へなちょこあかりものがたり

その7 「夕飯のあと」








「ごっさん」

「お粗末さまでした……えへへ」

 満足そうな浩之ちゃんの顔を見てると、なんだか、それだけでいい気分。
 昨日と違って、ちゃんとしたお夕飯を作ってあげられたし。
 腕によりをかけて作ったんだもん、おいしくないはずはないよね。

 ぼーーっとテーブルについて食後のお茶を飲んで。その湯のみも空になった頃、
マルチちゃんがすくっと立ち上がったの。



「おかたづけするですー」

「あ、マルチちゃん、私も手伝おうか?」
「だいじょうぶですー。ひとりでできるですー」
「そうか。んじゃあかり、後片づけはマルチに任せてテレビでも見るか」
「えっへん、おまかせあれですっ」

 えっへんっ、って胸を張って。
 やっぱり思ったとおりだったね、浩之ちゃん。

「……うん。それじゃ、マルチちゃん、後はよろしくね」

 ちょっぴり不安だったけど、私は浩之ちゃんとリビングへ向かったの。
 うん、マルチちゃんが自分でするって言ってるんだもん、邪魔したら悪いよね。


「あかり。ほら、ここ座れよ」
「うん」

 そう言って浩之ちゃんがソファーの上で身体を半分ずらす。
 私は吸い寄せられるみたいに、その浩之ちゃんのすぐ隣に腰を下ろした。
 まだソファーに残っている、浩之ちゃんのぬくもりが伝わってくるみたいで、
なんだか幸せな気分。

 それだけで、浩之ちゃんに抱きしめられているみたいな……そんな感じ。


「あかり……」

 って、耳元でそっと囁いてきて。
 で、ぎゅっと抱きしめてきて。
 なんだか安心させてくれる、いつもの浩之ちゃんの匂いに顔をうずめながら、
私は……そっと目を閉じて、浩之ちゃんのしたいままにさせるの。

「あかり……」

 私の耳元で、もう一回。浩之ちゃんの声がして。
 ただそれだけで、まるで催眠術にでもかかったみたいにぽおっとなってくる。
 やがて、そうして幸せなぬくもりに包まれていた私をぎゅっと抱きしめていた
浩之ちゃんの力がふっと抜けちゃうの。

 え? え? わたし、何かした?

 不安になって薄目を開けた私の目に映ったのは、近づいてくる浩之ちゃんの顔。
安心して目を閉じた私の唇に、浩之ちゃんの柔らかい感触が伝わってきて。

「あかり……」

 もう一度、浩之ちゃんが私のことを呼んでくる。
 私は、夢うつつのままでもう一度うなづくの。

 浩之ちゃんの、大きくって温かい手が私の肩を軽くつかんできて。
 トサッ、って、私をゆっくりとソファーの上に押し倒してくる。

「……あ……」

 私の口から、不安そうな声が漏れる。
 私、緊張してるんだ……。
 でも、大丈夫だよ……浩之ちゃん。私、浩之ちゃんのこと……好きだから。
 ずっと、ずっと……浩之ちゃんのこと、見てきたんだから。

 浩之ちゃんの唇が、もう一度私の唇を塞いでくる。
 不思議だね、浩之ちゃん。
 浩之ちゃんと息を混ぜあうだけで。浩之ちゃんと舌を触れ合うだけで。
 それだけで、すうっと緊張が融けていくんだよ。

 しばらくそうしていたあと、浩之ちゃんが唇を離して。
 真面目な顔で、私に問いかけてくる。

「……いいな、あかり」
「……」

 うん。そう答えたいのに、言葉が口から出てこなくて。




「……あかり、おい、あかり!」

 がくんがくん。

 そんなに強く揺らさなくていいよ、私はいつでもおっけーなんだよ。
 目を開けると、……呆れたみたいな顔で、私を見ている浩之ちゃんがいた。

 あれれ? どうして、そんな顔をしているの?

「あかり、お前……一度、病院でも行ってきたほうがいいんじゃないか?」
「え? え……?」
「そのぼーっとする癖、なんとかしろって言ってるんだよ」

 ぺしっ。

 浩之ちゃんの『ぺしっ』が、私のおでこに炸裂した。

「あ……えへへ」

 私、思わず照れ笑いして。そうだよね、まだ、そんなんじゃないよね。

 ……と、自分で納得しようとして。ふと、心の中に残った不安に気がついた。

 ……まだ……なの、かな……。
 まだ、っていうだけなら……いいんだけど……。
 もしかしたら……ううん、そんなこと……ないよね、浩之ちゃん……。

 ポロリ。

 知らない間に、私の頬を熱い物が流れ落ちて。

「お、おい……。あかり、大丈夫か?」
「……う、うん。大丈夫、大丈夫だよ」

 そう答えて、浩之ちゃんに微笑みを投げ返しても。
 そう答えて、ちょっとガッツポーズなんかしてみせても。

 でも、やっぱり心配そうに、浩之ちゃんは私のほうをじっと見つめてきた。

 あ、だめ……そんなに見つめられたら、照れちゃうよ……。

「あ……あのっ、しゃ、シャワー浴びてくるね」
「……あ、ああ」

 恥ずかしくて、もう我慢できなくなって。
 私は、適当な逃げ道を見つけて、そこに逃げ込んだ。

 だって。浩之ちゃんの顔が、私の顔のすぐそこまで来てて。まるで、さっきの
白日夢みたいだったんだもの。
 あわてて自分の部屋に逃げこんで。
 呼吸を整えた後、私がカバンから取り出したのは、二枚のショーツ。一枚は、
お気に入りのくまさんの柄のスキャンティ。もう一枚は……。

 二枚の下着をじっと見比べて。

 ……いいよね、あかり。

 結局、私は、くまさんの柄のパジャマに包み隠すように一枚の下着を持って、
お風呂場に向かうことにした。

 ……いいよね、あかり。




<つづく>
<戻る>