へなちょこあかりものがたり

その3 「私のはじめて」








 私は、浩之ちゃんの家の和室で荷物を広げていました。

 やっぱり、迷惑だったのかなぁ。突然押しかけてきちゃって。
 マルチちゃんは喜んでくれたけど、浩之ちゃん、あきれたみたいだったし。

 でも結局、勝手にしろって言いながら、荷物を運ぶのも手伝ってくれたし。
……どうなんだろう、浩之ちゃん、私のこと邪魔に思ったかな……。

 ううん、そんなことないよね。

 暗くなっちゃいそうな考えをそのへんで止めて。
 私は、荷物の中から使いなれたお鍋を取り出して、台所に向かった。


 小さいときから何度も来ている浩之ちゃんの家だもん、どこに何があるかは
浩之ちゃんより私のほうが判ってるぐらいだよ。
 ちょうど私が廊下に出たとき、台所のほうから声が聞こえてきたよ。

「ふぇぇ〜、おしょうゆさんはどこですか〜」

 マルチちゃん、がんばってるんだ。そういえば、浩之ちゃんに言ったよね。
マルチちゃんみたいなメイドロボが家にいたら楽しそうだって。
 私はちょっと早足になって。マルチちゃんが頑張ってる台所に入ったの。

 泣きそうになっているマルチちゃんの後ろから手を伸ばして、流しの下の
開きを開けて。奥の方に入っているしょうゆの一升ビンを取り出す。

「はい、マルチちゃん」

「あ、神岸さんありがとうです〜」

 ぐしっ。マルチちゃんがすすり上げながら、でもいっぱいの笑顔で、ビンを
受け取る。机の上にぽつんと置かれている卓上ビンの上にビンをかたむけて、
こぼさないように気をつけながらゆっくりとおしょうゆを入れていく。
 マルチちゃんのそんな様子を見ていて、小さかった頃のことを思い出した。



「おかぁさぁん、おさとうはどこ〜?」

「食器棚の上のほうにあるけど、あかりはまだ届かないわね。はい、これ」

「ありがと!」

 お母さんが渡してくれたお砂糖を受け取って、また流しに向かう。生まれて
初めてのお料理。クッキーを作るんだ、って大騒ぎして。あれ、浩之ちゃんの
お誕生日のときだったんだよね。「なんだよこれ」って言いながら、それでも
その形の崩れたクッキーを、浩之ちゃんはちゃんと食べてくれたんだもの。

 うふふ。

 最近は、私もお料理うまくなったけど、それもこれも浩之ちゃんにおいしい
料理を食べてもらいたいからなんだよ。
 ……でも、もしかして、浩之ちゃん、気付いてないのかも。



「ほへ? どうしたですかぁ?」

 気がついたら、マルチちゃんが私のほうを不思議そうに見てた。いけない、
いけない。

「ん、私も、マルチちゃんと一緒にお料理しようかと思って」

「うわぁ、ほんとですか〜? やるです〜」

 マルチちゃんがぴょんぴょんと飛び跳ねながら私の周りを回る。妹がいたら
きっとこんな感じなんだろうな。私は冷蔵庫の中をのぞいて、中身を確認する。
 あーあ、もう。浩之ちゃんったら、ふだんお料理してないね? 材料よりも
レトルトとかのほうが多いじゃない。もう、今日からはそうはいかないからね。
私も、マルチちゃんもいるんだから。ちゃんとしたものを食べてもらいます。

「……パスタ、と、サラダ……それからここにあるミートボール、かなぁ……」

「あうう、神岸さん、私にもできることないですかぁ〜」

「じゃ、マルチちゃんはこのミートボールをあっためて。袋から出さなくても
 いいからね」

「はいですぅ」

 マルチちゃんにミートボールを任せて、私はパスタをゆでて。おなべの中に
華が開いたみたいにパスタが広がるのを確認してから、レタスをざくざくっと
手で分けて、トマトときゅうりに包丁を入れて。ガラスの器に盛りつけると、
ちょうどパスタがゆで上がる時間。ざざっとざるに取り上げて、水で冷やして。
それから包丁で切れ目を入れて裏返しにしたパスタを、さっきのサラダの上に
丁寧に盛りつける。

 はい、パスタサラダの出来あがり!

 浩之ちゃん、一人暮らしだし。栄養がかたよるとよくないもんね。ううん、
もう一人暮らしじゃないよ。私も一緒に住むんだから。
 うん、一緒に住むんだよね。『夫婦みたい』って言われることあったけど、
これって、いわゆる、ね。同棲、なのかな。
 今まで浩之ちゃんに『好き』って言われたことないけど、たぶん、私たちは
付き合ってる、んだよね。だから、付き合ってる二人が一緒に住むんだもん、
これって同棲だよね。

 やっぱり、二人で……って、いうと……夜とか、もね。ほら、今日だって、
浩之ちゃんのご両親がいないわけだから、二人きりなんだし……。
 浩之ちゃんだって男の子だもん、我慢できなくなるかもしれないもんね。

 私の部屋に、浩之ちゃんがこっそりと忍んできて。浩之ちゃんが、私の体を
覆っている掛け布団をそっとまくって。そして、浩之ちゃんの腕が私の身体を
抱きしめてくる。広くて厚い胸板に、私の身体が吸い込まれそうになる。

 浩之ちゃんの大きな手が私の身体の上を慈しむように這い回って、少しずつ
私の身体の温度をあげていく。
 知らない間に。浩之ちゃんのやりやすいように、寝返りを打つみたいに私の
身体が向きを変える。
 私が動いたことで一瞬だけ躊躇した浩之ちゃんの手が、逆に大胆になって。
私のパジャマのボタンを一つずつそっと外して。
 最後の一つを外したとき、私の、あまり大きくないおっぱいが、ぽろん、と
弾むように転がりでた。

 浩之ちゃんが息をのむのが判る。浩之ちゃんも緊張してるんだ。

 がばっ。

 浩之ちゃんが、とつぜん私の胸に顔を埋めてきて、歯をたてないようにして
私の乳首に吸いついてくる。
 浩之ちゃんの舌が、私の乳首を舐める。ぺちょっ、ていう濡れた音がする。
それだけなのに、身体の中を電気が走ったみたいな、すごい快感。

「ふぁんっ……」

 私の口から、小さないやらしいため息が漏れる。ダメ、聞こえちゃうよ。

「ごめんな、あかり……俺、もう、我慢できない……」

 ううん、我慢しなくていいよ、浩之ちゃん。
 私だって、そういう関係になるのは嫌じゃないもの。

 ただの幼なじみから、恋人になるために。私は、ここに来てるんだもの。



「あうう〜、神岸さぁん〜〜。これからどうすればいいんですかぁ〜〜」

 あ、いけない、いけない。マルチちゃんが私を呼んでるよ。マルチちゃんの
声のするほうに顔をむけると、ぐつぐつと煮立った鍋の前に立って、ただただ
涙をこぼしているマルチちゃんがいた。

「あ! ごめん、マルチちゃん!」

 私はあわててコンロの火を止めて、菜ばしでミートボールの袋をつまみ取り、
さっきのサラダとは別のお皿に開けた。そしてあつあつのデミグラスソースを
ミートボールの上からかける。

「はい、できあがり。マルチちゃん、浩之ちゃん呼んできて」

「はいです〜。浩之さ〜ん、ご飯できたですよ〜」

 マルチちゃんが階段を上っていく足音を聞きながら、私はお皿をテーブルに
並べる。とはいっても、大皿2つだけだから。テーブルのまん中にお皿を二つ、
それからお茶わんと取り皿、それからお箸を並べて。

 あ、マルチちゃんは食べないよね。

 3つめのお皿を片付けていると、浩之ちゃんとマルチちゃんがダイニングに
入ってきたよ。

「お、うまそう。このサラダはあかりだな」

「え、どうしてわかったの?」

「パスタの切り方が独特だからな。こんなことするのはあかりぐらいだ」

「えへへ」

 ううん、そうじゃないよ、浩之ちゃん。それは、浩之ちゃんのためだから。
そんなちょっとしたことにも、手を抜きたくないの。浩之ちゃんに、楽しく、
おいしく食事してもらいたいから。

「んじゃ、いただきます」

「いただきます」

 マルチちゃんはにこにこしながら私たちのことを見つめてる。浩之ちゃんが
自分の作った料理を食べるのが嬉しいんだろう。それは、私もいっしょ。
 好きな人に、自分の心を込めた料理を食べてもらえるのは嬉しいし、その時
自分がそこにいれたら、それだけで幸せになれるんだもの。

「ごっそさん」

「おそまつさま」

「お、おそまつさまですっ!」

「うまかったぜ、さんきゅな、あかり、マルチ」

「うん」「はいですっ!」

 浩之ちゃんと、私と、マルチちゃんと。奇妙な同棲生活の幕が開きました。
普通だったら三角関係とかなるのかもしれないけど。でも、マルチちゃんは、
まるで私の妹みたいで。なんだか、三角関係って感じじゃない感じ。
 これからどうなるのかな。ずっと、ずっと一緒に暮らしていけたらいいな。




<へなあかり・本編に続く>
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