ふふふ……私もね、日記を付けることにしたの」

「ほう、感心なことだ」

 俺も昔、日記を付けようとしたことはあった。
 が、3日ともたずに止めた。

 理由は……内容が単なるその日の食事の献立記録でしかないことに、2日目
でやっと気付いたことによる。
 それはそれでいいのかもしれないが。

「タイトルはね、『綾香と浩之の愛のメモリー』……素敵でしょ?」

 日記にタイトルって付けるもんなのか?

「ノーコメントだ」

「……ふん、だ。そっちがそういう態度なら、こっちにも考えがありますよー」

 綾香はいじけた口調でシャープペンを取り出し、早速日記に何事か書き込み。

「ん……浩之にいぢめられる。ちょっと悔しかったけど、これも浩之の私への
愛情のカタチだから許しちゃう」

「やだ、読まないでよ」

 はっはっは、読まれてこその日記だと思うぞ。
 一生読まれないのであれば、何の為に日記を付けるのやら。

「……何か、復讐ノートみたいだな」

 嫌な目、痛い目に遭わされた相手・場所・日時・内容を克明に記録し、相手
にいつの日か復讐することを誓うという……そんなことする元気があったら、
もっと別の手を考えろっての。

「惜しい、ちょっとだけ違うわね」

 ……惜しい?

「えーっと、今日は何をどうしても・ら・お・う・か・なー?」

 くるくると指でシャープペンを回しながら、綾香は。
 悪戯っぽい目付きで俺を見て、何やら思い付いて。

「…………」

 すらすらすらっ。

「何々……いぢめたお詫びに浩之が優しく抱いてくれたぁ? 何度失神しても
放してくれなかったけど、とっても気持ちよくて幸せだったぁ……?」

 い、一体ナニを書いてるんだこいつは。

「とまぁ、そういうワケ……それじゃ、よろしくっ!」

 ぱたん!

「な、何がそういう……あ、あれっ?!」

 綾香が日記を閉じた途端、俺の身体は俺の支配を離れた。
 言うなれば、何者かが勝手に俺の身体を動かしている感じだった。

「うふふっ……浩之、好きよっ♪」

 いや、好きなのは俺も一緒なんだけど……この状況は一体?
 とか考えてる間にも、俺の手は勝手に綾香の服を脱がしにかかっていて。

「やん……浩之ったら、せっかちなんだから……」

「…………」

 言葉すら自由に発することの出来ない俺。
 視線の方向すらも決められていて、最早俺の自由になる部位はなかった。

「あ……そうそう、忘れてたけど……この日記帳ね、『ドリ何たら』っていう
んだって。書いたことが現実になるっていう話だったケド」
 ドリムノート……ドリルじゃないよ(笑)。
 ……それのどこが日記やねん。
 っていうか俺、綾香が何度も失神するまでこのままか?!

 そんなの嫌だぞ、どうせなら俺の意思で綾香を……。
 くそっ、止まれ俺の手! 俺は靴下は残すタイプなんだぁぁぁ!

「…………」

 俺の必死の心の叫びも空しく、綾香のソックスは両方とも脱がされて。
 ソックスの足首のとこで引っかけておくのが好きだった綾香のパンティも、
するりと脱がされてしまい。

「ね……今日は、足腰立たなくなるまでしてね……♪」

 誰に向かって言っているのか。
 俺の意思とは無関係なことを知っていながら、そんなことを……。

 くそっ……いつもお前、終わったら膝までがくがくしてるじゃないかよぅ!

「ね、キスして……」

「…………」

 ちゅっ……。

 まるでその手のビデオでも見ているかのように、全てが勝手に動く。
 ただ1つ違うのは、感覚自体は生で俺も感じているということ。

「んっ……ぁはっ……相変わらず、上手……」

 俺の腕は、優しく綾香を抱き上げて。
 そのまま、俺の部屋へと移動して行くのであった……。












「ねぇ浩之ぃ、悪かったってばぁ〜」

「……俺の意思なんて、どうせこの程度にしか思われてないのさ」

 綾香が大満足のうちにコトは終わり。
 しばらくして綾香が目覚めると、ベッドの片隅で壁を突付いている俺がいた。

 いや、俺も気持ちよかったのはよかったんだけど……『満足』なんて、到底
出来ていなかった。

「ああっ、そんな……壁に涙で『の』の字なんか書かないでぇ〜」

「情けない奴だと、笑わば笑え……」

 自嘲が多分に入っている俺の言葉を、綾香の声が遮って。

「ねっ、お詫びに……浩之にもコレ、1冊あげるからっ!」

「……マジ?」

 綾香はベッドの傍から、バッグを引き寄せる。
 その中から、綾香のものと寸分違わぬノートが取り出された。

「マジよ……だから、浩之も私のこと……好きにしていいのよ?」

 そのノートを俺に手渡そうとする綾香の手は、震えていた。
 何をされるか不安になっているのかとも思ったが、どうやら違うようで。

 ……そう、違う意味で恐れを感じているのだろう。
 多分、さっきの俺と同じ気分なんじゃないかな。

「ありがたく受け取っておくぜ」

 ぱしぃ!

「あ……」

「さて……綾香、好きにしていいって言ったよな……?」

「う、うん」

 俺はその返事に頷くと、受け取ったノートを机の上に放り投げ。

 ……ばさっ。

「……えっ?」

「さぁ、綾香……愉しもうぜ?」

 ちゅっ☆

 俺はにっこり笑うと、今度は自分の意思で綾香に口付けして。
 一瞬、何が起こったのか理解してない綾香。

「浩之……?」

 でも、やっとわかったのか。
 すぐに、眩しい笑顔を俺に向けて。

「うんっ♪」






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