へなちょこセリオものがたり

その37「収集の日」








 目覚まし時計の電池が切れた。
 今日はおかげで惰眠を貪ってしまい、危うく学校に遅刻するところだったぜ。

 全く、こんな胸クソ悪い電池なんか捨ててやる。
 燃えないゴミ袋へポイっとな。

「あ……浩之さん、電池は他のゴミとは分けておいてくださいませんか?」

 いつから見ていたのか、セリオが注意しに来た。

「ん? いいじゃないか、後で分けりゃ」

「ですが、それでは私達が困ります」

 ……ううむ、確かにその通りだわな。
 俺がゴミ出ししてたわけじゃないから、そういや全然気を配ってなかったぜ。

「わかったよ、そんじゃ電池はどこに捨てればいいんだ?」

 俺は1度捨てた電池を、また拾い出して。

「こちらへどうぞ」

 小さな袋を指し示し。
 俺はその袋の中へ電池を投げ込んだ。

「……すみません、浩之さん」

「いいって、俺が悪かったんだ。これからは気を付けるよ」

 うんうん、分別ある人間となる為にはまず分別からだな。
 でも、さっきのセリオって……。

「ところでセリオ」

「はい?」

「さっきのお前さ……近所のオバサンみたいだったぞ」

「おばっ……」

 そのまま絶句するセリオ。

 言い過ぎたかな、とも思ったが。
 何も言わずセリオがそのまま向こうへ行ってしまったもんだから。
 機会を逃してしまった俺は、謝ることが出来なかったのだった。






「それでは、おやすみなさいですぅ」

「……オヤスミナサイ」

「ああ、おやすみ」

 その後は、普段と変わりなく。
 飯もちゃんと作ってくれたし、背中も流してくれたし。
 ベッドの中でも、いつも通りに可愛かったし(爆)。

 俺の考え過ぎだったのかな……などと、ちょっと安心してみたり。
 さて……そんじゃ、もう寝るとすっかな……。






 ちゅちゅん、ちゅん、ちゅん……。

「ん……何か雀の声が近いな……?」

 と。
 妙な肌寒さを感じて、俺が眼を開けると。

 ぬりゃん。

 手足と言わず、身体中に嫌ぁなぬめり感を感じて。

「……ここ、ゴミ捨て場?」

 鼻で呼吸が出来ないことに気付き、手を当ててみると。
 ガムテープでしっかり鼻を塞がれていて。

 べりべりべりぃ〜……っ。

「痛ててて……って、臭っ!」 

 当然のことながら、ぬめるゴミっつーと生ゴミなわけで。
 ということは、尋常ならざる異臭が立ち込めているわけで。

「こっ、こりゃ堪らん!」

 だばだばだばっ!

 俺はゴミの中から勢いよく立ち上がると、10m程向こうに見える我が家へ
向かって駆け出したのだった。






 朝も早くから、玄関先を掃除していたマルチ。
 俺を見ると、一瞬不思議そうな顔に。
 次に、嬉しそうな顔に。
 最後に、ものすげぇ嫌そうな顔しやがった。

「……浩之しゃん、くちゃいですぅ。寄らにゃいでくだしゃいー」

 あんまり高くはない、だけど可愛い鼻をつまみながら。
 さすがに今回ばかりは俺の傍に寄ろうとしない。

 マルチは決して悪くないんだが、そんなところも俺の機嫌がずんどこに悪く
なった理由だ。

「……悪かったな、けっ」

 俺だって好きで生ゴミ臭くなったわけじゃないっての。






 インターホンを鳴らすと、妙にそわそわしたセリオが出て来て。

「あら……どこへ行かれたのかと思いましたが」

「どこって……お前じゃないのか、コレ?」

 どこの家のゴミだかわからない、魚の骨がまだ頭に引っかかっていたりして。
 一体どういう了見だっての。

「……確か言われましたよね、ゴミの分別には気を付けると」

「ああ……そんなことも言ったっけ」

「私は生ゴミを捨てて来ただけですから」

 つーん。

 ……そりゃお前、いくら何でもこれはやりすぎだろ。
 そんなに『オバサン』言われたのが悔しかったのか?

 ……くそう。






「とりあえず、このままじゃ風呂場にも行けないから……しゃーねぇ。ホース
で水かけてくれ、マルチ」

「はっ、はいー」

 主に庭の水撒き専用のホース。
 まさか自分が水浴びするとは思わなんだ。

 じゃぁぁぁぁっ……。

 つ、冷てぇぇぇぇ。
 と言ってる間に、とりあえず身体こすってぬめり落としておかないと……。

 ……うーむ、これまでにないくらいの脱力感だな、これは……。
 生きていく気力すら、ゴミ捨て場に捨てて来ちまった感じだぜ……。






 ……で。
 セリオに生ゴミ扱いされて、妙に気が抜けて。
 風呂に入っても服を着替えても、決して抜けない臭いが悔しくて。

 自分の布団に臭いが付くのも嫌だったから、しばらく床で毛布に包まって寝。

 勿論その間、2人とは一切接触なし。毛布は身体にぐるぐる巻いていたので、
寝ている間に入る隙間もなかったのだ。
 っていうか始めは寄ろうともしなかったしな。






 そんなこんなで、およそ1週間後。
 寝る段になって、そろそろ大丈夫かなと久々にベッドに入った俺は。

 なでなでが1週間もなかったせいか、妙にげっそりしたマルチと。
 そして、泣きながらやり過ぎを謝るセリオとに。
 ……そんな2人に、1週間ぶりに抱き着かれたのだった。

 俺がベッドに臭いが付くのを嫌っていたことを知っていたのか。
 その俺がベッドに入ったということは、臭いは消えたものと判断したのか。
 だからたった今まで抱き着こうなんてしなかったんだな、お前ら。

 けっ……やっぱ、明日からもうしばらく毛布で寝よっと。
 お前らの仕打ち、忘れまいぞ。






<……続きます>
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