へなちょこあかりものがたり

その5 「おでこをごつん」








「まいったよなぁ」

 今日のお昼ご飯は、学食でした。いつもだったら、私がお弁当を作るんだけど。
今日は忘れちゃったから。
 ごめんね、浩之ちゃん。明日からは、ちゃんとお弁当を作ってあげるからね。

 で、今は、食休みをかねて、屋上に来ているのでした。
 二人きりで、ぼおっと雲を眺めながら。カフェオレの紙パックをそれぞれ持って。

 でも、さっきから、浩之ちゃんったらぼやきっぱなし。

 もちろん、ぼやきの内容は志保のこと。
 私も今朝から、えっと……もう10回ぐらいは聞かれてるよ。
 やっぱり、噂って、だんだんえすかれーとしてくるんだね。

『あかりぃ、もう藤田君とシちゃったって本当?』
『え、ううん、そんなことしてないよ』
『本当ぉ? もう、学校中その噂で持ち切りよ? けっこう二人とも隠れファンが
 多いんだから』
『えへへ……でも、ほんとに違うよ? また志保ちゃんニュースでしょ』
『あは、ま、そうなんだけどね。 なぁんだ、期待して損しちゃった』

 私もそうなんだから、浩之ちゃんも多分同じぐらい聞かれてると思う。
 ……けっこう、おおごとになっちゃってるのかも。

 私のところに聞きに来たのって、まだ2限目の始まる前だったんだよね。
 その時に、もう、『シちゃった』噂で持ち切りになってる、っていうんだもん。

 今はもうお昼休み。
 噂の中では、どうなってるのかな。

 もしかして、浩之ちゃんに私がSMされちゃってることになってたりして。
 毎晩毎晩、藤田家から女の子の泣き声がするとか。



「いやぁ……浩之ちゃん、もうやめてぇ……」

 荒縄で後ろ手に縛られた私は、ぼろぼろの制服でかろうじて恥ずかしいところを
隠しながら。懇願するようにそんな声をあげるの。
 そしたら、浩之ちゃんが、手に持った黒光りする乗馬鞭を弄びながら言う。

「……浩之ちゃん、だと? ご主人さまじゃないのか?」

 ヒュン。
 私の顔のすぐ横を通り過ぎる風切り音がして。
 私は、縛られた身体をさらにすくめて、かわそうとしながら。

「ああっ、ご、ごめんなさい、許して、浩之ちゃんんっ」

 ヒュン。
 また、鞭の音が鳴って。私の、わずかに残った服を切り裂く。

「ひぃっ!」

 ぼろ布だけをまとって床に転がっている私を、冷たい無表情で見下ろして。

「言ってみろ。ご主人さま、だ」
「あ……ああ……」

 暗い暗い地下室の中。じめっと湿った空気の中、ほとんど身体を隠すものもない
私はがたがたと震える。でも、これは寒いからじゃない。

「……どうした、言えないのか」
「ご、ご主人さま……許してください……」

 私が、動こうとしない口を動かしてそう言うと。ご主人さま……浩之ちゃんは、
素っ気ない、けれども、いつもの笑顔に戻って。

「……そうだ。言えるじゃないか」
「……は、はい……」

 恐怖で。不安で。雨に打たれた仔犬のように震えている私を、優しく抱きしめて。
そっと、唇を重ねてくる。

「んんっ……むぷぅ……ぷはぁ……」

 それは当然のこと。私が、その唇にすがり付くように舌を浩之ちゃんの口の中に
送り込むと、浩之ちゃんは、それを優しく包み込むように受け止めてくる。
 まだ戒められたままの私を、ごろん、と転がして。肩と膝だけで身体を支える、
四つんばいみたいな姿勢をとらせて。浩之ちゃんが、後ろから、なにも隠すものの
なくなっている、私の恥ずかしい所をじろじろと眺めて。

 やだよ、浩之ちゃん。そんなの、恥ずかしいよ。

 そして、浩之ちゃんが、私の真後ろにしゃがみこんで、私の恥ずかしい所に指を。
ちょっと痛いけど、それより、ずっとずっと気持ちいい、しびれるみたいな感じが
私の全身を走って。

「なんだ、もう濡れてるじゃないか」
「……ひぁっ……は、恥ずかしい……」

 浩之ちゃんの指が、私の入り口をくちゅくちゅとくすぐるみたいに刺激してくる。
私は、不自由な身体をできるだけ仰け反らせて、少しでもその快感から逃れようと、
そして同時に少しでもその快感を味わおうとする。
 浩之ちゃんの指が、私の中に潜り込んでくる。

「ふふ……絡みつくみたいにきつく締めつけてくるな。まるで食いちぎられそうだ」
「ひぁっ、そ、そんな……言わないで……言わないでください……いっ」

 じゅぷ、じゅぷっといやらしい音を立てて、浩之ちゃんの指が私の中を往復する。
……ううん、違う。いやらしい音を立てているのは、私のほう。

 私のアソコが、浩之ちゃんが欲しくて泣いてるの。
 浩之ちゃん、早く入れて、って。もう、じらさないで、って。
 アソコだけじゃなくて、頭も、もう、我慢できなくなって。

「ああっ……ご、ご主人さまぁ……お願いですぅっ……」

 思わず、私は、はしたないおねだりの言葉を……。



「なぁ、あかり」
「ふぁひ?」

 突然。
 浩之ちゃんが、カフェオレのパックにささったストローを指先で弾きながら
私のほうに向き直って。おもわず、ストローをくわえたままで答えちゃった。

 ごくん、って、口の中に残っていたカフェオレを飲みこんでから。

「……あ、えへへ、んっと、なに?」
「ぷっ……はは」

 浩之ちゃん、気が抜けたみたいに笑いながら。
 視線を、遠くに向けた。
 私も、浩之ちゃんと同じほうに目を向けて……遠くに広がる碧い山を眺める。

 突然。まるで独り言を言うみたいに。私の横で、浩之ちゃんが呟いた。

「例の噂のことだけどな」

 どくん。どくん。
 心臓が早鐘を打つみたいに速く、そして大きく鳴りはじめた。

 やだよ。やだよ、浩之ちゃん。
 そんな噂が気になるからって、私のこと遠ざけちゃやだよ。
 今までどおり、いっしょにいようよ。
 せっかく、勇気を振り絞って浩之ちゃんのところに行ったんだよ、私。

「……あかり。おまえ、どう思う?」
「……え……?」
「おまえが、もし、あの噂が広まるのが嫌なら、志保を殴ってでも止める。でも、
 そうじゃないなら、別にこのままにしておいてもいいからな」

 それって……それって、どういうこと、浩之ちゃん?
 単に、いつものことだから気にしないってこと? ……それとも……。

「……うん」
「うん、じゃわかんねーよ。どっちなんだよ」
「…………」

 こ、答えらんないよ、そんなこと……。

 私、答えるかわりに。浩之ちゃんに近づいて。
 ……こつん。

 おでこを、おでこに、ぶつけてた。

「……」
「……」

 二人とも、真っ赤になったけど。
 ふれあったおでこから、浩之ちゃんの熱さが伝わってきてたけど。

「……わ、私は……嫌じゃない……よ」

 恥ずかしがって唇の裏側に隠れようとする言葉を、むりやり引きだすようにして。
ようやく答えを返したとき、ちょうど昼休み終了の予鈴が鳴った。

「あ……おい、あかり! 戻るぞ!」
「う、うん!」

 浩之ちゃんの声にせきたてられて。私は、あわてて校舎の中へ続く扉をくぐった。
……もうちょっと、待っててくれてもいいのに。
 もう一言だけ、言いたかったのに。

 浩之ちゃんは、嫌? って、聞きたかったのに、ね。




<つづく>
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