へなちょこあかりものがたり

その13 「眠れない夜」







 月の綺麗なある晩のことでした。

 その夜は、何だか寝つかれなくて。
 私、そっと部屋を抜けだした。

 浩之ちゃん、もう寝てるかな?

 起こしちゃったら悪いから。足音を潜めて、そっと階段を上って。



「……待ってくれよ……」


 !

 浩之ちゃんの声。
 誰かとお話ししてるのかな。
 でも、こんな時間に、誰と?

 雅史ちゃん……ううん、今日は来てないし。
 電話も使ってないみたいだし。

 ……じゃあ……?

 私は、浩之ちゃんの部屋の前に立ち止まる。



「待てって言ってるだろ! 人の話を聞けよ!」



 その私の耳に聞こえてきたのは、浩之ちゃんの怒鳴り声。
 びくっ、とすくみ上がって、私はその場から動くこともできなくなった。




 そして、突然の、静寂。
 それ以上は浩之ちゃんの声が聞こえてくることもなくて。

 私はいつしか、ドアに耳を押し当てていた。

 でも、ドアの向こうからは何一つ、声どころか吐息さえも聞こえてこない。
浩之ちゃん、声を顰めてるのかな……。


 浩之ちゃんだけしかいないはずの、浩之ちゃんの部屋。
 でも、そこには誰かがいて……その人は、浩之ちゃんに何かをとがめられて。

 月の綺麗な夜だもの、こんな日はあの人はなんでもできそうな気がする。
 そう、きっと、そこにいるのは、来栖川先輩。

 先輩なら、ドアの外に私が来たことに気がついて浩之ちゃんを止めることも
できるはず。
 私の心の中は、急に黒い靄に閉ざされた。


「……」お邪魔でしたか?
「何だよ、先輩……こんな夜更けに」
「……」今日は、浩之さんと床を共にしに参りました
「……待ってくれよ……悪い冗談だろ?」
「……」いいえ

 小さな声で、でも、きっぱりとそう答えて。
 来栖川先輩は、黒いマントと帽子を丁寧に床において。
 そして、そのマントの下に着ていた制服をゆっくりと脱ぎおとしていく。

「待てって言ってるだろ! 人の話を聞けよ!」
「……」いいえ、待ちません

 スカート、ブラウス、スリップ。
 高級な絹の立てる衣擦れの音を聞いて、浩之ちゃんの目の色が変わっていく。
 まるで何かに取り憑かれたかのように。

「……」
「……」あ……扉の向こうに、誰か来ましたね
「扉の向こうに? 一体、誰が?」
「……」多分、神岸さんでしょう
「あかりが? ……あかりも仲間に入れてやるか」
「……」それもいいかもしれませんね

 浩之ちゃんが大股でドアに近づき、そして、そのノブをひねって開ける。
 私は、まるで蛇ににらまれた蛙のように居竦み、身動き一つも取れなくなる。

「……あかり」
「……ひ、浩之ちゃん……」
「のぞきのまねごとか? 研究熱心だな」
「そ、そんな……」
「……」言い訳をするんですか?
「え……そんな、言い訳なんて……」
「……」それを言い訳って言うんですよ

 にこり、と小さく微笑みを投げかけ、先輩は私に視線を向ける。
 まるで私の視線に絡みついているかのように、視線が直接に私の目を射貫く。

「ひっ」

 私、思わず小さく声をもらしちゃうの。
 先輩の視線が私の目から入ってきて、全身をくまなく内側から愛撫してくる。
体中のうぶ毛が逆立つような、微妙な、それでいて鮮烈な刺激が私の身体中を
駆け巡り。
 やがて、それが身体の中心……一番敏感なところ、に、集中していくの。
 思わず両手でそこをパジャマの上から押さえ……そして、心から後悔した。

 まるでむき出しのそこを舌先で弄ばれたときのように、熱く、甘く、そして
狂おしい刺激の奔流が私の理性を押し流していく。

「ひあああっ」

 甲高い、いやらしい声をあげて私は仰け反り、そのままその場に崩れ落ちる。

「……」淫魔の呪法です
「すげえな、先輩……」
「やっ、やぁっ、もうっ、もう、許してっ」

 ただ地面に崩れ落ちるだけ、それだけの刺激でも何度も絶頂に追いやられて。
私は、まるで壊れたオモチャのようにぴくぴくと身体を痙攣させながら、顔を
涙とよだれ、それに汗でぐしゃぐしゃに汚して許しを乞うの。
 でも、二人とも、そんな私を許してはくれなくて。

「……」これからがオシオキですよ

 来栖川先輩は、また口の中で小さく呟いて。
 満足そうに、いつもの無表情にほんの少しの笑みを浮かべて。
 そして、黙ったままで私のそばにやってきて、パジャマの上から私の小さな
胸に手を這わせてくる。

「ひあああああっ」

 ただ、軽く触れられただけだというのに。
 夜中だというのに、声を抑えることも忘れて。
 私は甲高い、甘い声をあげる。

 限度を越えた快感が、私の頭の中を鷲づかみにするほどの快感が、胸から、
そして今は誰にも触れられていないはずの背中から、腰から、身体中から……
髪の毛からさえも襲いかかってきて。
 それでいて、いつまでたっても、指を伸ばせば届きそうな距離にあるはずの
絶頂までは到達できなくて。
 恥知らずなダンスを踊らされ……ううん、踊りながら、私は目の前の来栖川
先輩にお願いしていた。

「お願い、ひぃっ、お、お願いですっ、あああっ、も、もうっ、こ、このまま、
 このままだと狂っちゃいますっ」
「……」いいですよ
「あああっ、そっ、ひっ、浩之ちゃんっ、うぁああっ、たっ、助けてぇっ」
「邪魔した罰だからな。そのまま狂っちまいな」
「ああああっ、ふぁんっ……あっ、ま、また……お願い……お願い、逝かせて、
 逝かせてぇっ!!」

 もう恥も外聞もなく。
 私は、まるで気違いのようにお尻を床にこすりつけて。
 それだけで、むき出しの性感帯を揉みほぐすような強烈な快感が生まれて。
もう、両手で女の子の秘密の場所をかき混ぜながら、私、それでも、絶頂まで
到達することはできなくて。
 やがて、私の頭の中で、何かが崩れていく音が聞こえるの。

「……」もういいようですね。解放してあげます

 はしたなく身体を仰け反らせ、大きく足を開いて。
 身体中を駆け巡る鮮烈な快感に身をゆだね。

 そして……
 私は、理性をどこかに置き去りにして、思う存分に絶頂く……。

「あっ……ああっ、あああああああっ、うあああああーーーーっ!」

 びくん、びくん。
 身体を大きく波打たせながら、私、身体のどこかで、もう帰って来れないと
気がついていた……。


 やだよ。浩之ちゃん、そんなの、やだよ。

 ばたん、と戸を開けて、私は浩之ちゃんの部屋に踏み込んだ。
 いつもみたいに叱ってくれるよね?
 いつもみたいに「ぺし」ってしてくれるよね?

 でも、そんな私を迎えたのは。

 ぐっすりと眠ったままの、浩之ちゃん。

 ……え?
 寝言?

 私、浩之ちゃんの寝言に……驚いて、あんなことまで考えてたの……?



 顔がぽっと熱くなる。

 たぶん、真っ赤になってる。

 私、眠ったままの浩之ちゃんに近づいて。

「……おやすみなさい、浩之ちゃん」

 ちゅっ。

 額にそっと唇を押し当てて、そして、ゆっくりと身体を起こす。

 ……戻って、寝ようっと。



 ……なんだか、いい夢が見られそうな気がするから。




<つづく>
<戻る>