へなちょこセリオものがたり

その30「なめんなよ」








 『今日はメンテの日』ということで、マルチとセリオが仲よく出かけて行く
のを見送った俺であったが。

 夕方にマルチが1人で戻って来て。
 セリオはそれからしばらく、帰って来なかった。






 で、晩の10時頃。
 あまりに遅いので、俺がその辺を探しに行こうかと表に出ようとしたところ。

 がちゃっ。

「……遅くなりました」

「おいおい……寄り道でもして来たのか? 今日の飯はマルチに作ってもらっ
ちまったぞ、もう」

「すみません……メンテが長引いたもので」

 日が沈む前にマルチが戻って来たことを考えると、ここまで長引いたのには
何か理由があると考えていいだろう。 

「どこか悪いところでもあったのか?」

「いえ……この秀艶なる私には、悪いところなどありません」

 ……そんなことをしれっと言う、その性格が悪いとこだと思うぞ。

「じゃ、どうしてこんなに時間がかかったんだ?」

「それは……秘密です」

 ……むぅ。
 何か寂しいぞ、今の。

 マルチもセリオも女の子なんだし、俺に言えない秘密だってあるだろうけど。
 でも心配してたんだし、少しくらいは教えて欲しかったなぁ。

「……そっか」

 ま、んじゃセリオも無事帰って来たことだし……今日は就寝するとしますか。






 かぽーん……。

「ふぅ……1人で入るってのも、久しぶりだなぁ」

 マルチはすでにお早い寝付きで。
 セリオを待ちくたびれて、眠ってしまっていた。

「よっこらせ、っと」

 ざぱぁ……。

「全く、セリオはなぁ……」

 俺は頭からお湯をかぶり、シャンプーを適量取って髪を洗い始めた。

 わっしわっしわっし……。

 ったく、あいつは俺の気持ちがわかってんのか?
 綾香から預かってる身だってのに、何かあったらどうするんだよ。

 ……まぁ、確かにそんな理由だけじゃないんだけどな。
 色々派手な技も持ってるけど、やっぱりあいつは女の子。
 それに……マルチと共に、俺の大切な女の子。

 だからさ、守って……やりたいじゃん。

「あれ? 泡立ちが悪いなぁ」

 まさか間違ってコンディショナーの方を使ってしまったとか……?

 いかんいかん、俺はそんな間抜けじゃないぞ。
 現に、垂れてきた泡で目を開けてられないしな……大丈夫だっての。
 いつもより少な目に出しちまったか、髪の汚れが酷かっただけさ。

「えっと、シャンプーは……確か」

 さっきこの辺に置いたよな。
 えーっと……。

 ごそごそごそっ……もにっ。

「のわっ!?」

 な、何だ!? 今の生々しい感触わっ!?
 こんな感触のモノなんて、風呂場に置いてあったっけ……?

「……これをお探しでしょうか」

 目を開けるに開けられない俺に。
 横から、ちょっと申し訳なさそうなセリオの声が聞こえてきた。






 それからそれから。
 頭の泡を流して、何もなかったかのようにお互いに身体を洗い合って。

 湯船に一緒に浸かり、ちょっと一息。

「……で? どうしていきなり入って来たりしたんだ?」

 ったく、俺にも心の準備ってもんがあるぜ。

 ……しまった、『きゃぁ、覗きよぉ〜』なんて言ってみればよかったっ!
 畜生、こんな機会は滅多にないのにぃぃ!

 ……セリオに冷たい目で見られそうだから、やっぱ言わなくて正解だったの
かもしれないが……。

「……何だか浩之さんの背中が、寂しそうに見えたもので」

「そ、そうだったか?」

「ええ……私が『秘密です』と言ってから、落胆したように見えていました」

 そうか……ポーカーフェイスのつもりだったんだけどなぁ、俺。
 ……でも、そう言うところに気が付くようになったのは偉いぞ、セリオ。

「だってお前さ、人が心配してたってのに『うふっ♪ 秘密よぉん☆』はない
だろ?」

「……そんな言い方は断じてしていません」

「わかったから、こめかみに血管浮かすのは止めてくれ。悪かった」

「はい」

 ふぅ。
 全く表情変えないでソレってのも恐いぜ、全く。

「……浩之さんを驚かせようと思いまして」

「……また何かネタ仕入れて来たのか?」

「はい……とっておきを」

 心臓に悪いようなのは勘弁な。

 こないだなんか真夜中に1人でトイレに起き出したら、ベッドで隣に寝てた
はずのセリオがトイレの天井からぶら下がって来るんだもんなぁ。
 ご丁寧に髪に懐中電燈結び付けてさ、下の方から逆さになった自分を照らし
やがるんだよ。
 いやー……あん時はさすがに寿命が縮むかと思ったぜ。

 ま、所詮は一発芸。
 数秒後何事もなかったように動き出し、用を足して明かりを消して部屋まで
戻ってベッドに入ると、しくしく泣きながらセリオが戻って来たけどな。

「実は、ですね……」

「ん? 何だよ、早く教えてくれよ」

「あ、あの……」

 ぽっ。

 をぅ?
 何故そこで赤くなる?
 余程恥かしいコトなのか、それは……?

 ぃよしっ! さぁさぁ、お兄さんに何でも話してご覧っ♪
 どんな恥かしいコトでも聞いてあげるよ〜んっ。

「その、ですね……」

「うん」

 ……ちょっとマジみたいだ。
 馬鹿なこと考えてごめんな、セリオ。

「『味覚』を、得て来ました」

「……え?」

「で、ですから……その……」

 味覚……ってことは、マルチみたいに食べ物の味がわかるようになったって
ことかぁ?
 そうか、そんなのを取り付けてたから遅くなったのか!

「明日からは一緒に飯を食えるんだな?」

「えっ……ええ、そうですね」

「そうか、そうか。嬉しいぜぇ」

 なでなで……。

 何故なでなでなのかは自分でもわからないが、何となく。
 へへっ、正直少し驚いちまったぜ……こんな驚きなら大歓迎だぞ、セリオ。

「そ、そのぉ……マルチさんから聞いたのですが……」

「ん? マルチがどうかしたか?」

「マルチさんは、一番最初に……その、浩之さんの『味』を……」

 ……へっ?

 あ、ああ……そういえばそうだったっけ……。
 静止する間もなく舐められたんだった、俺は。

「それが、どうかしたのか?」

「でっ、ですから私も……あっ」

 ぼぶしう―――っ。

「お、おい……?」

 落ちた……のか?
 湯船に長く浸かってたから、のぼせただけかもしれないが。

 ともかく、このままにしてはおけないよな。
 俺もそろそろふらふらして来たことだし、とりあえず上がるか……。






<……続きます>
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