へなちょこ綾香ものがたり

その13「ねごしぇいたー」








「ねー、浩之ぃ」

「ん?」

「好き好きー♪」

 だきっ。

「おいおい、一体何だよ嬉しいなぁ」

 気持ちを隠せない自分が可愛いと思う。

「うふふ、たまには浩之にゆっくり甘えたいと思って」

 畜生、可愛いこと言うじゃねぇか。
 つーかいつもゆっくり甘えてるじゃねぇか。マルチやセリオを蹴飛ばして。

 とか考えていたら、綾香が鼻先で俺の喉元をくすぐる。
 綾香の香りが漂う中、あまりの心地よさに思わず彼女を抱きしめてしまう。

「あんっ♪」

 びくぅ。

「な、何だよ今日は……やけに可愛いじゃねぇか」

「やっぱりこういう感じの方が浩之は好き?」

 きゅっと俺の首を抱き、やはりすりすりと甘え倒して来て。
 こんな綾香もたまにはいいかなぁ……とか心が揺れる俺はまだまだ青春真っ
盛り。

「おう、決して嫌いではないけどいつもの綾香も元気で好きだなぁ」

「ふーん……オトコゴコロって複雑なのね」

「オトメゴコロ並に複雑なのさ」

 綾香の髪に顔を埋め、すーっとその匂いを吸い込む。
 何だか安心するような、ほっとするような……優しい気分になれた。

「時に綾香」

「なぁに?」

 ちょん、と上目で俺を見上げる綾香。
 猫口なのは綾香のチャームポイントだから、変えようと思っても変えられぬ
のであろう。

「可愛さは十分わかったけど……何かおねだりでもしたいんじゃないか?」

「あ、バレた?」

「そりゃバレるさ、伊達にいつも好き好きって言っているわけじゃないぞ」

「あ……何か嬉しいなー、そのセリフ」

 それはそれとして。

「で、何?」

「うん、明日は休みだし……デートして欲しいなーと思って」

 明日かぁ。
 特別な用事はないし、デートするったらマルチとセリオが駄々をこねて俺を
困らせるくらいかなぁ。

「みんなにはこのこと話してあるのか?」

「勿論よ、明日からローテーションを組むことで全会一致で可決」

 ああん、俺の知らないところで話が進んでるぅ。
 しばらく俺の休みはなしってことか。

「私は交渉役兼1番目ってわけ」

「なるほどなぁ」

「んで勿論夜の方も1番目」

「ああん」

 最早俺に人権はないのか?

「浩之ったら、そんな顔して……もしかして、嫌だった?」

「そんなことはないけどな、やはり家族会議的なことは俺も混ぜて話し合って
欲しいなぁと」

「あ、仲間外れにされちゃったのが寂しいんだー」

 うぬう、言うなよ自分でも情けないやら寂しいやらなんだから。

「うー、ノーコメント」

 そう言って、また綾香をぎゅっと抱きしめる。

「ふふっ」

 綾香は軽く微笑んで、俺に身を任せた。

「うん……ごめんね、今度から浩之も一緒に決めようね」

「ああ」

 何だか……大人しい綾香を抱きしめていると、妙な気分になるな。
 守りたいって言うか、儚げって言うか……普段の綾香からは想像も付かない
ような感じだが。

「とりあえず今回の件は了解した」

「よし、任務かんりょー♪」

 綾香、びしっとガッツポーズ。

「んでどこか行きたい場所とかあるか?」

 やると決めたからには、ちゃんと相手を満足させるべきであることよ。

「うん! えーっとねぇ……」

 一体今までどこに隠していたのか、目の前にずびしっと差し出されるデート
スポットのガイドブック。
 つーか俺が反対しないって確信してやがったな、こいつ。

「ここでしょ、ここも行きたいし……あ、ここも評判いいわよー」

 嬉しそうに次々と行きたい場所を示す綾香。
 だが俺は、自分の身体が着いて行けるか心配になってしまうのであった。






<……続かないのよ>
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