へなちょこあかりものがたり

その9 「聖夜」









「さて今夜お届けする商品は……」

 あ、通販番組。
 これ、けっこう見てると面白いんだよ。

 ……夜更かしになっちゃうけど。

「伸縮自在着脱自由形六点式セーフティベルトのご紹介です」

 ふーん。
 車のパーツも売ってるんだね。

 パリッ、とポテチを一口。
 私と、浩之ちゃんと、マルチちゃん。3人並んでソファーに座って。

 パリッ。

『旧来のシートベルトでは、腰と肩に負担がかかりがちでした』

 うんうん。

『それを改善したのが、いわゆる通常の6点式ベルト。このタイプのやつなら
 腕と肩だけではなく、全身をサポートするようになってるんだ』
『でもねぇジョニー。これはつけると窮屈なんだよ』
『はは、マイク。それはそうだろう。だから、この新発明なんだよ』

 テレビの中、でんっ、と、どこからともなく取り出される座席。

『このベルトは、このまま腕を通して乗り込むこともできるぐらいに柔軟性に
 富んでいるんだ。ほら、座ってごらんよ』
『うわっ、本当だ!』

「はわわぁ、すごいですぅ」

 うん、すごいね。これだったらきっとすごく安全だよ。

 ぺし。
 マルチちゃんのおでこに浩之ちゃんの手が飛んだ。

「あううー、痛いですぅ」
「ばーか。あんなんじゃ抜けちゃうだろ」
「ほへ? 抜けちゃうんですかぁ?」
「当たり前だろ。なあ、あかり」

 え……?

「……えっと……うん、そうだね、浩之ちゃん」

 ぺしっ。

「……お前もマルチと同じこと考えてただろ」
「あ……えへへ」

 やっぱり浩之ちゃんにはお見通しなんだね。

 それからしばらく、その「伸縮自在着脱自由形六点式セーフティベルト」の
説明が続いてるのを見てて、さすがに飽きてきて。
 私、ゆっくりとソファーから身体を起こしたの。

「お風呂の準備してくるね」
「おう」
「あ、行ってらっしゃいですー」



 ごしごし、っとお風呂を洗って。
 じゃわわーっと流して。

 ……私、だまされやすいのかなぁ。

 ごしごし。
 ごしごし。

 じゃわーっ。



 お風呂を洗いおえて、リビングに戻ると。
 浩之ちゃんが、どこかに電話していた。

「あっ、神岸さんが帰ってきちゃいましたぁ」

 マルチちゃんが私に気付いて、慌てて浩之ちゃんに告げる。
 浩之ちゃんはそれを合図にしたかのように、素早く話を終えて。

「……はい、お願いします」

 がちゃん、とちょっと乱暴に受話器を置いて。
 ……何か、注文してたのかな?

 と、テレビを見ると。

 テレビでは、「ホーミングルアー」の紹介をしていた。

 ……浩之ちゃん、なんでこんなのを注文したんだろう……?

 そう思いながら、しげしげとテレビ画面のそれを見つめる私。

 なんだか……ぷにぷにしてて、柔らかそうな感じ。
 お魚って、こんなのを美味しそうだと思うのかなぁ……?

 ところどころ、うにうにって動いてる感じだし……。
 私みたいに騙されやすいお魚は、逆にこれに食べられちゃうかも……?


 テレビの中では、このルアーが水の中をまるで生きてるみたいに動いてて。
 しゅるるっ、て、巻きついてくるのかも。

 私の体中に、きりきり、って、釣り糸が絡みついてきて。
 やだよ、痛いよ、浩之ちゃん。
 そんなことしなくても、いつでも、私は浩之ちゃんのものなのに。

 そう思ってても、浩之ちゃんの手は止まらないの。
 私の身体中がぐるぐる巻きになって、血が滲みそうなぐらいに縛られて。

 私、もう、ごめんなさい、って、泣くことしかできなくて。

「……痛いか、あかり」

 コクコクっと、首を一生懸命上下に振って。手とか足を動かすと痛いから。
もう、何とかして許してもらおうと必死になってる。

 その私のそばに、浩之ちゃんがゆっくりとしゃがみこんできて。
 剥き出しのままの……ううん、剥き出しよりずっといやらしく彩られている
私の身体にそっと唇を這わせてくる。

「ああっ……あぅっ」

 鮮烈な痛み。鮮烈な快感。
 身体中を駆け抜ける、電気のような刺激。

「ああっ……そんなの……ひああっ……」

 私の口から、悲痛な、それでいていやらしい声が漏れる。

「……どうした、あかり」


 ……どうもしてない……ただ……信じられない……自分が……ああっ……

「どうした、あかり。ぼおっとして」
「……あ……えへへ」

 恥ずかしいっ。
 また、私、ぼーっとしてたの?

 テレビの通販番組は、もう終わっていた。

 最初と同じように、私と、浩之ちゃんと、マルチちゃんで並んで。

「そろそろ寝るぞ」
「……あ、うん」



 翌日。

「届いたですよぉ〜っ」

 すっごく元気のいいマルチちゃんの声。

「え、何が何が?」

 私もつられて元気よく、玄関へと駆け出していく。

「これですぅ」

 そこには、私の身長の倍ほどもある、大きな大きなクリスマスツリー。

「……え……?」
「昨日、浩之さんにお願いして買ってもらったんですぅ」
「……通販で?」
「はいぃ。携帯式電動クリスマスツリー、なんですぅ」

 そういうと、マルチちゃんはその大きなツリーをひょいと持ち上げた。

「……え……?」
「はわわわっ、前が見えませぇんー」

 あっ、危ない!

 どがしゃんっ☆

「……えっと……マルチちゃん?」
「はううー」

 あちゃあ……目がぐるぐるに回ってるよ。

「……これ、ここにおいておこう? 後で、浩之ちゃんに運んでもらおうよ」
「あうう……はいですぅ」

 マルチちゃんを連れて家の中へ。
 朝ご飯の準備もしなくちゃね。

 ……クリスマスツリーのお返しに、今日は朝からクリスマス。

「マルチちゃん、今日はクリスマス料理にしよっか」
「はいぃっ!」




<つづく>
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