へなちょこあかりものがたり

その12 「かくれんぼ」








「きゅーじゅう、きゅーじゅいっち」

 浩之ちゃんの声が聞こえてくるよ。
 そんなに広くないお家だもの、当然だけどね。

 私はお台所の端っこ、流しの陰にしゃがみこんでるの。

 夕ご飯も終わった後、どうして私たちがこんなことをしているかというと。



「かくれんぼって何ですかぁ?」
「かくれんぼ? 知らないのか、マルチ?」
「はいぃ……」
「……あかりは知ってるよな?」
「……え? あ、えっと……うん、たぶん」

 かくれんぼなんて子供のころ以来やってないよ。
 上手にできるかなぁ。

「……多分、てなぁ……ま、いいや。今からやるぞ」
「え?」
「今から、かくれんぼ大会だ。俺がここで100数える間に、家の中に隠れろ」
「お家の中、ですかぁ?」
「おう。じゃあいくぞ、いーち、にーぃ」

 ……というわけで、今、私はここに隠れているんだけど。


「きゅーじゅきゅう、ひゃーくぅっ」

 あ、数えおわったみたい。
 思わず息を止めて、じーっと耳を潜めて。
 多分、マルチちゃんもおんなじようにしてるんだと思う。

 きゅっ、きゅっ。
 普段は気にならないような小さな足音だけど、でも、じっとしてると。

 きぃっ……。

 すごく大きな音に聞こえてくるよ。
 足音が居間から出てきて、廊下に降りて。

 ぎしっ、ぎしっ。

 浩之ちゃんの足音が、少しずつこっちに近づいてくるよ。



 ぎしっ、ぎしっ。

 どんどん足音が大きくなってきて、ついにお台所の中に入ってきて。
 まるで雨に濡れた子犬のように震えている私を見つけて。

「なんだ、あかり……お前、それで隠れているつもりなのか?」

 え……。

 顔をむけると、浩之ちゃんがにやりと笑っていて。

「やっぱり、もっと真剣に隠れさせないとだめだな」

 そう言って、がしっ、と私の肩を……ブラウスの肩の部分をつかんで。

 えっ、と思う間もなく、一息に引き裂いてきた。

「えっ……えええっ!」

 悲鳴にもならない情けない声をあげて、私は、零れ落ちた胸をかばって。
 小さな膨らみが、冷たい外気に晒されて悲鳴を上げる。

 浩之ちゃんは冷たく笑いながら私のほうを見据えてきて。

「まったく……小さい胸だな、いつまでたっても……」
「え……そんな……」
「毎晩揉んでやってるのに、その程度か? おい」
「……」

 ひどいよ、浩之ちゃん……。

 泣きそうになっている私に、浩之ちゃんは追い打ちをかけるように言うの。

「ほら、逃げろよ。今度見つけたら、次はその場でイヌみたいに犯してやるよ」
「え……」
「ん? それとも、今ここで犯されたいのか?」

 浩之ちゃんの嘲る声を聞きながら、私はお台所から逃げだして。

 いつもいる家の中なのに、でも、上半身裸ってだけで、こんなに恐いなんて。
浩之ちゃんのお家なのに。私のお家なのに。
 私、きょろきょろとまわりを見回して、この格好でいけるところを探してる。

 視線の先に、曇りガラスでしきられた小さな部屋が見えた。

 お風呂場。

 あそこなら、この格好でいてもおかしくないよ。

 私は、まるで誘い寄せられるようにお風呂場の中に入っていって。
 そこには、マルチちゃんが待ち構えていて。

「うふふぅ、みつけましたぁ」

 マルチちゃんの手には、毒々しいピンクのバイブレーターが握られていた。

「浩之さんのご命令なのですぅ」

 マルチちゃんがゆっくりと近づいてきて。
 廊下からは浩之ちゃんの足音が聞こえてきて。

 もう逃げるところもなくて。

 私は   



 ぎしっ、ぎしっ。

 いつのまにかぼーっとしていた私の耳に、浩之ちゃんの足音が聞こえてきた。

 あ……えへへ。そんなことないよね。
 うん、だって、マルチちゃんと打ち合わせなんてする時間なかったもの。

 ぎしっ、ぎっ。

 足音がお台所の前で立ち止まった。

 もうだめ、見つかっちゃう……。
 見つかっちゃったら……。

 つーっ、と私の太ももを熱い滴が走って落ちた。

 ……あ……。
 …………やっぱり、わたし……えっちなのかな……。



「まさかな。隠れるところもねえし」

 ……ほっ。

 浩之ちゃんはそういうと、ゆっくりとお台所の前を離れていく。

 ほっとするのと一緒に、突然、すごく寂しい気分になった。

 浩之ちゃんが行っちゃう!
 待って! って、声をあげたい気分。
 でも、それはダメ。だって、今はかくれんぼの最中だもの。

 その代わり、あとでゆっくりと可愛がってもらうんだから。
 私とマルチちゃんに寂しい思いをさせた分、たっぷりと……ね。




<つづく>
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