へなちょこあかりものがたり

その6 「おさんぽ?」








 聞こう聞こうと思ってるまま時間だけが過ぎて。
 気がつけば、午後の授業も終わり。
 お掃除の時間は、浩之ちゃんはどっかに行っちゃうし。

 結局、聞けないままに時間だけが過ぎて、下校の時間。
 私は、独り、家路を……って、そうじゃなくて。今日は、浩之ちゃんと帰るの。
 私と浩之ちゃん、二人でスーパーに行ってお買い物。
 今日の夕飯は何にしようかな。

 ……って、これって、やっぱり、夫婦って思われてるかな。そうじゃなくても、
絶対に恋人とか、ど、同棲してるとか、思われてるよね。
 ふふ。なんだか、ちょっと誇らしい気分。
 私の旦那様はこんなに優しいんですよぉ、ってお知らせしたい気分だよね。

「なんだよあかり、気持ち悪い奴だな」
「あ、うん、えへへ」

 気持ち悪いとか言いながらも、浩之ちゃんはかごを持ってついてきてくれたの。
で、ひょいひょいひょいっとお夕飯の材料をレジに持っていって、代金を払って。

 で、それから家への帰り道。


 車道をはさんで反対側の歩道に、おばあさんが犬の散歩をしていたの。

「あー、犬だぁ」
「お? どこだよ」
「ほら、あそこ。おばあさんが犬の散歩してるでしょ?」
「あー……あ、あれか……確かに」

 頭のてっぺんに黄色いリボンを着けて、赤っぽい毛の色とよく似合ってる。
 ……黄色いリボンに赤い毛の色……
 それって、私とおんなじだよね……。

 ……やだ、なんか変なこと想像しちゃうよ……。


 ざーざーって降る雨の中、私は裸の上にレインコートだけを着てて。
 ときどき、背すじを伝って入ってくる雨がとても冷たく感じられて。

 くい、くいっ、と、首につながれた紐が引っ張られて、私は、思わずパシャンと
その場に倒れ込む。

「着いてこい、あかり」

 浩之ちゃんの冷たい声が、私の頭の上から投げかけられる。
 やだ、浩之ちゃん……そんなに引っ張ったら苦しいよ。
 私は……立つのも忘れて、そのまま四つんばいで浩之ちゃんの後をついていく。

 お気に入りの赤い、短いレインコートは、手をついた私の身体を隠してはくれず。
太股の上半分……もしかすると、お尻の……恥ずかしいところも、まる見えかも。

 私は、そんな恥ずかしい格好のままで、浩之ちゃんの後を追う。
 それは、苦しいからだけじゃない。

 ザーザーと降りしきる雨の中、他に歩いてる人の姿はなし。
 それが、唯一安心できること。
 ううん、それより何より、浩之ちゃん……ご主人さまといられることが、嬉しい。

 やがて、手が痛くなってきて。雨の中、冷えてきたのか、お腹も痛くなってきて。
そして、やがて、手の感覚がなくなって、その分以上にお腹が痛くなってきたころ、
ご主人さまが、私のほうを振り向くの。

「……そこに電柱があるだろう」
「……うん」

 いつもの浩之ちゃんの声。なのに、何だか冷たいのは雨のせい?

「犬が喋るかよ」

 それだけで殺せそうなぐらいに冷たい視線で私を睨みながら、吐き捨てるように
呟く浩之ちゃん。ああっ、ごめんなさい……ごめんなさい、ご主人さま。

「……く、くぅん、くぅん……」
「よしよし。そこで小便しろ」

 ご主人さまは、しゃがみこんで。私の頭を撫でながら、さらりと言った。

 え……。
 頭の中が真っ白になる。
 ご主人さまは、私が……お腹が痛いのを知ってたんだ。
 だから、こんなところで……お……おしっこ、させようと……。

「どうした? 小便するまで帰らねーぞ?」

 さばさばとしたいつもの調子で。
 さも、それが当たり前のことのように。
 ご主人さまは、そう言った。

「くぅん……」

 私に尻尾があったら、きっと、思い切り垂れてたと思う。
 けど、尻尾はないから……ただ、許しを乞うような声で鳴くことしかできなくて。
でも、また、冷たい視線で射貫かれて……私は、電柱のそばにしゃがみこむの。

「……くぅん……くぅん」

 ご主人さまの視線が、私のアソコに集中してるのがわかって。
 それだけで、少しずつ、じわじわと蜜が染み出してきて。ううん、そんなこと……
ないはずなのに。でも、やっぱり、恥ずかしいのに、濡れてきてる……。

「どうした? 手伝ってやろうか?」

 ご主人さまは、そんなことを言いながらしゃがみこんできて。
 私は、あわてて……電柱のそばでおしっこを……シャーッてほとばしらせるの。

「……ん……んん……」

 電柱の下で、熱い水が弾けて、湯気を立てる。
 恥ずかしい。誰も見ていないっていっても、外でおしっこしちゃうなんて。

 やがて、身体の中の水が全部出尽くしちゃうんじゃないかってぐらいに出ていた
おしっこが止まって、それから、ぶるぶるっと身体が小さく震えて。
 そんな私を、ご主人さまは思い切り抱きしめてくれて。

「よくやったな、あかり」

 あ……だめだよ、浩之ちゃん。私、雨でベトベトなんだから……。

 うふふ。
 でも、それって、けっこういいかも。



「おい、あかり、前、前!」

 え? あ……電柱。ここでおしっこするの? ……でも……今は晴れてるし……
それに……下校の途

 ごん。

「いた」

 えへへ、電柱に頭ぶつけちゃったよ。失敗、失敗。

「またかぁ? 最近、お前、変なこと考える度数上がってねえか?」
「あ……」

 あれれ。浩之ちゃんの顔がまともに見れないよ。
 なんでこんな変なこと考えちゃうんだろう。

「どうかしたか? 見せてみろ、おでこ」
「え……」

 浩之ちゃんが、私の前髪を手ぐしで左右に分けて、で、私の顔に顔を近づけて。
ひゃあ、浩之ちゃんの顔がこんなに近くにあるよぉ。
 で、でも、目を閉じてたら、ほとんどキス待ちだよね……それも恥ずかしいな。

 そんなことを考えてわたわたしている私を尻目に、浩之ちゃんはついっ、と顔を
遠ざけて、いつもの無愛想に戻って。

「なんともねーな」

 って。

 なんだか、とっても嬉しい出来事でした。




<つづく>
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