へなちょこあかりものがたり

その8 「お風呂場で……XXX」


 





 ちゃぷん。
 ちゃぷん。

 お風呂に一杯にはったお湯を揺らしながら、私はお湯に鼻まで浸かって。

 ちゃぷん。
 ちゃぷん。
 ぶくぶくぶく。

 口からもれた溜め息が、お湯に包まれてあぶくになって消えていく。
 あったかいお湯の中でゆらゆらしてるうちに、決心がだんだんと鈍ってくる。

 ううん、ダメ。
 浩之ちゃんに……その、してもらう、って決めたんだから。
 浩之ちゃんに、私の初めてをあげるんだから。

 ざぱぁっ。

 私は湯船から起き上がると、洗い場にでてスポンジを手に取った。

 浩之ちゃんにプレゼントするんだもの、綺麗にしておかなくちゃ。

 ごしごし。
 ごしごし。

 いつも綺麗にしてるけど。
 でも、今日はその中でも特別な日になるんだもの。

 手、足、お腹、……胸、……それから、足の間の……アソコも、念入りに。
 体中をきめ細かな泡がしっとりと包んでいく。
 その泡に包まれているうちに、少しずつ気分がおちついてくる。

 さぱぁっ。

 泡と一緒に、身体中のもやもやを洗い落して。
 悩みと一緒に、身体についた水滴を拭きとって。

 そして、私は脱衣場に出た。
 バスタオルで身体に残った水気をふき取ったあと、くまさんのパジャマと、
まだ一度も穿いたことのない紫の小さなショーツを手にとった。

 そっと足をショーツに通して、ゆっくりと引き上げて。
 いつものパンティよりも布地の少ないそれは、何だか頼りなく思えた。

 うん。でも、大丈夫。

 お気に入りのパジャマを着て、そっとリビングに向かうと。
 リビングでは、浩之ちゃんが一人でテレビを見ていた。

「あれ? 浩之ちゃん。マルチちゃんは?」
「あ? ああ。なんか緊急メンテナンスだとかで、おっさんが連れてった」
「……ふーん」

 ぶっきらぼうなのに、なんだかちょっと寂しげな口調でそんなことを言う。
私は、ソファーに座っている浩之ちゃんの隣に、そっと腰を下ろした。
 手を伸ばさなくても、お互いに触れるぐらいの距離。
 お互いの暖かさを感じられるぐらいの距離。

 ほんの数センチの距離を置いて、ソファーに二つめの窪みができていく。

 あ。

 あ。

 そんなに体重重くないのに。
 私が座ったから、ソファーのクッションがちょっとへこんでくるよ。

 あ。

 あ、ああ。

 あ、ああ、ああ、あ……ぽふっ。

 浩之ちゃんのほうに私が倒れたのか、私のほうに浩之ちゃんが倒れたのか。
ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、私の肩が浩之ちゃんの腕に当たった。
 浩之ちゃんは不思議そうに身体を起こし、私のほうに顔をむけて。

「ん? ……なんだよ、あかり」
「あ、……えっと、えへへ」

 ぴょん。慌てて身体を離して、ソファーのはしっこに座りなおしたら。

「お前、ほんとに変な奴だな」

 浩之ちゃんは溜め息みたいにそう言って、またテレビに視線を戻した。

 ……がーん。

 私、浩之ちゃんに嫌われちゃった? 飽きられちゃった?



 でも、呆然としている私に、浩之ちゃんの優しい言葉が聞こえてきたよ。

「……おい、あかり。ほら、さっさと座れよ。一緒にテレビ見ようぜ」
「あ、うん」

 やっぱり変な娘だって思うかな。
 でも……ね、浩之ちゃん。
 浩之ちゃんだからなんだよ。

 そんなことを思いながら。
 さっき作った窪みに、もう一回そっと腰を下ろすと。

 つつつっ。

 やっぱり、お互いの身体が内側に倒れていって。

 ぴとっ。

 私の肩が、浩之ちゃんの腕に、そっと当たった。



 どきどき、どきどき。

 心臓が、もう割れちゃいそうなぐらいにどきどきしてる。

 どきどきどきどき、どきどきどきどき。

「……あ、あの……ね、浩之ちゃん」

 ああっ、声が裏返っちゃってるよ。浩之ちゃん、変に思ったかな。

「ん?」

 あ、でも、いつも通りの浩之ちゃんだ。
 ……よかった。

 ぴとっ。

 ちょっと、頭を浩之ちゃんの肩に乗せてみたりして。

「……」

 浩之ちゃんが、ちょっと息をのむのが伝わってくる。
 藤田浩之研究家の私も、浩之ちゃんが緊張しているのなんて初めて見るよ。

 えへへ。

 緊張してるのは、私だけじゃないんだね。
 そう思ったら、それだけで落ちついてきた。

「……浩之ちゃん」

 小さな声で浩之ちゃんの名前を呼んだ。
 それが、最後の言葉。

 ……本当は、言葉なんていらないんだよ。
 二人でいれば……。



 ちゅっ。

 ほんのちょっぴりの勇気と、たっぷりの愛を乗せた口づけが、浩之ちゃんを
振り向かせる。

「おっ、おいっ、あかり!」

 だいじょうぶだよ、浩之ちゃん。

 とさっ。

 もたれかかると、浩之ちゃんの心臓もどきどき言ってるのがわかったよ。

「……あかりっ!」

 あっ……。

 浩之ちゃんが、突然私を強く抱きしめてきて。

 とさっ。

 私の身体を、そっとソファーに横たえた。

「……いいんだな、あかり」

 浩之ちゃんは息を荒げて、そう問いかけてくる。

 うん、いいよ。ずっと、ずっと前から、いつでもよかったんだよ……。

 そう答えるかわりに、私はそっと目を閉じた。

 本当はずっと浩之ちゃんの顔を見ていたいけど。
 でも、やっぱり恥ずかしいから。
 でも、これからずっと見られるんだから。

 私は、そっと目を閉じた。



 浩之ちゃんの優しい唇が、私の唇をそっと覆ってくる。

 あ……やだ。嬉しいのに。どうして、涙が出てくるんだろう。
 その熱い雫を、浩之ちゃんがそっと唇でぬぐい取ってくれる。

 そして、浩之ちゃんの手がそっと下へと滑りおりていく。

 あっ……恥ずかしいよ。私、おっぱいちっちゃいから……。

「大丈夫……可愛いぜ、あかり」

 え!?
 もしかして……浩之ちゃん、私の考えが読めるのかな。
 ……あかりはわかりやすい……って、また言ってくれるかな。

 ビクン、って、私の身体が跳ねた。

「……あっ……」

 浩之ちゃんの唇が、歯が、舌が。私の……ち、乳首を、舐めてる……。
 そう考えるだけで、身体中の血が沸騰しそうに熱くなって……。

「……ひぁんっ!」

 いやらしい声……。
 でも、浩之ちゃん、何だかうれしそうにしてる……。

 ちゅる、ちゅるって、いやらしい音を立てて、浩之ちゃんが私のおっぱいを
口で、手で、いっぱい愛してくれてる。
 頭の中が真っ白になってくる。
 すごく恥ずかしい、でも、すごく気持ちいい。

「ああっ……ぅん……はぁっ」

 甘い吐息が漏れて。
 浩之ちゃんの身体が、半分ぐったりとなってる私の足の間に沈みこんでいく。

「……あかり……お前、こんな下着つけるんだ……」
「……」

 ごくん。
 浩之ちゃんが、固唾を呑む音が聞こえたような気がした。

「……いいか……?」

 こくん。
 私が小さくうなずいた時。
 浩之ちゃんは、そっと私の足の間にキスをして、そして……。



 私の中に、浩之ちゃんの熱いモノが、入ってきた。



 痛い、痛い、痛い。

 視界が真っ赤に染まってく。
 身体が真っ二つに引き裂かれているみたい。

「大丈夫か……あかり」

 浩之ちゃんの声が遠くで聞こえる。

 ううん、すぐ近くにいる。
 私、思わず。浩之ちゃんの手をぎゅっと握ってた。

 浩之ちゃんも、私の身体を強く抱きしめてきてくれて。

 やっぱり痛いけど、でも今度はなんだか暖かくて。

「……あ、はあっ」

 深い深い息を漏らして。
 そうしたら、浩之ちゃんが私の中にいるのが伝わってきた。

「……浩之ちゃん……浩之ちゃん」

 恐い。安心する。痛い。幸せ。嬉しい。

 頭の中も、心の中も、ぐちゃぐちゃになって。

 浩之ちゃんが、私の中でだんだん大きくなってくる。

「……あかり……いいか」
「う……うん、いい……よ、大丈夫……」

 浩之ちゃんが、ゆっくりと、でも深く、私の中に入り込んでくる。

 奥の奥まで、浩之ちゃんに知られる……教えてあげられる。

「はぁっ……ああっ、熱い……」



 頭の中、もう、真っ白。ほんの少し赤みがかった、幸せな色。



「ああっ……あっ……」



 そして……何もわからなくなった。






 ちゅん。ちゅ、ちゅん。

 小鳥の声と、お日さまの光。
 いつも通りの朝が、私を起こしてくれる。
 浩之ちゃんのご飯の準備もしなくちゃ。

 がばっ。
 お布団の中。
 浩之ちゃんの家の、私の部屋。

「……夢……?」

 悲しくなって、辺りを見回したとき。
 ズキン、と、幸せな痛みが帰ってきた。

「……夢じゃ、なかったんだ……」

 小さく呟いて、そっと身を起こすと。
 お台所から、包丁の音がした。

「……あれ?」

 マルチちゃんはまだ帰ってきてないはずだし。

 まさか……。



 そおっと、お台所を覗くと。

 うふふ。

 浩之ちゃんが、お料理してた。

「……おはよ」
「お、あかり。起こしちまったか」
「……ううん。浩之ちゃんは?」
「……あ、いや、たまには料理しようかと思ってな。ほら、二人分だけだし」
「ふふ、そうだね。ありがと、浩之ちゃん」
「あ、も、もうすぐできるから、適当に座ってろよ。昨日は疲れたろ?」

 ああっ、思い出させないでよ。恥ずかしいよ。

「……う、うん……」

 多分、私の顔、真っ赤っかになってる。
 そう思って顔を上げると、浩之ちゃんも真っ赤。

「……うふふ」
「なんだよ、気持ちわりぃな」
「……おそろいだね、浩之ちゃん」
「あ?」

 なんだか判らないって顔してるけど。
 たまには、こんなのもいいよね?

 私はそのまま食卓へ行って。
 浩之ちゃんの作ってくれた料理を食べて。

 ちょっとこげてたりしたけど。
 ちょっと塩加減は間違ってたけど。

 でも、とってもおいしかったよ、浩之ちゃん。




<つづく>
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