へなちょこ綾香ものがたり

その11「夏の一幕」








「みんな、乗ってるかーい!?」

「「「おいーっす!」」」

「…………」

「そうか! じゃぁ今日は弾けろ! いやむしろはっちゃけろ!」

「「「いえ――――っ!」」」

「…………」

 妙なノリの俺達。
 それもそのはず、今日は来栖川のプライベート・ビーチで海水浴。

 この暑い中必死に市民プールで泳いでいるみんなには悪いが、これも役得?
ってことで俺達だけで楽しませてもらうことにした。
 で、開会式ってわけだ。

「準備運動しろよ! マルチとセリオは浮き輪忘れるなよ! 先輩は遠く行く
と声が聞こえなくなるから近場にいてくれ! 綾香はどうでもいい!」

「ちょっとぉ、仮にも女の子に向かって『どうでもいい』はないでしょぉ?」

「いや何、この中で1番運動能力高いのお前だし」

「だからって、か弱い美少女にそんなこと言うかなこの口はこの口わぁ」

 ぎゅいむ。

「あばばばばば」

 そんなに口引っ張ったら裂ける。いやマジ裂けるって。
 俺は慌てて綾香の肩を2回叩いてギブアップの意思を示した。

「痛ててて……俺が悪かった。綾香もとりあえず気を付けてくれ」

「ったく……最初からそう言っていればいいのに」

 ぺろっ。

 俺の口を引き裂かんとした時その中に入れた指を、さり気なく舐める綾香。
 ったく……可愛いんだか怖いんだかわかんねぇぜ。

「よーし、んじゃ散開! 昼飯の時は笛吹くから集まってくれよー」

「「「うぉんちゅ――――!」」」

「…………」

 うむ、みんなの返事も打ち合わせ通りだ。
 とりあえずこの分だったら事故もないだろう。

「うし、んじゃ俺は甲羅干しと……」

 先に用意した大きなシートの上に横になる俺。
 マルチとセリオは我先にと海へ入り、水かけ遊びを始めていた。浮き輪付き。
 先輩はと言うと……焼けた砂の上をぴょんぴょん跳ねながら、波打ち際まで
何とか辿り着いたようだ。

 で、綾香だ。

「お前は泳がないのか?」

 何となく嫌な予感がした俺は、すっくと立ち上がる。

「浩之も泳がないの?」

 何かを後ろ手に隠しながら、猫笑いしつつ俺に近寄って来る綾香。
 当然警戒した俺は、西瓜割り用に用意した粉砕バットで間合いを取りつつも
じりじりと後退る。

「何で逃げるの?」

 じりじり。

「何をしようとしている?」

 じりじり。

 遂に足元はシートから焼けた砂浜になり、足の裏に灼熱を感じる。
 これなら目玉焼きくらい焼けるかもしれない。

「やぁねぇ、悪いことじゃないからこっち来なさいよっ♪」

「お前の『いいこと』は信用ならないからなぁ」

 とは言いつつも、そこまで言うのならばと粉砕バットを捨てる俺。
 大人しくシートの上まで戻ると、綾香は背中に隠していたものを差し出した。

「じゃーん♪」

「……何だ、サンオイルか」

 下手に警戒して損した。

「そうそう、折角塗ってあげようと思ったのに……」

「悪い悪い」

「ううっ、オトメゴコロは傷付いたわっ」

 さめざめ。

「嘘泣きはいいから塗るなら塗ってくれ」

「何よう、つまんないわねぇ」

 とか言いながら、きゅぽっとサンオイルの蓋を開ける綾香。
 ぺっぺっと軽く手にオイルを取ると、ぺたぺたと背中になすり付ける。

 ぺたぺた……。

「ねぇ、浩之」

「ん?」

「あんた、実は泳げないんでしょ」

 びくぅ。

「い、いやそんなことはないぞ」

「あー、今びくってしたぁ♪」

「いや、ちゃんと泳げるぞ」

 スポーツ万能(自称)たる俺には、苦手な種目などないのだ。

「へー……んじゃ、ちょっと泳いで見せてくれない?」

 んふふ、と意地の悪そうな笑みを浮かべて綾香が言う。

「いやお前は見たことないだろうけどな、常人並には泳げるぞ? 綾香みたい
に大笑いしながらバタフライで泳いだりはしないけどな」

 べちっ。

「痛ぇ」

「私は大笑いしながら泳いだりしないわよ。その姿は華麗でまるで人魚のよう
だと言われていて……」

「んじゃ泳げよ、人外生物」

 人魚イコール半魚人。
 知らなかったぜ、綾香がまさかモンストラムだったとわ。

「……そんなこと言って、惚れても知らないわよ?」

「ばーか、そんなわけねぇだろ」

「……むー」

 べち、べちっ。

 綾香はどこか不満そう。
 先程よりも、強く俺の背中を叩く。

「おいおい、勘違いするなよ……今更惚れたも何もねぇだろ?」

 俺を叩く手を受け止め、不意を突いて綾香を引き込む。
 かなり油断していたのだろう、綾香は簡単に俺の腕の中へと吸い込まれた。

「あ……」

「それともあれか、惚れ直すってのはあるかもな」

 ちゅ、と軽く口付けると。
 綾香はぽーっと真っ赤になって。

「そ……そう、それそれ。私が言いたかったのはそれなのでありますことよ」

 明らかなる動揺。
 綾香って、こっち方面ではかなーり弱いよなぁ。

「ところで綾香」

「ん……?」

「サンオイル塗り、続けてくれないか? このままで」

「う、うん……」

 綾香の身体からは、何故か力が抜け切っていて。
 俺にしなだれかかる彼女の手から、サンオイルの瓶を奪って。

「ほら、こうしてさ……」

 綾香の胸元に脚に、サンオイルをたっぷりと垂らす。
 そして、俺は全身をこすり付けるようにして身体を動かした。

「あっ……何かえっち……」

 綾香は頬を赤らめたまま……全身から力が抜けたままで、それでも少しづつ
身体を動かそうとする。
 綾香の滑らかな肌にサンオイルがローションのように馴染んで、素晴らしい
感触を俺に与えていた。

「そうそう、そんな感じで」

 ぬるぬると言うか、ねろねろと言うか。
 時折聞こえる、ぬちゃっと言う音が俺達の感覚を更に高めていた。

 が。

「浩之さんー! 浩之さーん!」

「すわ!?」

 マルチの慌てた声に、俺も慌てて身を起こす……と。

「きゃっ!」

 当然、上に乗っかっていた綾香は転げ落ちるわけで。

「いきなり何よー」

「悪い悪い……って、先輩が溺れてる――――!?」

 マルチはあわあわと、水面で暴れる先輩を指差していて。

「…………」

 セリオはと言うと、助けに行こうとして勢い余ったのか……逆さまになった
浮き輪からは、美麗な脚がにょきっと生えていた。

「……マルチのおとぼけー! セリオの間抜けー!」

 そう叫びながら、俺は先輩目指して海に飛び込んだ。






 その頃、砂浜で……綾香がぽつりと漏らした。

「何だ、ちゃんと泳げるのね……」

 そして、水着にねっとりと染み込んだサンオイルを見つめながら。

「浩之にオイル塗り直したら、私も溺れてみようかナ……」

 あぷあぷっと必死で浮かぼうとする芹香に向かって泳ぐ浩之を見つめながら、
姉を少し羨ましく思う綾香なのであった。






<……続かないのよ>
<戻る>